第38話 赤い急襲
夕暮れの中、私は昨日先輩にもらった巻物を手に走っていた。
昨日は押しに負けてつい受け取ってしまったけど、私は三人で過ごした時間の方を信じたい。だから、この巻物はいらないと突き返してやる。そう思って待ち合わせの場所に向かう。
港の公園は暗くて人の姿は見えない。
目を凝らして見まわしてみても、先輩の姿は見えなかった。
「そういえば、夜って……いつよ!」
詳しい時間指定がなかったことを思い出して頭を抱える。ていうか、この巻物も返す必要がなかったんじゃないだろうか。
「……バカみたい」
本当に馬鹿だ。少しでも迷って受け取ってしまった自分が恥ずかしい。
二人にこのまま黙っているか、それともちゃんと相談するか。そう思い悩みながら公園を出かけた時、港の方から見知った顔が歩いてくるのに気が付いた。
「あれ、ナスカ?」
葵とサフィールだ。二人でどこかに出かけていたのだろう。私の姿を見つけて葵が手を振ってくる。
幸せそうな二人の顔を見かけてどうしようもなくほっとした自分がいた。急に体の力が抜けて地面に座り込んでしまう。
「え、ちょっと……! どうした?」
「どうしよう……」
何から話せばいいのかわからない。
セイ先輩が追いかけてきたこと、葵が私たちの情報を帝国側に流しているかもしれないこと、足止めの巻物を渡されたこと。
どれを話しても昨日までの穏やかな自分たちが壊されてしまいそうで、怖かった。
「この巻物、誰に?」
サフィールが目ざとく私の持つ巻物を見つける。彼はしゃがみ込んで、立ち上がれない私に目線を合わせながら話しかけてきた。
「これは……」
「落ち着いて、これを誰かに渡されたから困ってるんだろ。怒らないから、教えて」
「これ、使って足止めしてって……先輩が追いかけてきて」
せめて葵のことは言わないようにしたいと思ったら、何もかもうまく言えない。
「そうか……。使わないでいてくれたんだな。ありがと。絶対それ、開けないでね」
「開くわけないでしょ。そもそも、いらないって返しに来たらいなかったんだから。先輩はエイシャに連れてってくれるって言われたけど……私、三人で行きたい」
私は葵を見る。大丈夫、あなたのことを信じてるから。って思いを込めて、その目を見つめた。
葵ははっとして急いでポケットから端末を出し、画面を見た。みるみるうちにその顔が青くなっていく。
「ナスカ、さっちゃん、二人とも逃げて……!」
目の端に魔法の光が見えた。赤色の、どこかで見たような光。
――転移魔法だ!
気づいた瞬間、その光の中から何者かが飛び出してきた。
次いで、何か重いものが風を切る音。私たちは思わず飛び退った。
その主は、赤い髪と白く小さな羽を持つ少年だった。港で先輩とともに襲ってきた、葵が婚約者とか言っていた奴だ。葵がサフィールに駆け寄り、袖を掴んで少年を睨む。
「ジル……! どうして……!!」
サフィールは彼の存在のことを聞かされていなかったらしい。一瞬混乱したように葵を見る。ジルと呼ばれた少年はその隙をついてサフィールの懐に飛び込み、葵を捕らえた。
ジルはそのまま葵を軽々と抱え上げて東屋の屋根の上に飛び上がる。葵がやめて、と叩いているが、全く意に介していない。
ジルはサフィールをメイスで指しながら睨みつける。
「おまえさぁ、勝手に葵たちに同行してんだって? こないだも眠りの命令使ってきて、まじでうざい。お前を殺して、葵とそこの人質、連れて帰るから」
「はぁ……? ていうか、『葵を離……』、――っ!?」
ジルはメイスを素早く仕舞い、私の持っている巻物と同じものを広げた。
光が広がり、魔法が起動する。魔法の光に反応するように、サフィールの言葉が止まった。
「あはははは! 本当だ、本当に効くんだ! 主様の祝福のしるし!」
ジルはおかしそうに笑った。サフィールは苦しそうに口元を押さえて、上半身をかがめている。何が何だかよくわからないが、呼吸がうまくできていないようだ。
「じゃ、殺るね!」
ジルがメイスを振り上げ、サフィールに向かって飛びかかった。私は急いでカリィを呼び出し、メイスを払った。
バキィン! と音が響く。あまりの衝撃に体が浮いて吹き飛ばされた。
嘘でしょ、こんな馬鹿力、どうしろっていうの!
私は受け身を取ってすぐに立ち上がる。見ると、サフィールが声の魔法を放とうとしていたが、ジルはとっさに葵を盾にした。サフィールが戸惑い立ち止まる。
そのすきにジルは素早く葵の影からメイスを出し、サフィールの脇腹に思い切り打ちこんだ。
いつもの防御魔法は発動せず、うめき声とともによろめいて倒れる。
ジルは倒れたサフィールの体を蹴りつけ、メイスを何度も打ち付けた。彼は巻物の魔法の影響か、受け身も取れずされるがままになっている。
「やめろぉお!」
私はたまらず駆け出した。
剣でそのメイスを弾きあげることができれば、隙を作ることができる。私は思い切り剣を振った……はずなのに、ぴたりと止められる。
顔を上げてジルのほうを見上げると、彼は息ひとつ乱さず、私を冷ややかな目で見ていた。
「人間が、僕たちに敵うと思っているの」
「……!!」
まっっじで、ムカつく!
私はジルの体を蹴りつけようと、足を上げた。と、メイスが翻り、私の右膝に振り下ろされる。一瞬だった。圧力と、下肢の裏で何かがちぎれる感覚。激痛が右脚全体に広がる。
「い……ぎっ!」
私は倒れ込んだ。
「う……」
あまりの痛さに呼吸ができない。集中が途切れて、回復を精霊に呼びかけようとしてもイメージが霧散する。葵が泣きながら私たちの名前を呼ぶ声がした。
ジルの足の向こうにサフィールがうつぶせに横たわっているのが見えた。何度も小さく必死で息を吸いながら、えづくように咳き込んでいる。口元を押さえた白い袖口がじわりと赤黒い色に染められていくのが見えた。
ジルの足がゆっくりとサフィールの方に向き直った。
「人間は動けなくなったから、ゆっくりお前を潰せるね」
「――ああ、そうだ、『葵がやるかい?』」
ジルは葵を地面に降ろし、巻物を開いて見せる。
魔法の光が巻物からあふれ、葵を包み込む。葵はその光をぼうっと見つめ、ジルを見つめて微笑んだ
ジルはメイスを差し出す。
葵はそうするのが当然かのようにこくりと頷き、差し出されたメイスを受け取った。
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