第16話

「天月」


 天月のクラス――2年D組に向かった私は、帰るタイミングを見計らって扉の前で待つと、名を呼ばれた優等生は友達と話すのを中断し、どっかの誰かさんのように反対側の扉から逃げようとする――

 が、そんなの最初から予想していた私は、声を掛けた瞬間にもう片方の扉の前に先回りしていた。


「……佐藤さん」

「彼女から逃げんなよ」


 大きめの声で伝えると、教室に残っていた生徒達がざわつく。

「彼女?」

「誰が?」

「てかあれ誰?」

「ほら1組の――」

「思い込みじゃない?」

「キモ……」


「外野がうっせえなぁ」

 火に油を注ぐと、静まるどころか、更にバッシングが増える。


「あ、あの――」

「私は別れたつもりはねーよ」

「…………え?」

「どうせ暇だろ、付き合え」

「は、はい……」


 あぁ、やっぱり蘭さんの言う通りだ。

 天月は、のだ。


 ――悔しいな。私が知らないことを、あの人はいくらでも知っている。

 でも、託されたのは私だ。私は、蘭さんではない。


「……バイトは?」


 学校を出て歩いていると、ようやく口を開いた天月がそんなことを聞いてくる。


「休んだ。一人くらい抜けても変わんねーよ」

「…………そうなの」


 嘘である。代わりに急遽店長に入って貰ってる。私が体調不良以外でシフトに穴を開けたことなんて入社以来一度もなかったから、相当驚かれたっけ。

 でも、これだけは、昨日の今日ですぐに話さないといけないと思ったのだ。


「立ち話でもいいけど、どっか店入っても――」

「……佐藤さんの、家が良い」

「はいはい」


 幸い、徒歩圏内だ。天月は電車通学のようだから、二人とも自転車には乗っていない。

 しばらく、黙って歩き続ける。


 家に入ると天月は、小さな声で「お邪魔します」と頭を下げた。家に誰も居ないことが分かっていながら、自然な流れでしたということは、よほど育ちが良いのだろう。

 私なんて、ただいますら言ったことがないというのに。


「好きなとこ座れ」


 荷物を放り、ベッドに腰掛けそう言うと、よりにもよって天月は私の隣に座った。床か椅子使えよ。

 まぁ、良いか。彼女として呼び出したんだし、このくらいは許容範囲。


 歩いてるうちに冷静になったか、いつもの優等生の顔をした天月は、ゆっくり呼吸を整えてから私の方を見て口を開く。


「……それで、話って?」

「昨日、蘭さんに会った」

「え?」


 その瞬間、優等生の仮面は崩れた。3秒くらいしか持たなかったな。


「『なんで式来てくれなかったんだよ』って、悲しんでたよ」

「…………」


 ――これが、言わないといけなかったこと。


 ゆいとらんらん、二人の関係は、外から、ファンの目線では、百合営業をしていたことしか分からない。

 けれど、あの悲壮な顔を見れば、蘭さんが本当に悲しんていたことは伝わった。


 言葉では伝わらないならと、行動で伝えようとしただけなのに。

 蘭さんとアデミヤさんは、出会い方はともかく、お似合いの二人ではあると思う。凸と凹って言うのかな。軽いけど穏やかなアデミヤさんと、尖りまくってる蘭さん――、百合営業をしていた頃よりずっと上手く嵌まっているように見えた。


 でも、

 でも、それを言えば、私たちだって――


「親友の結婚式をドタキャンする奴がいるかよ」

「で、でも――」

「裏切られたとか、そんなこと考えてたんでしょ」

「…………」


 思い込みだ。

 蘭さんは、お前のことを、ちゃんと親友だと思ってたんだ。

 荒療治にはなるが、目を覚まして、祝福してくれると思っていた。


 ――けど、違った。


 勝手に信じて、勝手に裏切られた。――いや、そもそも信じていたことそのものがおかしい。蘭さんは最初からレズでないことを明かしていた。


 けど、こいつにとっては、それもこれも全部冗談に思えていたのだろう。

 常に自分と真逆のキャラクターを演じていた天月は、他人が本音を話さないと思い込んでいる。蘭さんの言動は、照れ隠しか何かと思っていたに違いない。

 あの人は、不器用なりに素直なだけなのに。


「あんたは、らんらんの何だったの?」


 ファンとして、友人として、


 言わないといけない。


 嘘ばかりついてきたこいつに、他人を心の底から信じていないこいつに、伝えないといけないことがある。

 それが、今の彼女の役割ってもんだろう。


「勝手に思い込んで、勝手に裏切られた。それでも、それでもあの人は、あんたのことをちゃんと信じてたよ。悪気があったわけじゃないんだろうって、ドタキャンされた側がね、気を遣ってくれてんの。――そんで、あんたは何したの?」

「わ、私は――」

「親友の期待を裏切って、それでまた、?」

「か、彼女って、私の思い込みだったんでしょう!?」


 唇を尖らせ、わざとらしいくらい不機嫌そうな顔で、そっぽを向いてそう言った。

 ――あぁ、本当にこいつは馬鹿だ。いくつになっても、言葉だけじゃ伝わらないらしい。


「はぁ?」


 私は、異性愛者だ。

 

 ――いや、


 異性愛者、


 いま、この瞬間までは。


 あぁ、思ってみれば、私にとって一番身近な男は父親で、あの男のことは、世界で一番嫌いだ。なんなら私を置いてった母より嫌いだ。死ねば良いと、いつでも思っている。

 なんで異性に拘っていたんだろう。あんなの全員、下半身に支配されたモンスターなのに。


「なんて言って呼び出したか、もう忘れた?」


 私は、天月の彼女だ。

 それは、こいつが勝手に言い出したことだけれど。


「ちゃんと答えてほしいなら、今ここで返してやる。――、私と、付き合いなさい」


 私から目を逸らした天月は、顔を真っ赤に染め上げて、「……はい」、と小さな声を漏らした。


「……嫌ならやめるから、そん時は抵抗しろ」


 肩をぐいと引き、唇を合わせた。

 鼻がぶつかる。


 下手くそなキスだ。

 まったく、二人して、どっちも恋愛経験ゼロかよ。


 ――まぁ、


 不器用なもの同士、お似合いでしょ。

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