第四章 これが憧れの「ぼうけんしゃ」ってやつ! (実態は労働ッ!!)

第24話 新しい朝、新しいわたし

 いつもと同じ時間、いつもと同じ姿勢で目が覚める。

 

 だけど、目の前にある光景はいつも通りではなかった。

 白い天井、少し硬いマットレス、違う方向からやってくる眩しい朝の光。

 自分が今までとは違う世界にいるのだというのが分かって、一瞬ここはどこだろうと混乱する。ゆっくりとベッドから起き上がると、隣のベッドで小さく丸まって寝息を立てている葵の姿が目に入った。私が眠ってから寝たらしい。


 私は葵を起こさないようにそっと立ち上がり、薄く曇った二重窓を覗く。


 目の前に広がっていたのは、広い甲板と果てしなく広がる海だった。そうだった、私は帝都を出て、エイシャに向かうための港へ行く船にいるのだ。


 顔を洗って服を着替える。確か食事は乗務員用の食堂に用意されている、と説明を受けた気がする。思い出した途端お腹が空いてきたような気がして、食堂に向かうことにした。


 廊下に出ると、魔術発動機の音が響いてくる。絨毯の引かれた通路は、少し油のにおいがした。


 食事の時間にはまだ早いようで、食堂は閑散としていた。

 食堂の中は学院と似たような感じで、決められているその日のメニューを受け取り口から受け取って、食べ終わった食器は自分で下げる形式のようだ。朝は何種類かの軽食を選べるようだった。

 私はパンと牛乳と卵を受け取って、どこに座ったものかと食堂を見渡す。ふと、窓際の席で手を振っている人物に気づいた。

 サフィールだ。


「――げ」


 思わず声が出る。……だけど、私が一方的になんだか気まずいというだけで別に彼に罪はない。私は彼の斜め前の席に座って、おはよ、と挨拶をした。サフィールはにこやかにおはようと返事を返して、


「エイシャのこと一応軽いニュースにはなっているけど、ナスカや昨日襲ってきた子たちのことについては何も出ていないみたい。レオも勧告とか何も聞いてないって」


 と、端末をこちらに見せる。

 私はそう、とだけ返して食事を始めた。


 ……そう、じゃないが!?


 もうちょっとまともな返事をしたほうがいいのはわかるのに、うまく返事ができない。食べながらサフィールの方をちらりと見ると、まったく気にしていない様子で飲み物を飲んでいた。私も食事をとるのに集中する。おなかが満たされてくるのにしたがって、気持ちも落ち着いてきた。

 

「あの……、調べてくれて、ありがとう」


 改めてお礼を言う。よし、言えた。


「どういたしまして。俺も改めて気になることが出てきたし、ついていくだけじゃなくて真面目に付き合わせてもらおうと思う」


「ほんと!?」


「まずは、エイシャの現状とお前の記憶との食い違いについて整理するところからかな」


 サフィールは机に肘をついて、視線を私の頭の方にずらした。


「それについては、カリィも何か言いたいことがあるんじゃないの」


「う……」


 頭の上から困ったような声が聞こえてきた後、数秒の間が空いてカリィが人型に変化した。私の横の椅子によじ登って座る。机の上からは目しか見えていない。

 

「言いたい事ならいっぱいあるのじゃ。じゃが……」


「俺には言えない?」


「……そうではないのじゃ」


「エイシャの神器は三つ。学院にカインとともに来た兄上モーマス、そしてアベルとともにいる姉上ライラがいるのじゃ。兄上は大教皇の従者。そしてわしと、わしと対になる姉上は王の従者なのじゃ。本来はそうなっているのじゃが、その不文律が食い違う事態が起きてしまった」


「じゃが……詳しいことは、できるなら姉上がいるところで話したい」


 カリィはうまく話せる自信がないのじゃ、と悲しそうな声で言い、うつむいてしまった。もう一つ神器があるというのは初耳だ。しかも、あの神官が持っているなんて。彼も王族にかかわりがある人なのだろうか?

 カリィはしばらく黙り込んだ後、意を決したように椅子に正座し、テーブルの端に顔がくっつくほどに身を乗り出して、声を潜めて話し始めた。


「サフィール殿、ひとつ、聞きたいことがあるのじゃ」


「おぬしらは、復活の魔法が使えるのじゃろう? 体を失ってしまった者にも肉体を与え、生き返らせる奇跡じゃ。その……無償でとは言わぬ。ただ、お主に使うことができるかどうか、聞きたい」


「できないことはないけど……。復活の魔法と言えど万能じゃない、魂が消えてしまったら無理だよ」


「魂があれば可能なのじゃな!」


 カリィは何か納得するものがあったのかうんうんと頷いている。


「ところで、ナスカは今の王家についてどういう認識なのじゃ?」


 ふとカリィに水を向けられて、私はちょっと考え込んだ。


「えっと、四年前に母様が亡くなって、でもエイシャ正教は解体の流れになってたから特に継承とかはなくて」


「で、今回の父様の件もやっぱりまだ信じられないところがあるのよね。帝国には全面的に従っていて、代表者も一応王族から出すとはなっているけど、その辺の事情はあまりわからなくて……」


