第35話 先輩

 数日後。私たちはカルミアに訪れた日に見積もりを出してもらった海運会社にいた。事務員が革袋の金貨を数えて、見積書と示し合わせる。

 

「いち、に、さん……、はい、確かにいただきました。それでは、こちらが領収書兼乗船証となります。明後日以降、好天の日の出航となります。といっても、今のところの天気予報では予定通りと見ていただいていいと思います」


 私は乗船証を受け取る。三名、エイシャまで。カルミアについた日には成し遂げられるかわからなかったが、ちゃんと手に入れることができた。大切なものラベルを付けて、ストレージに入れて海運会社を出た。

 外はまぶしいくらいの晴れだった。

 これからやらなければならないこと、確かめないといけないことはまだまだあるが、天気も私たちを祝福してくれているようで嬉しかった。私は二人を振り返って、拳をかかげる。二人とも顔を見合わせて、笑顔で拳を合わせてくる。

 

「やった! 二人のおかげね! ほんとにありがとう」


「どういたしまして。でもこれからが本番だからな、油断しないように」


 サフィールはそう言いながら右手で私の拳を小突いた。失ったはずの右腕はすっかり元通りになってしまっている。本当に不思議な生き物だ。

 

「うん、よかった。三人でエイシャに行けるの嬉しい」


 葵もにこにこと笑っている。ほんとうに、この二人と一緒でよかったと思った。



午後は解散して、それぞれの時間を過ごすことになった。


 私はなんだか待ちきれずに、港が見える公園のベンチで座って船が出るのを見ていた。カルミアは多くの船が行きかう航路の要所となっていて、寄港する船も多い。遠くを通り過ぎる大きな船もあるし、近くの港から来た小さな船もある。船から降りた人たちは馬車に乗り、あるいは徒歩でカルメルの街やそのほかのいろんな土地に向かう。私たちが歩いてきた山道を通ってどこかに行ったりもするのだろう。


 ……これで、エイシャでちゃんと話をつけて、帝国への叛意を撤回してもらえばすべて元通りになれる。


 きっとそうだ。どうなるかわからない未来のことを考えているとちょっと怖くもなるけど、いま考えすぎたってしょうがない。


 それに、王を名乗る少年と神官の少年に、もう一度会いたいと思うようになっている自分がいた。


 帝都から発って日が巡り新月を迎えたが、やはり同じ新月の日に見る夢を見た。エイシャの旧館に、大切な人に会いに行く夢。あれは、あの二人ではないのだろうか。

 夢なんかを頼りにするなんて、ばかげていると自分でも思う。でも、それがただの夢なのか、本当のことなのか、もうすぐわかる。それだけではやる心を抑えきれない気持ちになる。


 そのとき、横から不意に声をかけられた。

 

「ナスカ……だよね?」


 全身が固まった。今ここで聞けるはずのない声。でも、可能性がないわけではない声。私は、うつむいて、できるだけ感情を気付かせないように声の主に返す。

 

「……セイ先輩?」


 声が震えてしまった気がした。横で歩く気配がする。

 

「となり、いいかな」


 私は考えをめぐらす。ベンチの後ろは壁。そして、目に見える範囲に、先輩以外の足は見えない。来ているとしても一人だろう。

 

「……」


 私が何も言えず黙っていると、先輩が横に座った。私は先輩の言葉を待つ。いつでも、戦えるように構えながら。

 

「えっと、ナスカ……キミに謝りたいと思って、来させてもらったんだ。まずは、キミを人質に取ろうと思ったこと……間違ってたと思ってる。帝都の港でも、酷いことをした。キミと同じ立場に立ったら、ぼくもきっと同じようにすると思う」


 先輩は本当に悲しそうに話す。だとしても、どうしてここが分かったのだろう。

 

「何でここにいるか分かったんだと、思ってるよね。それはね……」


 先輩が端末の画面を見せる。それはグループで何事かメッセージをやり取りしている通信欄だった。そこには、私たちの宿屋の地図や依頼の進捗などが記されていた。

 

「葵が、連絡していたんだ」


「そ、んな……!」


 そんなこと、あるわけないと返したかった。でも、こんなこと知っているのは自分たちだけしかいない。先輩は私の手を取って、必死な様子で言う。

 

「聞いてほしい」


「葵はきっとエイシャに行くのを邪魔してくる。でも、ぼくはキミに、エイシャにたどり着いてほしいって、思い直したんだ。だから、罪滅ぼしがしたい」


「明日の夜、ここに来てほしい。ぼくが乗ってきた帝国の船で、エイシャに運んであげる。もしあの二人がキミを止めたら、これを使ってほしい。足止めできる魔法が入ってるから」


 先輩が私の目をまっすぐ見て、金属の小さな器具を渡してきた。呪文の入っている巻物スクロールだ。私は思わず受け取ってしまう。先輩は、きっとだよ、と告げて歩いて行ってしまった。



***



 セイは角を曲がって待ち合わせた路地に駆け込んだ。路地には赤髪の少年が立っていた。


「渡せました?」


 少年が首をかしげてセイに問いかける。セイは周囲をうかがって、目を伏せた。


「――これで、故郷にもぼくにも、罰則はないんだよね」


「ええ。だから、さっさと帰ってください。あとは僕だけでやりますから」


 少年は転移魔法の巻物スクロールをセイに押し付ける。セイは急いで巻物を起動した。転移魔法の赤い光が路地を照らす。魔力の余波に流されて少年の赤髪が燃えるように揺れた。

 彼の金色の瞳が、昏い感情にゆがめられる。

 

「……葵」



「今度は、逃がさないからね」

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