第33話 ゴーレムと碧石
私たちの目の前にいたのは、今まで戦ってきたのよりはるかに大きいゴーレムだった。全身が青い結晶で構成されていて、体の真ん中にほかのゴーレムのようにまぶしく光る核がある。手だけで、私の体くらいの大きさはあるだろう。
……そんな相手に、言葉が通じない状況で戦えっていう事?
それって、ヤバすぎない!?
シャルロットが盾を掲げてゴーレムの攻撃をはじく。そのすきにサフィールが呪文を唱えていた。意味が通じない音だと、まるで音楽のように聞こえる。
呪文がやむが、何も起こらない。
どうして? と思ったが彼も混乱した顔をしている。
精霊の気配はするのに、なぜだろうか。私は試しに炎に念じてみた。赤い光が何処からともなくやってきて、指先に小さな炎が宿る。もういいと念じると炎は消えた。精霊の力自体はあるようだ。ただ、言葉が届いていないのだ。
私には精霊魔法が使えるならと、両足に速度強化をかける。見た感じ、ゴーレムの速度はそこまでではなさそうだ。
一撃が当たれば大きいが、当たらなければいい。
私はゴーレムの目を奪って駆け出し、足を駆けのぼって核に切りつけた。
剣が当たるが簡単にはじき返されてしまう。核の周囲は透明な殻に覆われていて、簡単に壊せそうにはなかった。
着地したところにゴーレムの手が迫るが、遅い。避けるのは意外と簡単だ。
だが、あの核を覆っている殻を壊すにはどうすればいいんだろう。精霊魔法も通じない状態でこの部屋に閉じ込められて、少しずつ体力を削られて、みんな死んでしまったんだ。
『ナスカ! 避けるのじゃ!!』
カリィの言葉が頭に響く。ゴーレムが大きく体を振ると、青い結晶が飛び散った。
飛んだ結晶のかけらが周囲に刺さる。そこから結晶が立ち上がっては、崩れて消えていった。
私の目の前で立ち上ったシャルロットの魔法の黒い盾が結晶で地面に縫い留められる。黒い盾はパキパキと音を立てながら浸食されるように結晶になっていった。黒い盾には一度に出せる量に限りがあるようで、だんだんと守る範囲が少なくなってきている。
ふと、頭に『青ずきん』の姿がよぎる。
この結晶は、あの結晶化した体にまとわりついていたのと同じものだ。ふと、自分の横にある結晶の形に気が付いた。
それは、
不自然な……人くらいの大きさの、結晶。
周りを見回すと、同じような形の結晶がいくつもあった。これ、もしかして全部人間なんじゃないだろうか。
――なによこれ、絶望的じゃない!?
その時、『音』が響き渡った。
ゴブリンたちを最初に倒した時と同じ、純粋な力の波。
核を覆っていた殻が白く濁る。細かいひびが入っているのだ。今なら打てばいける!私は慎重に、隙を見ながら一撃を打ち込んだ。
結晶の割れ目に沿って、刃が入る。
パリィン! という音とともに殻が砕け、粉状になって飛び散った。
――もう一回! と思いゴーレムの方を振り仰ぐと、横から衝撃があった。体が空中に浮かび上がる。ゴーレムの腕に打たれたんだ、と気づいた瞬間、またゴーレムが身を震わせるのが見えた。
まずい、避けれない!
