第31話 はじめてのダンジョン攻略
『光の精さん、僕たちの行く先を照らして』
葵の呪文に応えるように、あたたかな光が行く先を照らす。
坑道の入り口は、自然に空いた穴を広げて補強材を付けた古いトンネルのような感じだった。ここが活きた鉱山だった証拠を残すように、壁に等間隔の支柱が組んであり、天井近くには古い魔法灯が据えられている。
見慣れないものといえば、地面に敷かれた金属のレールだ。帝都で走っている軌道車のものと似ているが、それよりもはるかに細くて頼りない。レールの途中に岩の塊を積んだ台車が放置されていた。なるほど、これで岩を運んだりしていたのか。
しばらく進んでいると、道の先からガチャガチャと何か騒がしい音が聞こえてきた。まるで、石を積み重ねたり崩したりしている時のような音だと思った。そのことに気づいてカリィを呼び出した瞬間、隣からも石が積み上がる音が聞こえてくる。
振り返ると、石の塊でできた拳が私に向かって振り下ろされる瞬間だった。
――しまった、やられる!
そう思った時。
私たちの影から燃え上がるように、広がるように黒い帯のようなものが私たちと石の拳との間に立ち上った。
黒い炎は手のひらのような形に変わり、石の拳を弾き飛ばす。
「胸にある核石を狙って! ストーンゴーレムよ!」
シャルロットの声が聞こえる。
よく見ると、黒い岩の中心、胸のあたりに金色に光る石がある。私は駆け出し、核石の周りを舞う黒い岩の隙間をぬって切りつけた。ガチンという音とともに鋼がゆがむ感覚がして、核にひびが入った。ゴーレムが一瞬のけぞる。
『立ち去りし風花の雫、谷にたゆたう翠、蒼槍を創じて我が敵を散らしたまえ!』
サフィールが呪文を唱える声がした。後ろから氷の槍が飛び出し、ゴーレムの核を貫く。続いて言葉が紡がれるたびに氷の槍が生じて敵を貫いていく。私はその間をすり抜けて、まだ倒れてない敵の核を狙い、打つ。核は鋼を強める魔法と風の魔法を乗せると、面白いように砕けた。
シャルロットが私の影に何かしたのだろうか。敵の攻撃を黒い帯が防いでいてくれるから、攻撃することだけに集中できた。
私の攻撃が、最後の一匹の核を砕く。ゴーレムはガラガラと崩れて動かなくなった。
「やった!」
「あまり、先行するでないぞ。先が見えぬ」
カリィの声が聞こえた。気が付いたら意外に遠く離れてしまっていた。葵の点けてくれた光の魔法が遠くで揺れている。瓦礫を片付けながらこちらに向かっているようだ。
私は先の方を見た。坑道は緩やかに坂道になっている。その奥は光が届かなくてよく見えない。もっとよく見ようとして目を凝らすと、暗闇の向こうで何かが光った気がした。
「あっ!?」
肩の皮膚が圧される感覚。
次いで、焼けるような痛みがした。
立て続けに風を切る音がして、足にも同じ感覚が走った。
私は自分自身の体を支えきれず、倒れる。剣が手を離れて転がった。
「う……」
遠い光で自分の足を見る。細長い棒が刺さっている。
しびれる感覚が肩のあたりからじわじわと広がってきた。
――毒矢だ。
体が熱い。手も足も動かないのに、痛みだけが大きくなっていく。呻きながら光の方向を見たけど、どちらに光があるのかよくわからなかった。ぱたぱたと小さな足音が私を取り囲む。がさがさで小さな手が、私の腕を、足を掴んだ。割れた爪が皮膚に食い込んで、怖気が走る。
恐らく、ゴブリンだ。集団で人を襲い、家畜にする人型の魔物。掴まった女がどういう風にされるかなんて、私だって知っている。
調子に乗って走らなければよかった。足を引っ張ってしまった。
いやだ、怖い。
痛い、熱い、気持ち悪い。
「……たすけて」
やっとの思いで出した声。その声とすれ違うように、頭上を音が通り抜けた。いや、音なのだろうか。力の波のような何かだというのはわかるが、精霊が何も反応していない。どうして。
だめだ、体が熱くて、頭がぼうっとして、何も考えられない。何も。何が起きたかわからないまま、全てが黒に塗りつぶされる……。
最初に感じたのは、波だった。
体が宙に浮かんで、寄せる波に包まれている。金色の、透明な、青の、白色の、ゆっくりと光を変える波が、私のまわりにたゆたっている。体に刺さっている矢がぽろぽろと落ちる感覚があった。
波が触れたところから、毒の痺れが染み出すように消えた。
「……!」
私は目を開けた。光が目に飛び込んでくる。サフィールが心配そうに私たちをのぞき込んでいた。
「……私、どうしたの……」
私は自分の足に触れる。傷は最初からなかったように塞がっていた。体が熱いようなしびれるような感じもない。
「早すぎて追いつけなかった。ごめん。傷を治して毒も中和したけど、他におかしいところはない?」
「た、たぶん」
「そうか……」
サフィールは羽をぺしょっと伏せて座り込んでいた。私が平気だったのを確認して安心したのか、その羽が反応するようにぱたぱたと揺れる。
「というか、それ、大丈夫なの」
「しまっておくのも魔力使うからね。ここじゃ隠す必要もないでしょ」
そう言ってちらっとシャルロットの方を見た。
「そうね」
「それとあなた、パーティを組んでいる意味をちゃんと考えないとだめ。特にこんな強敵の現れるダンジョンでは、先行なんてもってのほかよ」
シャルロットは私の肩を押さえて、私の目をまっすぐに見て言う。本当にその通りだ。敵を倒すことに夢中になりすぎていた自分のせいだ。
「Sクラスダンジョンでも大丈夫って言ったのはあなたです!」
葵がシャルロットの腕を握って睨む。
「ううん、いいの。すみませんでした。ちゃんと周りを見て戦います」
私は葵の手を握って、シャルロットを見る。敵を倒せていなかったわけじゃない。なら、自分の経験と判断が原因だ。学校で演習に出かけるダンジョンなんかよりはるかに敵も硬くて、数も多い。だからもっとちゃんと警戒して、立ち回りを考えて行動するべきだった。
こんなとんでもないところに来てしまったことには多少の後悔もある。だけど、それ以上に足手まといなんかになりたくないと思った。
私は立ち上がる。うん、どこも痛くない。
「行きましょ」
坑道の奥には闇がまだ深く広がっている。私たちは再び歩き始めた。
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