第13話 はじめての魔法 後

 見る限り、小龍は完全に人の姿に戻っていた。



 ――これが、治癒の魔法。



 私は未知の体験にあてられてぼうっとしていた。


 心臓のあたりがぎゅっとして、燃えているように熱い。


 今まで授業や演習で誰かの使う魔法を見てきたけど、なぜだか今この目の前で行われていたことは、特別なとてつもない奇跡のように思えた。その奇跡に自分が介入していたことが信じられないほどに。


「あ、起きた」


 放心している私の後ろでサフィールが小龍の方を覗きながら言う。


 小龍は薄く目を開けていた。私たちの姿を確認した後また目を閉じ、眠浮の言葉で何事か呟いた。サフィールが同じく眠浮の言葉で答えると、小龍は短く返事をした。目を閉じたままで、おとなしく横になっている。

 

「誰、って言われたから『治療しに来たけどもう終わったよ』って言った」


 サフィールは先ほどのがこたえたのだろうか、私の後ろの位置は保ったままだ。

 小龍がまた薄く目を開いた。

 

「帝国語でしゃべってほしいならそうする」


 小龍はそう言ってこちらを見る。戦う意思はなさそうだ。

 

「あれ、もう怒ってない?」


「怒るというか、怪しい奴に刃物出されて体が勝手に動いた」


 私の後ろで気まずそうにしているサフィールを睨んだあと、小龍は目を閉じてため息をついた。


 わかる。それについては本当にごめんなさいだ。

 

「急に眠くなって、歌が聞こえたと思ったら治ってんだけど。なにこれ」


 小龍は自分の腕を見ながら不思議そうにさすっている。それはねぇ……! と言いかけるサフィールの目の前に杖を出して阻んだ。


「聞きたいことがあるの」


 小龍と目が合う。


 私は緊張で声が震えそうになるのをこらえて、問いかけた。


「あんた、生きたい? 死にたい?」


「……治しといて、そんなこと言うのか?」


 小龍の答えに、うぐ、となる。


 言われてみればそれはそうだ。


 考えなしに聞いてしまったけど、これ以上のことを聞いてどうするというのだろう。今死の淵から逃れた人に、小影の父を殺して今どんな気持ちって聞いてもいいのだろうか?

 さっきまで自分が必死で治していた人に、もしも死にたいと言われたら、どうするつもりなのだ。助かってよかったと、それだけでいいんじゃないだろうか。


 私は混乱してしまって、助けを求めるように振り返ってサフィールの顔を見る。彼は少し困ったような顔で私を見た後、笑顔で頷いた。

 

「まあまあ、これでひとまずは大丈夫だと思うけど、組織の損傷もあるかもしれないから表のふたりに治してもらおうか」


 サフィールはそう言って葵と医師を呼び、何事か指示をした。

 小影も一緒に駆け込んできて、小龍の手を握って泣き出す。サフィールは、後は任せるねと言って廊下の椅子に座った。その様子を見て私もどっと疲れたような感じがして、ふらふらになりながら隣に座る。


 全身の血が抜けたような、キンと冷えた感覚が背中にまとわりつく。

 

「魔法使うのって、こんなに疲れるの……」


 私はあまりの疲労感に顔を覆いながら呟いた。気を抜いたら寝てしまいそうだ。

 

「たしかに、つよつよだわ。認める」


「ナスカも、初めてなのにうまかったじゃん。さすがはエイシャ正教の大教皇様」


 は? と声が出てしまって目が覚める。

 こいつは何の勘違いをしているのだろうか。

 

「私はそんなんじゃない。ていうか、カリィは王の剣だし」


「え、そうなの?」


 サフィールが目を丸くする。

 

「エイシャの大教皇は前代が亡くなった何年か前に、長女が引き継いだって聞いたことがある。神器を持つことができるのはエイシャの王族っていうのも聞いたことあって。だから、エイシャの紋章のついた神器を見たときに、お前が大教皇なのかなって思ってしまったんだ」

「だけど……そうだな、単純に考えすぎてしまったかもな」


 そう言って、ごめん、と謝った。

 帝国には情報が間違って伝わってしまっていたのだろうか。でも、私の故郷のエイシャみたいな小さな島国のことを覚えている奴がいるのにはちょっと驚いた。

 

「私が長女なのはそうだし、神器は王族が持つっていうのは合ってるけど。

私、王にも大教皇にもなる気ないから」


 私は杖になったままのカリィをぎゅっと抱いた。


 なんで、こんなさっき会ったばかりのよく知らない相手に、こんな決意表明みたいなことをしているんだろう。馬鹿みたいだ。

 

「……急に父さんが死んで、自分が新しい王だって言う奴が現れて、私を妃にするとか言って。

だから逃げようとしたら、学校の人たちは私を人質にするって捕まえようとして」

「葵だけが助けてくれたの」


 でも。ここからどこに行ったらいいのか、わからない。


 さっきまでは魔法に夢中になって忘れていた不安とか悲しみとか、小龍に変なことを言ってしまったいたたまれなさとかが急に押し寄せてきて、私はうつむいてしまった。サフィールがこっちの様子を伺っている気配がする。

 

「背中、ぽんぽんとかしようか?」


「……子供扱いしないで」


 そう、子供じゃない。

 ぽんぽんって、小影にしてたみたいにするってことでしょ。葵にならともかく、こいつに子供にするような慰めなんてされたくない。ちょっと大変なことがあっただけで、混乱してるだけで、すぐにちゃんと立てるんだから。

 

「あの、治療、終わりましたけど……」


 ドアが開いて葵がこちらに声をかけてくる。顔を上げた瞬間、私の眼から涙がこぼれた。

 葵がびっくりして駆け寄ってきて、私をかばうように抱きしめる。

 

「ナスカに、何したんですか!」


「え!? 何もしてない……と思う」


「思う、ってなんですか?」


 葵はかなり厳しい口調でサフィールを詰めている。守ってくれてるみたいでちょっと嬉しいけど、完全に誤解だ。

 私は慌てて弁明する。

 

「違うの、なんか急にいろいろ思い出しちゃって」


「ほんとに? 体調へんとか、ない?」


 葵が心配そうな顔をして見つめてくる。

 私はうんうんと頷いた。葵はため息をついて、サフィールをあきれた目で見る。

 

「いきなり感覚接続するし、魔法使いでもない人を治癒魔法の媒体に使うなんて。ってみんななんですか?」


 サフィールは気まずそうに目をそらしている。

 私はと言えば、魔法には全然詳しくないので葵の怒りどころがいまいちわからない。


「えーっと、よくわかんないけど大丈夫だから! 人助けもできたし。ねっ!」


「ナスカがそう言うならいいけど……」


 葵は困った顔をして赤くなった。

 えっ、そういう感じのやつなの?


 サフィールは何かに気付いたようにああ、と声を上げ、

 

「確かにナスカの魔力が足りなくなる可能性はあったけど、そうなってもいつでも俺の渡そうと思ってたから。心配させてごめんね」


 と謝った。


 あれ? そういう感じのやつではなさそうに聞こえるぞ?

 

「それは……余計にだめですっ!!」


 葵が真っ赤になって私をぎゅーっと抱きしめる。

 サフィールはえっえっと戸惑っている様子だ。


 どうやら葵の中では魔力とか魔法をやりとりする事はかなりセンシティブな行為らしい。正直葵もちょっと基準が変というか、話したりしていてちょっと『ん?』と思うことがあるし、どっちが正しいのか怪しい。

 実際武器に魔法を纏わせて攻撃したり、体に移した魔力を力に変換する身体強化の魔法などもあったりするし、そんなに変なことだとは思わないんだけど。

 

「すみません、ちょっとうるさいです」


 ドアが開いて医師が顔を出した。

 葵がわたわたしながらごめんなさいと謝る。医師の後ろからいーよ、と以外に元気そうな声が聞こえる。

 

「驚きました。完全に治っています。それにしても、先ほどの倶梨伽羅屋の霊薬に加えて治癒魔法、あなたは……」


 医師が興味深そうに言う。

 サフィールはその話を断ち切るように立ち上がった。

 

「さて、『お兄ちゃん』も目が覚めたことだし、最後の仕上げをしようか」


「仕上げ?」


「助けるって言ったでしょ」


「そのためには、ちゃんと本人の話聞かないとね」



 私たちは小龍が落ち着くのを待って、話を聞くことにした。

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