そう思った瞬間、シャルロットの黒い盾が私を庇っていた。シャルロットは……、と一瞬三人の方を見ると、盾と、その横に白くはためく布が見えた。
何がどうなっているのかわからなかったが、本能的に前に向かわなければと感じた。ゴーレムに向き直る。
また、音が響く。
さっきよりも、強く大きな衝撃波が走って、核に大きなひびが入る。私は足に風を纏わせて走り出す。
蹴り上げる瞬間、振り上げる剣にも風を乗せて――
一気に、剣を叩きこんだ。
人型を作っていた結晶が力を失ったように崩れ落ちる。
そして、結晶は動かなくなった。
「倒した……!」
シャルロットが盾を投げて駆け出して、洞窟の奥のひときわ青く輝く場所に向かう。あそこに探していたものがあるのだろう。二人は無事だろうか、と振り返る。
二人は何事か話している、が、やっぱり意味が分からない。
そして、何か様子がおかしい。葵がサフィールの右手を触って泣いている。私に気付いたのか、サフィールが困った顔をして、左手で私を呼んだ。
なぜかとても嫌な予感がして、胸のあたりがぎゅっとなった。
サフィールは、葵の頭を左手で撫でて、右手をこちらに向ける。
その右の手のひらを、青い結晶が貫いていた。
私は必死で駆け寄り、その右手を掴み上げる。
結晶はまるでもとよりそこから生えているように、手のひらの肌を巻き込んで浸食を始めていた。見ているうちに結晶がじわりと、ぱき、と音を立てて広がった。また、青ずきんの姿が頭をよぎる。
これの治し方、治療師ならわかるでしょ? そう願いながらサフィールの顔を見る。彼は神妙な顔で右袖を肘までまくり上げて、左手で腕のあたりをとんとん、と叩いた後、私の持っている剣を指した。
――それは、つまり。
私は剣を構えてみせる。サフィールはうんうんと頷いて、右の袖から何かを取り出した。輪のかたちになったベルトだ。止血などの用途に使う物らしく、片側にだけ引いて締められるような仕組みになっている。
「イカれてるんじゃないの……」
私に、腕を切り落とせと言っているのだ。神器にそんなことをさせてもいいのだろうかと、手に持ったカリィを見つめた。
『やるしかないなら、わしはわしの仕事をするだけじゃ』
頭にカリィの声が響く。
「そう思ってくれてるなら、ありがたいわ」
サフィールは手際よくベルトを腕にかけている。覚悟を決めるしかない。
私はまず、大地の精霊たちに深く祈った。
安定した場所をイメージして、形を描く。
「――!」
来た。
目の前にくるくると回転しながら、逆四角錐をした銀の台座が現れた。
私は次に、水の精霊を呼び出して、台座と刃を清める。
サフィールが右腕を台座に乗せ、左腕でベルトを引いた。葵に後ろ側を向かせて、左腕で抱きしめる。
台座の銀色と肌の色の組み合わせを見て、これは祭壇だ、と思った。
夢で見た、エイシャの夜明けの祭壇。
祭壇に触れた結晶がパキパキと音を立てる。結晶の浸食が思った以上の速さで広がっている。
どうしてだろうか、目の前の現実に反して、心はとても冷静だった。
できる、私はどうすればいいか、知っている。どのくらいの力を入れれば、肉が、腱が、骨が落ちるか。ならばそれ以上の力で速く、何もかも感じる前にやればいい。剣を構えてサフィールと目を合わせると、彼は合図をするようにひとつうなずいた。
私は、一息に剣を振り下ろす。
銀の四角錐がきっかり中央で割れ、赤く染まった。
***
「……で、これがお求めの『沈黙の碧石』ってやつ?」
帰路の馬車の中。サフィールは金属の枠と透明な板で仕立てられた箱に収まった石を眺めていた。透明で、深い碧の海のような色をたたえた石。どういう仕組みか、石は箱の中の空間に張り付けられたように浮かんでいる。この箱の中に入れておけば、石は効力を失ってしまうらしい。
「言葉の意味を失わせる力を持った石、ということらしいわ」
サフィールは興味なさそうにふーん、と言い、シャルロットに石を返した。
「……」
私は何も言えずに景色を見るふりをしていた。葵は泣き疲れて眠ってしまっている。こんなことになるんだったら、スライムを掘り返していたほうがずっとましだった。
帰路は往路よりも大変ではなかった。地図ができていたので迷わずにすんでいたのと、サフィールが声の魔法で現れる魔物のすべてを……そう、全てを倒していったからだ。
白き翼の民の使う、精霊や魔族の力を介さない純粋な魔法。
そして、声の――音の力は彼固有のものという話だった。
あの結晶の傷も黒い盾を出し切れなかったシャルロットを庇って負ったというし、ぶっちゃけこのダンジョンは彼一人でも攻略できていただろう。したいと思っていなかったから、そうしなかっただけで。
今は翼もしまって、普段通りにふるまっている。
「報酬、上乗せさせてもらうわ。その……危険な目に合わせてしまったことと、右腕と」
「別にいい。一週間もあれば元に戻るし。二人を危険な目に合わせたのも、俺の判断ミスだ。だから、お前は何を引き換えにしても欲しいものを手に入れられたって顔してな」
サフィールはそう言い終わるなり、隣の葵を左手で抱きよせて目を閉じる。
彼はそのまま不機嫌そうに大きく一息ついて、眠ってしまった。
それからカルミアに帰るまで、私たちは一言も口を開かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます