第18話
「うんうん、この角度っ、そうそうそう、完璧! ここにおわすは現人神かなっ!? そうそう! その笑顔! いいねえいいねえいいねえ、流石だねぇ、はいちょっと視線を外にー、もうちょっと左にー、はい完璧っ!! 女神降臨! 東京が壊滅しちゃうよぉー!!」
一度口を開くと常に3行分くらい超早口で喋るカメラマンが、反復横跳びでもしてるのかってくらい機敏に動きながらシャッターを切り続ける。
――のを、ぼーっと眺めている、私。
今、私は被写体ではない。背景ですらなく、撮影用の椅子に座り、溶けないくらい大量の砂糖が入れられてると噂のドロ甘缶コーヒーを飲んでいる。
「おつー、どんな感じ?」
少し遅れて入ったこともあり、たった今着替え終わったナツメが現れるので振り返る。
ナツメの本日の衣装はチャイナ風で、まるで10代にしか見えない生足がスリットから覗く。まぁそれを言えば私もチャイナで、それだけでなく今撮影されてる天月もチャイナだ。
1月ほど前のリューライ(私たちがプレイしてるソシャゲ)の公式生配信で発表されたのがチャイナスキンで、テンション爆上がりしたレイヤー3名で突如合わせが決まったのである。
「いやマジで疲れる、なんなのあの人」
「めっちゃ声掛けてくるよね、しかもベタ褒め。更衣室でも聞こえてきたから笑っちゃった」
「流石にあんなタイプのカメコ知らない……」
誰が返事するでもないままノンストップで喋りつづけるカメラマンをナツメと二人で見ながら、小さく溜息を吐いた。
このカメラマンを呼んだのは天月だ。どうやら以前から顔見知りで、信用出来るカメラマンだと言っていたので、こちら側で他のカメラマンを手配することなく頼んでいた。
――したら、これである。
「あっ僕!? 僕の話してるな!? 実はさー、元は無口で無言の陰キャでSEでずっとパソコンの前でカタカタやってたんだけど、ふとカメラを仕事にしたくて求人探したら子供向けのスタジオカメラマンが結構良い年収で募集あってそれでそこ入ったら気付いたらこんな感じで喋るようになって――あーー!! いいねいいねその表情っ!! もうちょっと! もうちょっと妖艶な感じで――、あーはい頂きました! 世界を切り抜きましたよ今! はいこれは3000リツ確定かなインプレ1000万余裕だなーっ!!!!」
「「…………」」
まぁ納得か。そういえばああいうとこのカメラマンって特殊なスキルが必要って言うよね。
子供って小さすぎるとカメラ向けられるだけで泣くとか言うし、もうちょっと育ってきても笑顔を向けてくれないなんてのはザラ。そんなとこで働いていたら、喋るか芸を覚えるか、どちらかは必要になってくるのだろう。
「久し振りに音羽の女装見たけど、やっぱ可愛いなー。てか化粧変えた?」
「あー、最近ちょっと勉強してて。変?」
「いや全然。可愛いよ」
「……そう」
「なに、嬉しくない?」
「いや、言われ慣れてないとなんて反応すれば良いか分かんないなーって」
「……それもそっか。いつものカワイイは違うタイプだもんね」
「うん、」と頷く。
――そう、本日の私は、ちゃんと女装コスプレをしているのだ。
なお、コスプレ世界は女が女キャラのコスプレをすることも『女装』と呼ぶ世界である。
ちなみにこれはコスプレにおいて女子が男装することが一般的すぎるため、男装でない、ということから呼ぶようになったらしい。元々は『電話』でしかなかったものを『固定電話』と、『寿司』だったものを『回らない寿司』と呼ぶようになったのと近いだろうか。
「やっぱショタのメイクとは違って、目のバランスが結構むずい。デカくすればするほど可愛いわけでもないし……」
「そうだねー、でも普段やんないにしては上手く書けてるんじゃない? 誰かに教えてもらったの?」
「んーと、動画見たりお店で聞いたり」
「……通販以外で買えるようになったんだ」
「お陰様でね」
私が通販以外で化粧品を買ったことがない(のでたまに肌と相性良くないの買っちゃって失敗する)のを知ってるナツメは、驚嘆の声を漏らす。
私とは真逆で、実店舗でしか化粧品を買わない天月と一緒に居ると、どうしてもそういうお店に入ることが増えたのだ。といっても、ほとんど買わないんだけど。高すぎるのよ。いつも奢ろうとしてくるけど、奢られ慣れるのは流石に怖いので断っている。
だって、貯金がいくらあっても今の収入が大してないんなら貯金を切り崩してるだけじゃない。将来のこと考えたら――と口走ってしまい、「将来のこと考えて良いの!?」とテンション爆上げされたのでそれ以来断る理由は「いらない」にした。
「はいっ、じゃあ音羽ちゃんも隣入って! ナツメさんはもうちょっと待ってねーもうちょっと! あと……15分くらい欲しいかな!? したら3人撮影に映ってそっからソロにするからコンディション整えてチル入ってていいからねそのへんで待っててねぇごめんね!!」
「「はーい」」
席を立ち、椅子をナツメに譲ると天月の隣に立つ。
3人のチャイナスキンは、雰囲気で言えば小学生・中学生・高校生な感じだ。なお当然だが私が小、ナツメが中、天月が高だ。ナツメ、圧倒的に最高齢なんだけどね。
メイクによってはちゃんと中学生くらいに見えるからレイヤーってすごい。身長順で並んでもちゃんと大中小になるし、なんなら乳のサイズもそうだ。
キャラクターの設定身長は140cmだが、私の実際の身長は150cm弱はあるので、原作と同じような身長差を作るため天月にはヒールを履いてもらいつつ、かつ姿勢を調整することで30cm程度の身長差を生み出している。
それでも写真では真っ直ぐ立っているように見せる、コスプレイヤー特有のテクニックである。なお身長差がもっと大きいと画角の外に椅子置いたりして調整する。バスケ漫画のコスプレする時とかよくやった。
今は頭一つ分以上の身長差がある天月の隣で、思い思いのポーズを取ろうとすると――、
「うっわ乳! 邪魔っ!! 捥げ!!」
ちょうど視界の前にボンと、ヌーブラ重ねて普段の1.5倍くらいになった乳が現れたので、思わずひっぱたいた。
「痛いっ!! 何するの!?」
「この高さにあると、なにこれ? 日傘?」
「流石にそこまでは大きくないでしょ!?」
「いやワンチャン隠れられるわ。下居たら上見えねー……」
後ろから抱きすくめられ(作中スキンの再現だ)天井を見ようとすると、視界の半分ほどが下乳で覆われる。
謎の穴(ネットでは下品な呼び名をされているのだが割愛)が空いているチャイナなので、下からは生乳がしっかり見える。露出レイヤー天童りりにしてはだいぶ露出が控えめな方だが、それでも3人の中で一番出てる。上と下と脇あたりからね、まろび出てんだわ乳が。
なおこんなエロ漫画みたいなチャイナドレスは中国ファンが許さないのでは――なんてまことしやかに噂されていたが、あちらの国ではプレイ出来ないゲームらしく、ネットでもそこまで叩かれてる様子はない。
「いいねいいねー、音羽ちゃんもうちょっと足出せるかな!? そうそうそう綺麗なおみ足をねー、そう! その角度! ちょっと辛いけど浮かせられるかな!? すぐ終わるからねー、あと少しだからねー、3,2,1,ぜ……3! 2! 1! はいオッケー!! 下ろしていいよー!」
「……この人いつもこんなん?」
「うん、面白いでしょ?」
「面白いは面白いけど……」
なんか、違う方向性の面白さじゃない? 河童とかそういうのだよたぶん。
私くらいの弱小レイヤーであっても男性カメラマンからは大抵下心を感じるもんだが、この人から感じるのは『圧』だけである。身長も体重も全部平均くらいの、一見したらそこらへんを歩いてる中年にしか見えないのに、何だろうこれ。孫かなんかと思われてない?
