第30話 ふわふわSランク冒険者

「ええええ~~っ!?」


 私たちと、ダンジョン攻略?

 

 私は信じられないという目で目の前の女性――シャルロットを見ていた。

 

 昨日の私たちといえば、Cランクの依頼のどれを受けようかあれこれ話し合ってて、スライムっていう言葉だけでサフィールがダメになってぶっ倒れそうになって、シャルロットが助けてくれて……。あのヘロヘロな状況を見て、ダンジョン攻略を依頼しようと思う!?

 

「一緒に攻略していただきたいのは、ペイル鉱山。鉱山部に眠る希少素材を……」


 シャルロットは平然と話を続けている。

 

「待って、シャルロットさん! 情報が足りなさすぎる。落ち着いて話してくれますか?」


 サフィールが慌ててシャルロットを止めた。シャルロットはハッとしたように両手で口元を覆った。

 

「あっ……ごめんなさい、私ったらいつもこうで……」

「えっと、ペイル鉱山は、カルミアの北部にある鉱山です。魔法鉱石を産出する鉱山だったのですが、古代遺跡とつながって魔物の数が急増したために現在は閉山しています」


 シャルロットが説明する。魔法鉱石の鉱山。古代遺跡とつながっているということは強い魔物も出るんじゃないだろうか。

 

「ちなみに未攻略の、Sクラス相当になる迷宮なんですよ」


 私の頭の中に『?』の大きな文字が浮かんだ。そんなダンジョンに私たちと一緒に行こうと……どうして思った?

 

「あの……、俺たちはCとDランクの冒険者ですが、それは分かっていますか?」


「ええ、昨日ギルドで確認させていただいています!

問題ありません。私は薬師ケミスト盾使いシールダーでSランクなので!」


 シャルロットはサフィールの質問ににこにこしながら答える。なんかただ物じゃない感はあったけど、Sランクなのか。すごすぎる……って、そうじゃない!

 

「えと、純粋になぜ僕たちに依頼しようと思ったのか聞いているんだと思います……!」


 葵もへにゃへにゃになっている。そうそう、それそれ! 二人とも、聞きたいことを聞いてくれて、超助かる。

 

「それは……」


「それは?」


 真剣な顔でシャルロットが胸に手を当てる。どんな理由なのだろうか。なんか、どきどきする。シャルロットはすぅ……と大きく息を吸って、ぐっとこぶしを握った。

 

 

「勘です!」



「「「勘」」」



 三人の声がかぶった。勘。

 

 そうか、勘か! ならしょうがない!


 ……ってなるわけないじゃない!! どういうことか聞こうと思って口を開く前に、シャルロットが首をかしげて言う。

 

「なんちゃって。本当はちゃんと理由があります」


 私はがくっとなった。なんだ、違うのか。

 

「まずは改めて、自己紹介させていただきます」


 急にシャルロットの声色が変わる。ふわふわしていた空気が急に張り詰めた。

 

「――わたくし、カルメル自治区領主であるカルメ家の『飛竜狩り』シャルロット・カルメと申します」


 飛竜狩り。

 

ギルドで聞いたことがある。竜はこの土地にとって特別な存在で、竜を狩った者たちはその称号を名乗ることが許されているのだ。そして、カルメ家はこの狩人ギルドを創設した総本家。要するにこの人は、狩人たちの国のつよつよお姫様、ということだ。


「目的のものは特殊な鉱石なの。それが眠っている場所にたどり着くのは普通の方々では難しいわ。でも、私はどうしてもそれを手に入れたい。手に入れなければならない」


 シャルロットの瞳が私を捉える。その瞳の中には穏やかそうな見た目の中に収まっているとは思えない、深く昏い思いと熱い決意が見えて、私は気圧されてしまう。

 でも、やっぱり私たちの問いの答えにはなっていない。

 

「あの、でも、私たちギルドに入りたての普通の人間ですし……。やっぱりお役には立てないと思うんですけど」


 私たちは普通というと厳密にいえば違うかもしれないけど、ややこしいことになっても嫌なのでなんとかわかってもらおう。

 シャルロットが私たちをじっと見つめる。おもむろにゆっくり歩きだして、サフィールの目の前で立ち止まった。

 