 私は思い出せる限りのことを話す。自分が本当になにもかも覚えていないことに若干腹が立つ。


「俺も夜にエイシャについて調べてみたけど、四年前のニュース記事はほとんど消えてた。書庫の紙資料にも時事の本がなかったから、まともな紙資料に当たれるまでは確かな証拠はない。でも、確かに何かで見たような気がするんだよね。エイシャの長女が大教皇を受け継いだって」


「実際扱えてるでしょ、大教皇の力」


 サフィールはカップを持った手で私を指さしながら言う。私はどういうことか測りかねて首をかしげた。サフィールが水の入ったコップを私の前に差し出してくる。


「この水、凍らせてみて」


「……」


 そこにあるのは、何の変哲もない細長いガラスのコップに半分ほど入った水。

 

「凍らせる、ね……」

 

 私は想像した。


 少しぬるくなったコップの水。その温度が少しずつ、少しづつ下がっていく。やがて、周囲に水粒を纏うほど冷たくなって、そしてもっと冷たくなって、水の表面が膜のように硬く結晶していく。キシキシと音を立てながら膜は厚くなって、やがてコップの中の液体は全て個体になる。


 そこまで想像したとき、どこからともなく白い光が漂ってきた。


 白い光はコップに集まって、私の想像をなぞるように、だが一瞬で水を氷に変えていく。水が完全に氷になると、光は美しく瞬いた後霧散した。その光はあふれる喜びの色をたたえているように見えた。

 

 サフィールは片手を口元に当てて、その様子を見ていた。何やら難しい顔をしている。


「その魔法、いつから使えるようになった?」


「えっ……昨日医院で教えてもらった魔法の使い方でやってみたらできたんだけど。そうしたい姿をイメージして、そうなれ~! みたいな感じで。あと、小っちゃいころから精霊が見えてたの、昨日をきっかけにまた見えるようになったみたい。気持ちもなんとなくわかるというか……んで、今のは楽しそうだった!」


 サフィールは信じられないという顔で私を見た。

 いや、わかるよ。我ながらアホっぽい説明をしてるってわかってる。でもそうとしか言いようがないから仕方ないじゃない。


「ふつう使えないよ、無詠唱魔法なんて。それに精霊を見たり意志を言葉なしで交わしたりできるなんて、なかなかない。誇っていいことなんじゃないかな」


 そういえばこいつも葵も、呪文的な言葉を使っていた気がする。てことはだ。


「じゃあ私、もしかして天才って……こと!?」


「まあ、そうなんじゃない。継承の儀式を経ていないころから見えてたのだったらもともとの才能もあると思う」


「いやぁ……まいったなぁ……えへへへ」


 実際つよつよ魔法使いにそんなこと言われるなんて、悪い気はしない。


「カルミアに着いたら、エイシャの現状や四年前についての情報を収集しないとだな」


「そうね。私も頑張って思い出すことにする!」


 そう言われたら、カルミアに行くのが楽しみになってくる。そこに、葵が朝食のトレーを持ってやってきた。


「おはようナスカ、楽しそうだね」


 葵はにこにこと挨拶しながら、私の正面……つまりサフィールの隣の席にトレーを置き、座る。


 確かに私の横にはすでにカリィが座っているけど、


「さっちゃんも、おはよ」


 葵はサフィールの方にもにっこりと笑いかけて、両手を合わせていただきますをしてパンを食べ始める。

 なんでそんな急に仲良しな感じになってんの? と、私の頭の中は『?』でいっぱいになった。サフィールの方を見ると、彼もびっくりした顔をして空のカップを握りしめていた。


「ね、さっちゃんはいつも朝ごはん食べないの?」


「え? うん……」


「もうちょっと食べたほうがいいと思うな。ナスカもそう思うよね」


 葵は私の方をちらっと見て、サフィールの着ているローブの大きく空いたわき腹に思いっきり手を突っ込んだ。割と強めの力で腹筋を確認している。


「あ!? ちょっと……?」


「ほら、こことか骨でてるし」


「痛っ! そこあばら! ゴリゴリしないで!!」


「……」


 何を見せられているんだと思ったが、葵の中で何らかの心境の変化があったんだろう。

 

 葵はちょっと困ったところがある。気を許した相手には割と過剰ぎみに接触してくるのだ。彼も葵にとってのそういう対象になったのだとしたら、苦労するだろうことは想像に難くない。

 なぜなら、それは気を許しているというだけだから。勘違いしないほうがいい。それ以上この子に踏み入ることは、きっと誰にもできないんだから。


 ……だけど、それを伝えることも何か違う気がする。

 私はただ、そうねと笑った。

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