「乃村さん、既婚者子持ちで、お子さん大学生だって前言ってたよ」
「そうなの!?」
いくらなんでもそんな歳には――見えるかも。オタク、20代から40代くらいで外見全然変わんない人結構いるんだよね。年相応に老けないというか、最初からまぁまぁ老けてるというべきか。
「学生結婚したんだって。いいよねー」
「いいか? 無責任だろ」
「したいよね?」
「いや別に」
「したいよねっ!?」
「圧掛けんな!」
ぎゅっと乳押し付けられてると、半分くらいニセモンってのは着替え見てたから知ってんだけど、それでも変な気持ちになる。いやエロい気持ちとかじゃなくて。ホントに同じ人類なのかよこれが、みたいな感覚。
つーか元の乳があるとヌーブラで盛った方が自然なんだな。なけりゃスポブラに靴下で充分だ。元がないからな。うるせえ。
「いいねーいいねー自然体な二人! その目っ、その目だよ音羽ちゃんその目もうちょっと上に――そうそうそうそうその角度っ!! 完璧! いちばんちっさい先輩キャラはやっぱいいよねこういうのさー、二人は普段からこんな感じなのかな!? 逸材だなぁ知らなかったよりりちゃんにこんなお友達居たなんて! なんで紹介してくれないかなぁおじさんめっちゃ撮っちゃうよ!」
早口すぎて映画を倍速再生してるみたいな感覚になる。活舌が悪くないからギリギリ聞き取れるけど、反応は流石に遅れて愛想笑いしか返せない。
だが私がしてるキャラはそんな天真爛漫なキャラでもなく、ちょっとぶっきらぼうなロリキャラだ。なお設定上は3人の中で最高齢であり、年齢にプライドがあるのでいつもほんのちょっと偉そう。まるで私みたいだ。
リューライは前からプレイしていたけど、このキャラのコスプレはしたことなかった。というかリューライで女装コスしたの今日が初めてだ。
「自然体のショット撮りたいから、普段通り喋ってて貰って良い? 角度はそのままで、そうそんな感じの向かい合う角度で、そうそうそうそう! 完璧! その角度で喋ってて! 身振り手振りは好きにしてもらって良いからあとはこっちでタイミング合わせてくから!!」
「何話す?」
「将来のこととか?」
「おう、立派な総理大臣になて消費税をゼロパーにしてくれ」
「ならないよ!?」
「元アイドルの政治家ってたまに居るよな」
「昔のファンが良い年になってるから結構票稼げるって言うよね」
「へー、そういうのもあるんだ。あんたんとこのファンって年齢層どんくらいだったの?」
「んー……、10代20代が多かったけど、結構上まで居たなぁ、でもいいとこ40代くらいかな? それより上になるとライブとかイベントにはあんまり来ないんだよね」
「え、なんで? 死んでる?」
「死んでないでしょ!? 体力的な問題とか、アイドルオタク40年も続けられないとか、そういうことじゃない……?」
「まぁそれはあるか。家庭とかもあるだろうしな」
「…………それは、あんまりないかも」
「ないのかよ」
「あんまり、あんまり……なさそうかな……?」
「アイドル本人から見てもドルオタってそうなんだ……」
ちょっと可哀想に思えてきた。でも確かに、アイドルオタクって一つのグループを熱心に追いかけるパターンもあるけど、結局次々に新しいグループに乗り換えていく印象がある。
私はアイドルオタクというかRiLyオタクだったから乗り換えることもなかったけど、普通は違うのだろう。
「逆に40代までは居るのはなんで?」
「ほら、クラウリングの世代が丁度そのくらいだし」
「あー……、昔流行ったらしいアレ……」
「流石に私たちは現役時代知らないからね、凄かったらしいけど」
聞いたことくらいはある。今から20数年前に流行ったアイドルで、最初に大ブームを起こした大人数アイドルグループだったんだっけ。
なるほどそこから続くのかと、その世代はいま40代なのかという二つの納得に、30年近く10代の女の子を追っかけているオッサンの気持ちを考えてちょっと辛くなった。素直にキモい。
「そういえば、佐藤さんカラオケ好きなの?」
「なんで急に」
「カラオケ屋で働いてるし」
「家から近くて平日も入れるとこ、かつ飲食じゃないとこあんまなくて。ネカフェがよかったけど求人なかったし」
「飲食以外? どうして?」
「皿落として割る気しかしない」
「…………」
「厨房ならともかく、常時接客すんのは流石に疲れるし」
「……こんど働いてるとこ見にいって良い?」
「来たら絶対表に出ねえ」
「出てよっ!!」
「嫌だよ働いてるとこ身内に見られたくないし……」
「身内っ!? 私身内なの!?」
口が滑った。超テンション上がんじゃんお前。
っていうかオタクの言う『身内』って、家族親族というよりジャンルが近く仲の良い友人とかのことを指す言葉として使われることの方が多いから、そこまで喜ばれると逆に怖い。
「……カラオケ行きたいなら一緒に行くから、店員側の時は絶対来ないで」
こうでも言わないと絶対来るだろうな、と先に予防線のために伝えると、「へっ!?」と声を漏らす。
「一緒に行ってくれるの!?」
「え、……何もしないよね?」
「歌いはするよ!」
「あ、うん、それならいい」
「何をされると思ったの!?」
こいつにはカラオケバイトの過酷さを教えてやらないといけないかもしれない。
学生カップルとかが個室入ると何すると思ってんだ。セックスだぞセックス。歌え。私が働いてるとこの個室、廊下から中の様子ほぼ見えないすりガラスなのもあって、監視カメラあってもおかまいなくセックス始めんぞガキ。主に中高生。たまに大学生。
こっちはカメラで普通に見えるから店員同士で「まーた始めたよ……」なんて見物することもあるけど、セックスするかもって学生カップルを断れる立地でもないし、店長は「ボクも昔はこういうとこでしたんだよね……」なんて暖かい目で見てるから止めてない。
部屋汚されたらキレるけど、カラオケでおっぱじめるような学生カップルは割とそういうの、バレないと思ってるのかちゃんと跡形もなく片付けてくれるし、なんなら酔っ払いのが部屋散らかす。
「……あっ」
私が何を言うでもなく自分で気付いたのか、顔を僅かに赤く染めた(ファンデの厚塗りでそこまで肌色が滲まない)天月が私から視線を逸らし、小さな声で呟いた。
「し、しても、いいよ?」
「しねーわボケ。つーか家で出来んだろ」
「家でするの!?」
「しねー。来るな」
「行くよっ! 超行く!! てかアフター佐藤さんの家で良くない!?」
テンション上がってそんなことを口走るが、当然聞こえていたナツメは「いいねー」なんて合いの手を打ってくれる。お前まさか人目があるとこでも発情すんのか? 怖いよ。
「よーっし! この流れでえちちな絡みも撮っちゃおっか! 折角百合カプなんだしここはギリギリを攻めていきたいなと思うけど二人とも大丈夫だよね!? とりあえずイベストにあった押し倒すとこから――」
「はいっ!!」
「おい待――」
流れるように私を押し倒した天月が、私に馬乗りになる。イベントストーリーにあった展開だが、スキンにはなってないシーン。ちなみにイベスト公開初日から場面再現ファンアートが回るほど人気のシーンで、それを見ていたか迷わず私の肩に手をやった天月は――
「んっ……」
唇を、合わせた。
「「え?」」
ナツメとカメラマンさんの声が被る。私も同じ反応するとこだったけど、肝心の唇が開かない。
とりあえず腹に膝蹴りを入れて退けて――、息荒く「何すんだ馬鹿」と告げると、唇を離した天月が「あっ」と声を漏らす。
「ご、ごめん、つい」
「「「つい!?」」」
「いつもの数倍可愛くて、つい……」
「頭おかしいのか!?」
「あっ! 乃村さん撮れました!?」
「モチロン!!!!!!!!」
めっちゃいい笑顔で親指立てられた。フリとかじゃなくてガチでキスするとは思ってなかったはずなのに、今のちゃんと撮れたのすげーな。プロか?
「……後で消してくださいね」
「えっ流石にそれは世界の損失だよ!! うにとら百合チューとか全オタクが歓喜! しかも二人かなり雰囲気近いしいや今のは本当に俺偉い! 反射的に30枚くらい撮れたのオタクの本能かなぁ!? いろんな角度で撮りたいからもう一度してもらっていい!?」
「はいっ!!」
「おま――」
良い返事をした天月は、上体を起こしていた私の肩に手をやった。そして今度は蹴り足を持ち上げられないよう膝で押さえつけ、私を再び押し倒す。
そして――
「「おぉー…………」」
感嘆の声が聞こえる。ぱしゃんぱしゃんとシャッター音が響く。超早口長尺喋りのオタクでもこういう時は素の声出るんだな。
「んーっ!!!!」
全力でもがこうとするが、関節部まで抑えられてるので動けない。顔はどんだけ動かしてもホーミングしてくるし、手も足も、押さえつけられた狭い可動域では天月を吹き飛ばすほどの力が出せない。
――途中で抵抗を諦め、なすがまま唇を貪られていた。
数分続いた拷問が終わると、平気そうな顔した天月が私に手を貸すので立ち上がる。
「あとおっぱいプレスと壁ドンしたいけど、流れでしちゃって大丈夫?」
「もう何でもいいよ……」
羞恥心と怒りと諦めと、様々な感情がごちゃごちゃになった私は、全てがどうでもよくなって力なく項垂れた。
結局、天月がファンアートで見たであろう様々なシチュエーションの絡み撮影がそれからも続き、30分も経つ頃には、私は疲労困憊で動けなくなってしまっていた。
恥ずかしさとかじゃ、ないから。
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