第29話 夕焼けかえりみち
――数日後の夕方。
狩人ギルドは朝と比べて人がまばらになっていた。私は朝に比べて数が少なくなった掲示板の依頼を見て、完了となっているものをメモから消す作業をしていた。
「早めにランク上げて、報酬のいい仕事をしなきゃね……」
私たちはまだDランクのままだった。実力主義はありがたいと思ったが、依頼に討伐系が加わるのはCランク以降。それまでは採集や魔法具制作などの戦闘のない仕事をしなければならず、意外と厄介だ。
この数日でわかったことだが、D、Cランクはやれることが少ない割になかなか上位に上がれない。Bランク以上は冒険者の数もぐっと減り、依頼も急に質と報酬が上がる。つまり、Bランクでいいなんてとんでもない。Bランクに上がる、またはそれに相当する仲間を見つけることこそが実質身分確認と試験になるのだ。
「依頼はパーティ内の上位ランク基準で受けれるから。明日はCの討伐系取ろう」
「C?」
「余ってたっぽい書き物系の依頼やっといた」
サフィールは自慢げに登録証を見せてくる。
いつの間にかランクがCに書き換えられている。宿で何か内職をしているようだったのはそれだったのか。結構頑張ってたみたいなのに、それでやっとって本当にハードだ。
それなら……と私は葵と一緒に掲示板の討伐系をチェックする。
『牧場を荒らす害虫退治』は、この間戦った蜂のようだ。
自然が多いこの土地では家畜を狙ったり畑を荒らしたりする魔物の害も多いのだろう。いつでも募集中とはあるが、この間みたいにサフィールがパニックを起こして牧場を焼かれてしまうかもしれない。この依頼は無理だ。
じゃあ…と隣を見ると、『畑にスライムが大量発生』の討伐依頼が貼られていた。
これは学院の演習でやったことがある。戦闘系が地面に埋まっているスライムを掘り返して、魔法系が倒す。作物を傷つけないように掘り返したり、使う魔法の種類も畑になるべく影響が出ないように工夫が必要だったりと気を使うことはあるのだが、基本的には単純作業だ。冒険としてはあまり面白みがない仕事だから残っているのだろう。
こちらもいつでも募集中の仕事だった。
「これ、いいんじゃない? 簡単そうだし、学院でやったことあるし」
葵はうんうんと頷いている。中等部の演習だったから、葵もやったことがあるはずだ。
「この辺は土も元気だからスライムが多いのかもね。これにしよっか。」
ね、と葵がサフィールの方を振り返る。私もつられてその方を見たが、彼は青い顔で固まっていた。
「……まさかスライムもだめ、とか言わないわよね?」
サフィールは無言で目をそらし、何か言おうとしたが、う、と一言言ったあと口を押さえて下を向いてしまった。そりゃスライム系はべとべとして気持ち悪いけど、そこまでじゃなくない? 葵は話を振った手前か、どうしたらいいかわからないようであわあわしている。
……こいつ、ひょっとして討伐とかダンジョン攻略では役立たずなのでは?
いやいや、いままでもさんざん世話になっているしそもそも今だってちゃんと努力してCランクになっているから助けられてはいるのだけど、なんというか穴が多すぎて不安になる。
「逆に考えるわ。なんなら行けるのよ」
「え……獣系とか、鳥とか、ドラゴンとか。人型も行けるし乾いてる無機物も大丈夫。植物系はぎりぎり……」
「つまり今残ってる感じの……虫とスライムみたいなやつがだめってこと?」
「う、だめ……名前すら聞きたくない……」
声が震えて、今にも倒れそうにふらふらしている。私は慌てて支える。ヤバい。このまま倒れられたら宿まで坂道を背負って帰らなきゃいけない。そんな恥ずかしいこと、勘弁してほしい。そう思っていた時、後ろから声が響いてきた。
「あら、あらあらあら!」
駆け寄ってきたのは、栗色のふわふわした髪の上品な女性だった。バッスルのついたドレスを着て、マントを付けている。貴族のようにも見えるが、このギルドに訪れているということは冒険者なのだろうか?
