第15話
「わー、アデさんおひさですー、3年前の超会議ぶりですかね?」
「そだねー、んでこちらさんが例の?」
「ですです」
「んじゃ、紹介するねー。こちら、例の相方。名前は、ちょっとごめんこの場ではね」
「私の方も紹介するけど、えっと……音羽って本名じゃないよね?」
「あ、はい。……佐藤音花と言います」
深夜のファミレスで、向かい合う4人。
もっと機密性の高いところでの話し合いになると思っていたのに、なんと普通にファミレスである。なるほど
アデミヤさんの方は昔動画投稿サイト主催のイベントで顔出し出演してたみたいだけどね。テレビやネットで積極的に顔出ししているわけでもないので、よほどオタクでないと分からないだろう。
「蘭で良いわよ」
肩下までの黒髪ロングだが金のインナーカラーがバチバチに入って、青のサングラス。それに合わせるは、真っ黒のライダースジャケット。
かなり厳つい格好をした女性が、天王寺薊――、そして、私にとっては『らんらん』だ。
……いや全然らんらんって顔じゃない。『
「……あの、やっぱり蘭さんなんですか」
「顔見て分かんない?」
「分かりません……」
明らかに不機嫌そうならんらんの態度に縮こまりながら返すと、アデミヤさんが「ぶふぁっ!!」と吹き出した。
「いやいやいやいや、こんなん分かるわけないって! てかキャラ作りすぎ!」
「はぁ!? 作ってないしっ!!」
「ドキドキして寝れないよーっ、とか昨日の夜中までベッドで悶えてたの誰だよ!」
「言ってねぇーー!!」
急にテンション変わった怒怒もといらんらんが、アデミヤさんの首を絞めるように振り回す。あ、なんか今のはちょっとらんらんっぽい。
「ってか! BSSだよこれ!? ポっと出の女とふつーに話せるわけなくね!?」
「掲示板?」
ナツメが聞くと、「ちげーよそれBBS!」と即レス。うん、会話のテンポは確かに私に近い。
BSS――『僕が最初に好きだったのに』という概念だ。主に自分が先に好きになったキャラ(主に優等生や幼馴染)がチャラ男に寝取られる同人誌とかエロ漫画で使われる表現。
……うん? 何が?
「あなた麻衣の今カノでしょ?」
「違います」
「は? 話違うんだけど。どゆこと?」
「おーとはちゃーん」
ニッコリ笑顔で、しかし明らかに怒気を込めた顔でナツメが私のことを見る。ここで話をこね繰り返すなと、表情だけで伝わる。
「……私は合意してない。あいつが勝手に彼女を自称してるだけ」
流石にあの圧には耐えられないので、正直に答える。私は一度もあいつの彼女を自称していないので、この言葉に嘘はない。
「だよねー」
しかし、それで納得された。つーことはあいつ前からあぁなのかよ。
「……あの、前からなんですか。あれ」
「うん」
「じゃあ私は――」
「んー……、いやさ、あなた、音花だっけ。音花、レズ?」
「違います」
「だよねー、あたしもそう」
「え?」
「
「あ、はい」
リリオタ――RiLyのオタクを表す言葉だ。
それに私くらいの年齢なら、3代目のゆいやらんらんの世代を推してることくらい想像出来るだろう。そうなると、二人の絡みが非常に多かったことも、当然知ってる。オタクは百合を営業だと分かっていながらそれを楽しむのだ。
「あたしはふつーに仕事だからって割り切ってやってたんだけど、麻衣てば根が真面目だから百合営業に本気出しすぎてさ、最初はキャラ作りの一環かと思ってたんだけど、いやこいつマジだわ依存やべーわって気付いちゃって」
「…………」
うわぁめっちゃ予想出来る……。重いんだよあいつ。
「結局解散した後もべったりだったから、あたしはあんたと違ってレズじゃねーよって証明したくて適当にその辺に居る男とっ捕まえて結婚したんだけど」
「俺その辺に居たの!?」
「いただろうがよー」
「居たかぁー! あ、ちなみに言うと、マンションの隣の部屋だったんだよ」
アデミヤさんがそう教えてくれる。マジでそのへんに居る男やん。っていうか
「全部屋に防音室常備されてるから、歌い手とか歌手とかアイドルとか、そんなんばっかなのよね、あのマンション」
「え、じゃあ別に昔から一緒に組んでたわけじゃないんですか」
「全然」
「なんならちゃんと顔合わせて挨拶してから籍入れるまで一月くらいだっけ?」
「そんな経ったっけ? 2週間くらいじゃね?」
「…………」
あまりの展開にドン引き――してるのはどうやら私だけのようで、どうやらナツメはアデミヤさん経由で知ってたのか素の表情である。
そんな流れで出来た音楽ユニットがあっという間に80万フォロワーにサブスク配信サイトでは累計10億再生を突破してるって、素直に凄いな……。
