第19話 剣と魔法が組み合わされば「最強」ってこと!


 私たちは夜の港を足早に歩いていた。

 

 まばらに明かりが灯った広い道の向こうから、ちゃぷちゃぷと波が寄せる音が聞こえてくる。


 海の方には大きな船が何隻も止まっていた。こんな時間だというのに、明かりを点けて積み込みをしている貨物船もあった。


 目当ての船が停泊している場所は、店から少し歩いたところにあるそうだ。


 様々な船が行き来する港はとても広い。他の大陸や島に人を渡す船や、たくさんの荷物を運ぶ船が泊まる場所や、船を作る倉庫がこの港にはある。魔女や軍隊の使う港は少し外れた場所にあると聞いたこともある。


 夜の海風が体を冷やす。そういえば、私が帝都に降り立ったのもこの港だった。

 帝国への服従の証としてずっと伸ばしていた髪を切られたのに、到着したその日は雪が降っていて風邪をひきそうに寒かったのを覚えている。


 私は今日、また帝都を離れるのだ。

 しんみりしていると、突然精霊がざわめく気配がした。同時に頭の横から声が響く。

 

「――ナスカ! 走るのじゃ!!」


 判断する前に体が動いた。

 とっさに足に思い切り力を入れて、前に駆けだす。体の後ろから刃が空を切る音が聞こえる。私はとっさに剣の主を確認する。

 

 そこには、セイ先輩が立っていた。

 まさか、追いかけてきた……!?

 

「先輩!」


「ナスカ、こんどこそ人質になってもらう」


 セイ先輩に再び剣を向けられる。

 やっぱり冷たい目だった。だけど、焦りの色も見える。学院の警備隊の面子もあるのだろう。それに先輩だって人質の立場、ここで私を逃がしてしまったら、何らかの罰があるのに違いない。

 

 だけど、私も譲れない。負けられない――!!

 

「――カリィ、私に力を!」


 カリィが剣となって私の手に収まる。父の持っていた剣とは違う、短い片刃の山刀。刀剣技術研究部で扱っていた、私が一番使いやすい形の剣だった。

 

「私だって、こんどこそ逃げてやる!」


 思い切り力を入れて、剣を先輩の剣に叩き付ける。先輩は後ろに飛び退って避けた。だめだ、もっと速くしないと避けられる。

 後ろで呪文を唱えている声が聞こえたが、なにかが砕けるような大きな音がして止まる。振り向くと、葵の目の前に中等部の制服を着ている赤髪の少年が立っていた。見たことのない顔だ。もっとよく見ようと気を向けた瞬間、

 

「――ッ!!」


 右足に痛みが走った。

 

 先輩の剣が足の皮膚を切り裂いていた。運よく深くはなかったけれど、向こうに気をやっていてはこっちがやられてしまう。左足を踏み込み、教えてもらった魔法の使い方を思い出す。

 

(――風よ、もっと高く、速く!!)


 足が風を纏って動き出すイメージを頭に描く。そのイメージに沿って足を蹴り上げると体が高く浮かんだ。地面を見ると先輩が私を見失ってきょろきょろしているのが見える。

 もしかしたら……と思い、右足が地面に着く前に皮膚が縫い合わされて繋がるイメージを描いた。右足の痛みが消える。なにこれ、魔法ってすごい! 真面目に授業聞いとけばよかった!!


 私は着地と同時に体をひねって、先輩の膝裏を勢いよく蹴った。

 

「うっ……!」


 呻いて膝をつく先輩越しに葵の方を見る。サフィールは精霊魔法で応戦しているようだが、座り込んでしまっている葵をかばっているようで、若干押され気味の気配がある。

 私は先輩にごめんなさいの気持ちを抱きつつ、右足に眠りの精霊の力を纏わせ、思いっきり顎を蹴り上げた。

 

「落ちろおぉ!!」


 魔法の光を纏った蹴りが決まる。

 

 先輩は昏倒した。

 医院でかけた眠りの魔法と同じくらいの効き具合なら、十分以上は寝てるはずだ。

 急いで二人のもとに駆け出す。中等部の少年はやはり見たことない顔だ。重そうなメイスを手に振り回しているが、相当な怪力らしい。メイスが地面にぶつかるたびに石畳が砕けて飛び散る。


「っ、ちょ、その武器反則だろ! 死ぬって! まじで!」


 サフィールは避けながら呪文を唱えようとしているが、葵をかばっているせいかうまくいかないようだ。魔法障壁も見る限りそこまで強くはないもののようだったし、本来魔法使いは私たちみたいな武道系を盾に戦うものだ。

 

――なら、私の役割はひとつ!


 私は二人の間が空いた瞬間を狙い、魔法を念じながら少年のメイスを叩き上げる。


(――強く、こいつを弾き飛ばすくらい強く斬らせて!!)


 重い金属音が響いて、少年がのけぞった。少年の金色の目が私を睨む。


「お前、ナスカ・セツ・エイシャだな……!」


「それが何だってのよ!!」


 もう一撃、打ち込む。少年が受け、ぎらぎらした目で答えた。

 

「お前と葵を連れて帰る! それで、主様にご褒美をもらうんだ……!」


 少年はメイスを振る。強い一撃が刃に当たり、火花が散った。その向こうで白いなにかがふわりと広がる。それは小さな羽根だった。それを合図にしたように少年の力がぐっと強くなる。

 まずい、と思って力を入れた瞬間、一瞬武器を引かれよろめく。そこにもう一撃メイスが入り、私は仰向けに吹き飛ばされた。

 

「やめて……!」


 葵が真っ青になって言う。

 その時、短い呪文のような音が響いた。少年の動きが止まる。私の横に白いローブがはためくのが見えた。

 

「学生だからどうしようかと思ってたけど、なら手加減やめた」


 サフィールは鋭く冷たい声で言い放ち、両手を後ろに回して、ローブの下に着ている衣の背側、合わせ目を引くように開けた。次いで羽ばたく音とともに黒く大きな羽根が生えて威嚇するように広げられる。

 

「小っちぇえ羽広げて吠えやがって。主様のお言葉が欲しいなら、しっかり聞いとけ」


 続けて、何かの呪文らしき言葉を唱える。耳慣れない、ところどころにどうやって発音するのかわからないような音も含まれている言語だった。

 

 その言葉に反応するように、少年は突然糸が切れるように倒れた。

 ――と同時に、葵も倒れる。


「えっ……!」


「え、葵ちゃん!?」


 何が起こったのか混乱しているところに携帯端末が鳴る音が聞こえた。サフィールのものだ。彼は急いで端末を取り出し、画面を確かめる。

 

「あぁ!? あいつ一秒も待たずに出航しやがった!」


 端末を見ながら翼をわなわなと振るわせている。どうやら、私たちを乗せてくれる予定の船が出てしまったらしい。

 

「急ごう」


「葵、大丈夫なの?」


 サフィールはしゃがんで葵を抱き上げ、私の方を振り向いて、言った。


「なんとかできる。それより追いつかなきゃ」

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