「具体的には、主に貴方の力が必要なの。『白き翼の民』のかた」


「あはは、冗談はやめていただきたいです。俺は魔族で……」


「装いを変えたくらいでは、カルメル本部の狩人は、『騙され』ないわ。それに、私は白き翼の民に獲物としての興味はないけど、この町の冒険者は……どうかしらね?」


「もし断ったら、明日の掲示板にひとつ討伐依頼が増える、ってこと?」


 サフィールが珍しく険しい顔をしてシャルロットに問いかけた。彼女はそれに全く動じないようににこりと笑う。

 

「……協力してもらえますね?」


 心がざわつく。私は山道でのカリィとの会話を思い出していた。そんなことになったらなんて、考えたくもない。

 私はたまらず二人の間に割り込む。

 

「するわ!」

「やってやろうじゃない。私たちは置いていくなんて言わないわよね?」


「もちろん。あなた方三人全員にお願いしています。そちらの代表者は……あなたという事でいいですね?」


 私は頷いた。シャルロットは依頼書を私に差し出す。

 

「急ぎたいので、昼に出立します。鉱山までは一日ほどかかりますので準備を済ませてギルドまで来てください」


  ***


 切り立った岸壁に囲まれた街道を、私たちを乗せた馬車が走る。

 

 野営を挟みつつ荒れた道をもう一日近く走っているが、いい馬車なのだろう。座り心地は悪くなく、それほど疲れてもいない。道の片側は大きく切れ込んだ沢になっている。一年に何度かある大雨の日はこの道のあたりまで水が満ちてくるらしい。

 少し開けた場所に出る。山の上の方は、雲にかすんでいて見えない。濃い色の針葉樹も、山の途中までしか生えられないみたいで、黒く硬い岩肌が露出していた。

 

「あの山の裏側にも、昔は白き翼の民が棲んでいたと言うわ」


 隣に座るシャルロットが窓の外を示した。私は山の向こうを見つめる。その先は白くかすんでいて、よく見えない。

「血は復活の力を与え、肉は寿命を延ばし、羽と骨は半永久的に魔力を生む。心臓さえ無事ならばどんなに傷つけられても元通りに回復することができる、獲物になるために生まれてきたような生き物ね」

「たまに市場に出回ることがあるようだから、どこかで飼われている個体もいるのかもね」


「興味がないって、言ってましたよね」


 葵が震える声で言う。

 

「そう。それを知っている上で興味がないという話をしたかったの。……本当は、竜狩りにも興味はなくて」


「だけど、慣れない脅迫をしてまでも必要なものがあった、ということか」


 今まで押し黙っていたサフィールが口を開く。

 

「圧のかけ方はいいバランスだったけど、あそこで人質を取ったりせず宿に荷物取りに返すなんて抜けてるも抜けてるでしょ。いまもこうやって自由にさせて同じ馬車に乗せてるし、ちょっとどうかと思うよ」


「あっ……!」


「変な駆け引きせずに普通に頼めばよかったのに」


「だって……普通に依頼を出して引き受けてくれる訳がないと思って……」


 シャルロットは両手の指を絡ませてもじもじしている。その仕草はかわいく見えるけど、考えていることはやはりどこか私たちと違っていて、空恐ろしく感じた。

 

 馬車が止まる。

 少し開けた場所に出たようだ。ここが目的地の近くのようで、馬車を下りた。

山沿いには廃墟のような建物が数件かろうじて建っていた。ここを攻略しに来たであろうパーティの野営した後や、置いていった行軍中の荷物、無人の馬車がぼろぼろになって置き去られている。未攻略ダンジョン、という言葉が急に現実味を帯びてくる。

 降りた後、シャルロットは馬車の荷台から大きな盾を引き出してきて背中に背負った。馬車に鍵をかけ、呪文を唱える。馬と御者は煙のように消え去った。


「ここを下りた先が鉱山です」


 私は木に覆われて暗くなった道の先を見る。

 

 そこには、金属の錆びた扉がかけられた暗い入り口が見えていた。

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