第五章 君と僕の奇跡
第42話 嘆きの海を渡るもの
※カクヨムで12月26日から「積読消化キャンペーン」が実施されています。
フォローしている作品を、10エピソード以上読んだ方にアマギフが当たるそうです。この機会に「LostKingdom」のフォローをぜひお願いします!
詳細はこちら:https://kakuyomu.jp/info/entry/tsundokucampaign
***
青い海の上を船が走っていく。今日は朝からとてもよく晴れていて、暑い。
私は船室で昨日の夜にまとめた荷物を整理していた。まとめたというかストレージ付きの鞄に全部ぶち込んだだけだし、もともとそれほど荷物があったわけではなかった。指定されていた部屋の掃除が少し面倒だっただけだ。
指定された船着き場ではすでに船が待っていて、壮年の船長が出迎えて挨拶してくれた。なんでも、昔からエイシャへの定期航路を担当していた人らしい。今月は欠航が決定していたのとたまたま他の定期便にも当たらない日だったので、出てきてくれたそうだ。
私たちが借りられた船は、数人乗りの小さめの船。古めだがちゃんと寝泊まりできる個室もあって、快適に過ごすことができそうだった。
私は、ひと月ほど前の学院での出来事を思い出していた。
私は帝都にある学院で、同年代の帝都の人たちやいろんな地方の領主の子女たちと平穏に過ごしていた……はずだった。
突然父の死が報道され、新しい王を名乗る少年が現れた。エイシャは帝国に反逆したものとみなされ、人質として学院に通っていた立場の私は追われる事となった。私はそれを解決するために、なくしていた記憶を取り戻すために、故郷エイシャに向かっている。
だけど正直な話をすると、同じクラスの子たちの顔も声もあまり思い出せない。なにしろ高等部に進学してふた月もたっていないころの出来事なのだ。まだ名前と顔が一致しない子もいる。ただのクラスメイトなんて案外そんなものなのかもしれない。
学院で一番長い時間を過ごしていた友達と言える人は、葵だ。四年前に私が帝都に渡ってきたときから寮の同室だった。そのときは彼女も私も初等部で、それからずっと私と仲良くしてくれていた。
――いまは、その葵と話をすることもできないけど。
時計が鳴った。ふと時間を見ると、もうお昼だ。
船に乗ってそれぞれ落ち着いたらお昼ごはんを食べながらエイシャについてからの話をすることになっていた。部屋を出てすぐの談話室に向かう。
談話室には据え付けのソファと机があった。昼食はそれぞれ街で買っておいた軽食だ。葵は魚の形をしたふわふわのパン(かわいい)を食べている。私はよく食べていた卵とハムのサンドイッチにした。サフィールはまだ昨夜の傷が回復しきってないようで、何も食べないでお茶だけ飲んでいた。
「今は海峡を抜けて、列島区間に入っておる。このあたりの海域は魔物も少ないし、予定通り明日の昼過ぎにはエイシャの港に着くじゃろう」
カリィが海図を広げながら話す。私はどうも地理に弱いらしい。こういった海図や地図を見ても何がどうなっているのかあんまりよくわからない。サフィールが端末を操作してエイシャの地図を出した。
「港から城まではどうやって行く?」
「うむ、馬車で一時間ほどなので、それで行くことにしよう。城の旧館も同じくらいの距離にある」
「旧館……ね」
私はいつからか記憶がなかったはずの旧館の存在も疑わなくなっていた。何しろ自分の記憶の方が信じられないのだ。それならば、少しでも記憶が取り戻せる可能性がある所へ行きたい。
「記憶がないから……直接城に行っても家臣たちともちゃんと話せる自信がなくて。だから、気になることもあるし旧館にまず行きたい」
「そうか……! あいわかった!」
カリィが笑顔になる。本当のところはまだ王を名乗る少年……カインに直接会って、どう接したらいいか測りかねている。というか、純粋に気まずい。
「四年前のこと、調べてたこと話すな。といっても、あんまりないんだけど」
サフィールはなにやら端末を操作して、一枚の白黒の画像を見せてきた。
「よく行ってた魔法具屋の店主が物持ちよくて、四年前の新聞見せてもらったんだ。ほら、葵も行った……」
端末から目を離して葵に向かってそう言いかけ、あ、といった感じで目を伏せる。葵はうんうんと頷いている。
「海岸通りのお店ですね」
「あ……ああ、そうそう。で、えっと……これ見て」
見せられた写真は、白黒の新聞記事だった。
エイシャの王女が、エイシャ島固有の宗教であるエイシャ正教の大教皇を引き継いだという記事が載っていた。小さい写し絵には背中の中ほどまで髪を伸ばした黒髪の少女が写っている。エイシャ正教の式服をまとった姿で、神殿が背景だろうか。粗くてちょっとわからない。
「小さくて分かりにくいけど、これ、ナスカじゃないか? 俺、宗教や祭祀に興味があって、へーと思ったのをなんとなく覚えてたの」
これは、確かに自分だ。この服も、夢で着ていたものに似ている。
「そうだと思う……でも、思い出せない。探してくれたのに、ごめんね」
私はそう話しながら、いつの間にか自分の記憶にはなかったはずの自分を思い出そうとして苦しくなることがなくなっていたのに気付いた。忘れていた自分も大切な自分の一つで、ありえないと否定することをやめたからなのかもしれない。
「ほんとです! 『僕』と出会った頃のナスカ様みたいです」
葵が端末の写し絵を見て目を丸くする。葵はそんなことまで覚えていてくれたのか、と少し切なくなった。
――疑似人格。
サフィールが言うことには、この子が人間とコミュニケーションを取るためにその場で求められている反応を返す機能だそうだ。今は葵の体に残った記憶を元に反応しているというけれど、まるで本当の人間のように見える。でも、だからこそ、この子と一緒に居ればいるほど、この子が葵ではないという事を思い知らされてしまう。
「うん……」
私はついつい生返事をしてしまう。
「サフィール、あんたはどう思ってるの」
「何が?」
「何がって……葵がこうで辛くないのかって」
「葵が聞いてるよ」
言うなという事なんだろう。それはそう……なんだけど。
「それに、たとえ魂がないと言われていても、そこに感情が見えるなら、そこには魂に似た何かが生まれているんだって。魔族の伝承だけどね。だから、聞かれたくないことは言わないの」
サフィールはそういって葵の頭を撫でる。葵は私たちの話が分かっているのか、そうではないのか、にこにこしながら話を聞いている。カリィも、複雑そうな顔をしていた。
――翌日。
今日もよく晴れている。
船のデッキに出ると太陽が真上に上がって、影がほとんどなくなる。周りの島の緑が懐かしい色だ。深く濃い鮮やかな緑色が、日の光に照らされてきらきらと光っている。
ふと船の進む方向を見ると、遠くに見慣れた山の形が霞んで見えた。エイシャだ。
帰ってきたんだ。長い道だったけど、とうとうたどり着いた。
ほどなくして、私たちの船は予定通りエイシャの港に到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます