第19話

「おつおつー」

「おつ……」


 脳の疲労が限界を迎えソファで横になっていると、ぱしゃり、と近くから音が聞こえたので目を開ける。

 スマホをこちらに向けていたナツメが、ソファの隙間に座る。大きいソファだが私が横になってることもあって、隙間はあまりない。


「やー、まさか絡みってあそこまでするとは」

「…………」

「意外意外。そんな仲良かったんだ」

「いや違う」

「ん?」

「てか、普通あそこまでする……?」


 ひょっとしたら私がこの界隈のことを知らないだけで、私の友達が少ないから、いやナツメがそういうタイプじゃないから――、色々な理由があって私が経験してないだけで、ひょっとしたら合わせってそこまでするもんなのか? と様々な感情を飲み干して短文で聞くと、ナツメは「ぶふっ」と吹き出した。


「いや、ないない」

「やっぱないんだ」

「たまにエロ系のレイヤーで百合売りしてる人はいるけどねー。男と絡むよりは女の子と絡んだ方がマシって」

「あー……」

「でも、天動さんみたいなタイプでも、あそこまではそう居ないかな」

「……やっぱり」


 あの女、どさくさに紛れて何してんだ。しかも人前で。超撮られたし。

 どこにも使わせなきゃ良いだけの話なんだけど、スキンが発表された時はテンション上がりすぎて、今度のオンリーとかで合同サークル申し込んで写真集とか出そうよとか話しちゃってたんだよね。あれマジで気の迷いだった。変なこと言わなきゃよかった。

 前言撤回しておきたいとこだけど、天月ノリノリで大量の絡み撮影されたし、私が素で嫌がってるのもキャラ再現的に言えば割とそう。実際タイムラインに流れてくるファンアートはそんな感じの多かったし。


「ナツメも絡み撮ったの?」

「あー、カメラさんにはそういうの求められたけど、流石にね」

「だよね」

「ほっぺにちゅーはしたけど」

「したの!?」

「女同士なら挨拶くらいじゃない? あ、でも違うか」

「違う、絶対違う」

「私ノーマルだから挨拶くらいに思っちゃったけど……」

「ん?」

「本百合の音羽たちにとってはこれ、浮気にカウントされちゃう? それはごめん」

「本百合じゃねーよ!!」


 ソファから蹴り落とそうとしたが、ノーダメージ。どんだけ弱いんだ私は。


「でも付き合ってるんでしょ? さっき天動さんに言われたよ」

「何言ってんだあいつは」

「……あれ、ひょっとして違った? あの子結構アレなタイプ?」

「違……、いや違いはしないけど、アレなタイプではある」

「やっぱ本百合じゃん」

「違うって!!」

「え、じゃあ今ここでわたしとちゅー出来る?」

「は?」

「出来ないでしょ」

「いや普通友達同士でキスとか……」

「しない?」

「しない」


 即答。友達少ないけど、それは確信出来る。

 おかしいのは天月だ。……あとたぶんナツメもちょっとおかしい。友人のことあんまりそういう風に見たくないけど、ちょっと性が奔放すぎる気がする。


「わたし中高大と女子校だったから結構そういうのばっかだったけどなー」

「え、でも彼氏いるでしょ?」

「居ることもあれば居ないこともある、今はどっちだと思う?」

「シュレディンガーの彼氏?」


 確定されるまでは彼氏が生きてる世界と死んでる世界が同居してるってこと?


「ここは居ないことにした方が都合がいい気がする」

「なんの都合だよ」

「3人で絡み撮影とかする時のこと考えたら――」

「しない」

「しないの!?」

「しないつってんだろ」

「でもエロいの出すでしょ?」

「出さない。ナツメもそういうの嫌いでしょ」

「あー、まぁ、うん。でも誰も脱いでないし、成人向けにはしなくていいと思う」

「そういう話してるんじゃなくない?」

「いーや、そういう話だね」

「そうなの!?」


 あれ、私がおかしいのか? 天月はサークル参加したことないって前話してたし、ナツメがエロい頒布物を作ってるのを見たことはない。

 それなのに、二人は当たり前のように絡み撮影をしており――

 ……私が変なのかも。ひょっとして女同士って普通にキスとかするのか?

 試しに『女同士 キス 普通』と検索してみたら、私と同じような悩みを抱えた女子高生の知恵袋とかが出てきた。なお回答は「普通です!」の方が多い。そうなの……!?


「キスくらい普通だったでしょ?」


 私が何を検索したか表情だけで察したか、自慢げに聞いてくるナツメ。


「……っぽいけど。いや、私の理性は絶対嘘だって言ってるんだけど」

「でも普通って意見のが多いでしょ」

「…………それは多い」


 まごうことなき事実。とはいえ、所詮知恵袋だ。他の意見は――、と検索ワードを変えてみても、私と同じような悩みを肯定されてるパターンしか出てこない。

 時折「気持ち悪い」という意見もあるけれど、どちらかというと否定意見を言う人は感情的に否定しており、肯定する人は体験談であったり、理性的なコメントをしがちだ。つまり、私は感情的に否定する側だったってこと……!?


「いやそもそもさ、ナツメ、私とキスしろって言われても嫌でしょ」

「え?」

「付き合い短くないし、一度したらこれからも――」

「全然出来るけど……」

「は?」

「音羽、そういうの嫌いだろうなーと思って絡み控えめにしてたけど、良いんなら普通にするよ?」

「は?? いやだって、ナツメあなたノーマルでしょ、いつも彼氏だって――」

「彼氏の写真見せたことあったっけ」

「え、ない……と思うけど」


 変わったか別れたみたいな話はたまに聞くけど、写真で見た記憶はそういえばない。


「はい」


 そう言ってスマホを渡してくる。壁紙が彼氏とのツーショットだ。


「…………ねぇ待って」

「ん?」

「彼氏何歳!?」

ピー学生」

「待って!!!! 犯罪!!!!」

「だいじょーぶだいじょーぶ、ギリ逮捕はされない」

「ホントに!?」


 そこに映ってるのは、女医さんのような格好(そういえばナツメの仕事は養護教諭――保健室の先生だ)をしたナツメと、制服を着た男子。

 恐らく撮影場所は職場であろう保健室で、ナツメは以前私立中学で働いていると言っていたから――


「しかもなんか、幼い系……」


 中学生といっても、たとえばイケメン系であったりガッチリ系の男子は居る。

 けど、なんだろう。この1枚を見ただけで、ナツメの性的思考がそういうのじゃないというのが分かってしまったような――


「ね、見て分かんない?」

「ナツメがド変態ってことは分かったわ」

「そうじゃなくて」

「……ショタコンってこと?」

「そゆことー。三次の嗜好はそっちなんだよねー」

「幼い男子の性的嗜好を歪ませるのが趣味ってこと?」

「人聞き悪いなぁ」

「実際そうでしょこれは」

「んーと、えっと、そうではあるんだけどそうではなくて……」


 彼氏の写真を見せた時は照れもしなかったのに、どうしてか少しだけ恥ずかしそうに目を逸らしたナツメが、頬を掻きながら言う。


「……音羽、いつもはショタキャラのコスしてるじゃん?」

「うん」

「可愛いなーって、前から思ってて」

「…………待って?」


 待って、ちょっと何言われるか分かったかも。


「音羽なら全然アリなんだけど……」


 友人からのカミングアウトに言葉を失った、次の瞬間――


「だめーーーーっ!!!!!!」


 そう叫んで飛んできた彼女天月が、私に覆いかぶさってきた。おもちゃを隠す犬のように。


「駄目ですよナツメさんっ!? ヒトの彼女盗らないで下さい!!」

「安心してー、盗らないから」

「ホントですか!?」

「ホントホント」

「今つまみ食いしそうな顔してましたよね!?」

「しないって」

「ホントのホントのホントですか!?」

「んー、どうしたら信じてくれる? そっちばっか疑ってるのに疑い晴らす手段がないの、フェアじゃないと思うけどなー」


 おい詭弁だぞ。


「…………確かにそうですね」

 惑わされるな。

「さっきちゅーしたよね?」

「……しましたね」

「ほら、嫌いな子にちゅーとか出来る?」

「出来ませんね」

「つまり私のタイプは天動さんタイプってことになって、音羽のことは狙ってないってことに……ならない?」

 ならないだろ。つーかショタコンって聞いたばっかなんだが。

「……なりますね」

「ならねーよ!!!!」

 思わず突っ込んでしまった。

「やっぱり盗る気ですね!?」

「ちっバレたか……」

「駄目ですよ!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、無理矢理とかはしないから」

「……ホントですか?」

「ね、そろそろ休憩も終わらせて撮影戻らない? あっちでカメラさんも待ってるし」

「あ、それもそうですね」

「そろそろ3人で絡み撮ってもらおっか。ね?」


 ニッコリ笑ったナツメは、下心を滾らせながらそう言った。


 その後、何が起きたかは、まぁ話さないでも分かるだろう。

 アフターで私の部屋に来たがった二人を全力で止めて、一人で家に帰った私は、お風呂にも入らず不貞寝した。

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