第32話 青ずきん

「前方から、また来ます! ゴブリンいっぱい!」


 葵の声に耳を研ぎ澄ませると、足音が聞こえてきた。緊張で身を固くしていると、サフィールにぽんと肩を叩かれた。

 

「意趣返ししようぜ。俺がもう一回肩叩いたら、奥に向かって炎の魔法放って」


『暴食の名を冠するもの、彼らが前を阻む壁を作りたまえ!』


 彼の呪文に応えるように、ゴブリンたちとの間に薄く光る壁のようなものが立ち上る。何匹か先行していた個体が壁にぶつかって倒れた。

 

 肩が叩かれる。

 

 反射的に、炎の精霊を壁の向こうに満たすイメージを心に描く。炎は壁の向こうで一瞬ごうっと燃え上がり、あっという間に色を変えて消える。ゴブリンたちは軽く火傷を負ったようだが、倒しきれていないようだ。失敗したかもと思ったが、突然ゴブリンたちが足の力を失うように倒れていく。

 

「いいね、このまま見ていよう」


 ゴブリンたちは顔を赤くし、眠るようにぱたり、ぱたりと倒れて痙攣する。

 数分ほど経つと、全員動かなくなってしまった。

 

「炎の力で燃やし尽くされた空気は毒になっちゃうんだ。浄化するからちょっと待ってて」


 サフィールは続けて風の精霊に呼びかける呪文を唱える。どこからともなくさわやかな空気が吹き抜けて空間を満たしていく。

 

「知ってる? こいつら、捕まえた人間で毒を試すの。だからさっきの毒も今までここに来た人間で試して作ったものだろうね」


「だから、人間みたいな形をしていても同情しなくてもいい……ってこと?」


「家畜にされるのは死ぬより苦しいからね。そういうこと考えてる相手には徹底的にやらなきゃ」


 サフィールは両手を獣のように構えてみせる。羽も同じような形に、威嚇するように広げられた。


 ――ひょっとして。

 

「あいつらに怒ってる?」


「あたりまえ」


「わかった。次はもっときつくやってやるわよ」


 葵の探査魔法のおかげで不意打ちは避けられたが、とにかく数が多い。どのくらい降りただろうか、マップを見ながら葵がきょろきょろしている。

 

「この先に『青ずきん』がいるはずだから、そこが最後の分岐のはず……だけど」


 既存の完全な地図はないので、葵が地図を作ってくれていたのだった。こういった地図のない未攻略ダンジョンは、わずかな生存者が出没する魔物の情報を残してくれていたり、目印に名前を付けてくれていたりするらしい。

 それにしても。

 

「青ずきんって何……?」


「なんだろうね?」


 葵が首をかしげる。不思議な名前だ。

 

「見ればわかるわ」


 シャルロットが光で照らされた壁の下方を示す。

 

 そこには何か青いものが見えた。

 薄汚れた青と、きらきら光る青が同時に見える。


 ――それは、青いフードをかぶった……遺体だった。


 魔力の影響を受けたのか、半分結晶化している。

 葵がぴえっと飛び上がってサフィールの腕に抱きつく。彼は羽を伸ばし、覆うように葵の目を隠した。

 

「遺体はだいたいゴブリンたちが連れ去ったり結晶生物たちに破壊されたりしてしまうけど、この遺体だけ結晶化してここに残ったの」


 シャルロットが遺体を見ながら話す。

 

「連れて帰ってあげないんだ……」


「そう思っても、連れて帰れないのよ」


 たしかにここに来るまでそこそこの体力を消費している。

 魔力……は、皆それほどばてている感じはないから私にはよくわからないけど、シャルロットの盾がなければ治療魔法をもっと使うことになっていたかもしれない。なんにせよ、ここまで潜ってきて仲間を失い、残った少数では帰ることすら難しくなるだろう。この人を残した冒険者たちも、きっと苦渋の決断をしたのだ。

 

「ここから左手に行けば遺跡が掘り当てられた方向、右手を下れば目的地よ」


 私は向かう先を見た。『青ずきん』の両側にはどちらも坑道が続いているが、右手の方に多く結晶が見える。今まで出会ったゴーレムのように、核に引かれて結晶が触れ合う音も響いてくる。

 

「えっと、核が起動しているのは……あれ? わからない……」


 葵が困ったように私たちを見る。この先の様子は何かが阻んでいて見えないようだ。

 

「警戒して進みましょう」


 私たちは坑道を進んで角を曲がる。急に目の前がまぶしくなって視界が開けた。

 

 

 そこはたくさんの結晶で形成された、広い空間だった。

 

 

 結晶の所々が光を放ち、空間を光で満たしている。青く光る、幻想的な洞窟。掘られたのではなく、自然に作られた場所だ。奥の方にひときわ青く輝く場所があった。

 盾を構えるシャルロットを前に、私は一番後ろについて進む。後ろでパキパキという音がした。目の端で後ろを見ると、入り口だった場所が結晶に覆われている。

 

「ねえ、入り口が――」


 私の言葉に三人が振り返る。


 三人とも、不思議そうな顔をしている。

 サフィールが口を開くが、なぜか喋っている言葉の意味が分からない。確かに耳に届いているはずなのに、この部屋に満ちた光がちかちかと瞬いて、理解しようとするのを邪魔してくる。

 

『気をつけるのじゃ!この場には特殊な魔力が満ちておる――!』


 頭に響くカリィの言葉を聞いた瞬間、部屋の中央にある結晶が浮かび上がって青い光を放つ。光に呼応するように結晶が集まり、人の形を成していった。



 そして――、




 私たちの目の前にいたのは、今まで戦ってきたのよりはるかに大きいゴーレムだった。

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