「あれきり連絡付かなくなってさー」
「流石にショックだったんじゃない? 本百合の相手が普通に異性愛者(ノンケ)って」
「いやあたしはマジでずーーーっと、百合営業することになった初日からレズじゃねーって言ってたんだけどなー、伝わんなかったんだなぁ」
「……そうなんですね」
「あいつも最初は普通にしてたんだけど、いつの間にかオフん時もベタベタしてくるようになったから」
「…………」
「普通にキモかった」
「分かる…………」
前からあのテンションだったんだろうなぁ。そりゃ、異性愛者の自覚ある人にとっては結構怖いだろう。私はたぶん異性愛者、くらいの認識だから「キモい」で済むけど、……あれ、大して変わらないかも。
「あ、でもあの、蘭さんは本百合じゃなかったんですよね。じゃあBSSじゃなかったんじゃ……」
ふと気になったので聞いてみた。てっきり私がチャラ男だと思ってたんだけど、そうなると本百合ということになり――
「あ、うん。でもBSSって
「…………あー」
確かに、天月にとっては自分が好きだった
付き合ってる彼女をチャラ男に取られたらNTRだけど、BSSは付き合ってもいない片思いの相手である。つまりチャラ男は女を落としただけ。なんも悪くない。
「まー、性的に見てるわけじゃないにせよ好意的には見てたし、好きか嫌いかで言えば好きよ、あなたもでしょ?」
「……ほんのり嫌いなんですが」
「それは分かる」
天月に振り回された女同士、ウンウンと頷き合う。天月を知らない保護者2名は首を傾げているが、好きと嫌いが両立するんだよね。
「あとさ、あいつ結構面白くね?」
「そ、そうですか……?」
面白さとは真逆の性格してそうだけど――
「初めて会った時はもうちょっと何言ってるか分かんない感じだったんだけどなー、なんでアイドルなんかやろうとしたんだか」
「……蘭さんも知らないんですか?」
「なーんも。親が勧めたとかじゃね?」
「そんなことあります……?」
「あるある。てかジュニアアイドルとかキッズモデルとかそういうの全部、子供じゃなくて親がやらせたがらせるもんだから」
「あ、あぁー……」
言われてみるとそんな気はする。特に子役とか、子供が自発的にやろうとするものではないだろう。高校生とかになってから将来の夢を意識するのとは話が違う。
将来なんてまだ意識もしていないうちから始めるのは、確かに親の感情や目標が優先されるだろう。
「そのせいか知らないけど、キャラ結構ブレてんだよね」
「それは分かります。でも蘭さんの方が――」
「え? そう?」
「そうでしょ」
素で返しちゃった。アデミヤさんがお腹抱えて震えてると、脇腹に拳が突き刺さって「うぐぅっ」と声を漏らす。可哀想。
蘭さんのイメチェンは確かにエッグいけど、天月もそうだ。優等生キャラ絶対向いてないんだよあいつ。なんであんなキャラやってんだろ。
でも、それ言えば元気担当だったRiLy時代もそうだったんだろうな。元気担当というか陰気担当だよ。
天月は、自分に一番向いてないタイプのキャラを演じていたのだ。それも、すぐにボロが出るような薄さで、綱渡りのように。
「そんでもさ、一緒に居ると面白いでしょ。だからさー、突き放すとかは出来なくて」
「……そうですね」
「悪い奴じゃないんだよ。だから、ほら。んー、何て言えば良いかなー」
「後を頼む、とか?」
アデミヤさんが口を挟むと、再び脇腹に突きが刺さる。私と違って攻撃力高そうだ。アデミヤさんめっちゃ悶えてる。
「いやそれあたし死ぬみてーじゃん。あと100年は生きるぞ」
「で、でも、他に表現なくね……?」
「あー…………、いや、ある」
「なんでしょう、あ、しばらく話してないので伝えられるかも分かりませんが」
自嘲気味に口を開いた蘭さんの言葉を聞いた瞬間。
――あぁ、喧嘩なんかしてる場合じゃないなって、私はようやく理解した。
私なんかより、ずっと前から付き合いがあった二人は、しかし私以上に離れてしまった。名を変え顔を隠し芸能界に残ったらんらんと、芸能界から去ったゆい。
同じ学校の中で喧嘩してる私たちとは違う。らんらんとゆいは、ずっと連絡を取り合っていない。
仲が良かった、はずなのに。
誰よりも仲が良い相手なのに、意地を張ってしまっている。無理矢理でも会うべきだった。だけど、どちらもそうはしなかった。
相手のことを、誰よりも分かっているせいで、
相手のことを、誰よりも知っているせいで、
そのせいで、二人は一番大切だった人に会えていない。
……うん、私が人肌脱ぐしかないな、これは。
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