彼女はあわただしく大きなカバンを開けて、折りたたみ椅子を出して開く。
「どうぞお掛けになって」
女性はサフィールを椅子に座らせ、カバンから水筒と何個かの缶を取り出す。缶の中には何個かの小さな布袋が入っていた。その布袋をいくつか選んで紙製の器に入れ、水筒からお湯を注ぐ。さわやかな香りが漂ってきた。
「薬草のお茶です。飲まなくても、蒸気を吸うだけでもいいですから」
サフィールは言われるままにしばらくお茶から出る湯気を吸っていたが、よくなってきたようだ。顔色が戻ってきている。
「あの、ありがとうございます」
私は女性にお礼を言う。女性はこちらを見てにこにこと笑っている。
「いえいえ、冒険者同士困ったときはお互い様よ」
やっぱりこの人も冒険者なのか。いろんな人がいるものだ。
「あなたたちはパーティなのかしら?」
「はい、でもギルドに入りたてで、なかなかランクが上がらなくて。明日ようやく討伐系に行けるねって話していたんです」
「それはおめでとう! 初めての魔物狩りかしら?」
女性は手を合わせて首をかしげる。私は首を振った。
「魔物と戦ったことはあります。でも、もう体がなまっちゃってて。いっぱい体動かせるのが楽しみです」
「まあ……! 元気な子ね!」
女性はくすくすと笑っている。話しているとなぜか楽しい気持ちになってくる、不思議な人だ。なぜか母様を思い出す。見た感じはまだ若く母親というほどの歳ではないのに、なぜそんなことを思ったのだろう。
「ありがとう……助かりました」
サフィールが立ち上がって女性にお辞儀をする。お茶はいつの間にか飲んでいたようだ。
「よかったぁ、大丈夫みたいね」
女性はうんうんと頷いて、椅子をひょいっと持ち上げた。何事か操作するとたちまちのうちにもとの小さな形になる。便利アイテムだ、いいなぁ! そう思っていたら、ギルドの時計の鐘が鳴った。
「あら、受付時間が終わってしまうわ! ごめんなさい、急がないと」
女性は慌てて会釈をする。ギルドに用事があったのか、受付に行ってしまった。用事があるのに助けてくれたなんて、いい人すぎる。
私たちはギルドを出た。
「明日はいい依頼あるといいね」
「新しいの取れなかったらどっちか行くわよ。あんたは立ってるだけでいいから」
「はい……」
そんなことを話しながら宿に向かう道を三人で歩く。橋に差し掛かってふと海の方を見ると、陽が落ちかけていた。
白い街並みがピンクに染まっている。
空も海も同じ色になってきらきらと輝いていた。学院も海のそばだったけど、いつも夜遅くなるまで部活をしていたから、こんな風に夕焼けをゆっくりと眺めることなんてなかったかもしれないとふと思う。
私は思わず欄干に手をついて、身を乗り出した。目の前いっぱいに海が広がって、はるか遠くで魚が跳ねて水しぶきを上げているのが見える。葵もなになに?とばかりに私の腕を掴んで海の方を覗いた。
「あ、おい! 危ないって」
「へーき! それより見て、夕焼け!」
私の言葉を受けて、きれい! と葵も言う。少しの間をおいて、サフィールのそうだな、という声が後ろから聞こえた。多分またしょうがないなという顔で笑ってるんだろうと思い、振り返る。だが、その視線は私たちを通り過ぎて眩しそうにはるか海のかなたを見ていた。
「こっち来たら? もっとよく見えるわよ」
「や、俺はいいよ……」
「そこじゃ海よく見えないでしょ! ほらほら!」
困った顔で小さく手を振るサフィールの後ろに回り、問答無用で背中を押す。葵が手を取って、欄干に置くように促した。ナイスだ。
「ね、こっちの方がいいでしょ?」
「……うん」
彼はまるで初めて見た風景のように、瞬きもせず海を見つめている。高く立ち上った雲にたなびくすじ雲がその瞳に映っていた。私は少し不思議に思う。
「ずっと帝都住みだったんでしょ? いくらでもこんな感じの風景見れたんじゃない?」
「いや……、これは、特別みたい」
サフィールは欄干から身を乗り出すようにして呟く。ふと、その仕草に幼い男の子が重なって見えたような気がした。葵と私は顔を見合わせて笑う。
私たちは陽が沈むまで、西の空を眺めていた。
***
今日はCランクの依頼を受けられる日だ。
私たちは早起きして朝早くギルドに向かった。ギルドの入り口受付に登録証を差し出すと、受付係の女性が声をかけてきた。
「ナスカさんですね。あなたのパーティに依頼をしたいという人がいます。二階にお上がり下さい」
私は、はてと思った。二階は賓客用となっているはずだが、そんな場所を使える人が私たちにどんな用事があるというのだろう。不審に思いながらも三人で二階に上がり、案内された部屋の扉を開けた。
そこには、昨日の女性が座っていた。女性は私たちの姿を確認すると、上品な所作で立ち上がり、スカートを持ち上げてお辞儀をする。この人が、依頼人……!?
「私、シャルロットと申します」
シャルロットと名乗った女性は胸に手を当て、話し始めた。
「本日お呼び建てしたのは、あなた方にお願いがあって」
「……というのも、」
シャルロットは手を握って、私たちをキッと見つめ……とんでもないことを言った。
「私と一緒に、ダンジョンを攻略してもらいたいんです!」
……え?
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