第28話 カルメルの狩人ギルド

 翌日。私たちは狩人ギルドの受付に来ていた。

 

 石造りの大きな建物で、入り口は重厚な木の扉。

 その上には、古ぼけた知らない文字の大きな看板がかかっている。

 扉の横には『カルメル自治区ハンターズギルド カルミア支部』と書かれた金属の看板がかかっていた。ギルドの存在は話には聞いていたが、実際に入るのは初めてだ。どきどきしながら重い扉を開く。

 

 ギルドの受け付けは多くの人でにぎわっていた。傷だらけの屈強な戦士もいるし、昨日入りましたというような私たちと同じくらいの年の剣士もいる。ほかにも大きな杖を持った魔法使いや弓使い、治療師などいろんな職の人たちがいるようだ。人種も人間、エルフや獣人、ドワーフなど、様々だ。皆仲間募集や仕事募集の掲示板、相談窓口に集まっていて、新規登録の窓口はそこまで混んではいなさそうだった。

 

「――以上で、登録は終わりです。掲示板の仕事はランクに従って振り分けていますので、そこから仕事を探してください。」


 受付の女性がギルドの登録証を差し出してくる。木製のメダル状の登録証にはDランクと記入してあった。

 カルメルの狩人ギルドは成果至上主義で、みんなDランクから開始してC,Bランクと上がっていくということだ。なので能力試験等もなかった。

一応追われる身であることを考えて身分証明などはどうしようかと思っていたが、住所は宿屋のものでよく、身分確認も特にない。だいぶ条件は緩いらしい。職業は私が剣士、葵とサフィールが魔法使いという事で登録した。


 その日の午前は薬草の採集をし、午後は素材採集の講習を受けた。

 カルミアに向かう道中で採集した狼の角は買い取ってもらえて、数日分の宿代くらいにはなった。

 そして、私たちは宿の食堂にいる。

 

「わぁ……!」


 目の前には、煮込み野菜のスープ、鶏肉のグリル、そして白いパンを全部大盛りにデザート付き! 生まれて初めての自分で稼いだお金で食べるごはんだ。特別に美味しい気がして、あっという間に食べてしまった。

 

 二人も食べ終わり、今後の話となった。葵は追加のお茶を頼んで飲んでいる。サフィールはその横で何か書き物をしていた。紙札のようなものを切っては何か書きつけている。魔法に使う何かだろうか。

 

「まず、最初の一週間のうちにBランクまで駆け抜けよう。その報酬率なら残り二週間もあれば目的の金額は達成できるだろうから、渡航費を支払って好天の日を待つ」


「Bでいいの? もっと高くなれば効率上がるんじゃ……」


「目立つわけにはいかないだろ。高すぎず低すぎずがいいの」


 サフィールが書き物から目を外して私を見る。

 

「まぁ、そうね……」


 そうだ、目立っちゃいけないんだった。Sランクになるとドラゴン討伐や未攻略迷宮の調査なんかもあって、やりたくはあるけどそこは今の目的ではない。いや、すっごくやりたいんだけど!

 そう、今やるべきことは、エイシャに戻ることだ。ふと昨日の夢が頭をよぎる。一人で考えていても答えが出る気がしないから、気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「あのさー、今後の話とは全然関係ないんだけど」


「久しぶりに会って、思わず突然キスしちゃうくらいの人って、その人にとってどんな相手だと思う?」


 私は頬杖をついて二人に問いかける。葵はふぇ……と言って赤くなった。

 

「そ、それは…好きな人だから?」


「離れていた何年もの間、ずっと想い続けてたってこと……? そんなこと、できるの?」


 葵はうーんと考え込んでいる。サフィールは書き終わった紙札の数を数えて丁寧にそろえて袋に入れた。次の紙札を出して同じ作業を始める。

 

「俺と人間の時間は違うからな~。でも、好きな子のことだったらいつまでも待てるかな」


 横の葵が「……いつまでも?」と聞く。サフィールは手を止めてうんうんと頷いてみせる。ふと、このなんだかあったかい感じ、嫌ではないかもしれない、と思った。私は聞きたかったことを続ける。

 

「例えばだけど、もしもそんな相手に自分のことが忘れられてたとしたら、やっぱり悲しい……よね」


「そしたら、また好きになってもらうから平気」


「うわつよ」


 思わず声が出てしまった。あいつがこのくらいのつよメンタルだったら、もうちょっとまともに話ができたかもしれないな……。

 

「さっちゃんは強いね」


 葵が膝に手を置いて、かしこまるように座り直した。

 

「ナスカの言ってることって、想いあってた好きな人が自分のことを好きじゃないよってなっちゃうってことだよね」


「僕は、ちょっと怖いかも……なんて」


 葵が困り顔でえへへと笑う。

 

確かに相手からしたらそうなるだろう。もしかしたら、私は結構ひどいことをしているのかもしれない。彼の言う『約束』が彼の行動の理由になっていたのだとしたら、私にだって責任がある。


「ま、いきなりってのは俺はナシかな。久しぶりとかいつも一緒とか関係なく。そういう事は、雰囲気盛り上げるの大事だからね」


「それは……そうかもね」


 本当にそうだ。あのシチュエーションじゃドキドキも何もあったものじゃない。運命を変える王子様のキスが自分にできるなんて期待していたのだったら、とんだ思い違いだ。あんな悲しそうな顔するなら一回こいつに説教してもらって、反省してもらおう。



 ともあれ、明日からはカルミアでの冒険者生活が始まる。


 この時の私はまだ、わくわくした冒険の日々が待っていると思っていた。

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