第14話

「あれ、なんか元気ない?」


 遊園地を使ったコスプレイベントの真っ最中、撮影の合間にコンビニで買ったおにぎりを頬張っていると、ナツメにそう聞かれる。

 今日はナツメとその友達が3人も居る、コミュ力の低い私にとってはかなり大型の合わせだ。5人だよ。5人とどうやって話すの? と思ってたけど、気を遣ってくれたか今はナツメと二人である。他3人はさっきジェットコースターに向かった。


「んー、そんなことないけど」

「いや、私は分かるね、……生理?」

「違う」

「じゃ、例の子かー」

「……例のって?」

「いんや、合わせ予定してた子居たんでしょ」

「……予定ってほどじゃないけどね」


 したいって、一方的に言われただけだったし。あれは予定でもなんでもない。レイヤーがその場のノリで「どこどこで〇〇したいよね!」と言ってるのと一緒だ。基本的に実現しない。

 ナツメに話したのも、学校の友達で合わせたがってる子が居て、でもめんどくて――みたいな、そんな程度だ。天月について、深い話はしていない。


「んー…………」


 エナドリを飲みながら首を捻っていたナツメが、「うん、」と頷いた。


「飲もっか」


 飲んでいたエナドリの缶を掲げ、乾杯でもするかのように私の持っていたおにぎりにこつんと当てる。


「えっ」

「アフター。あっちの子たちはたぶんあっちでやるから、こっちは二人でしちゃお」

「……良いの? 別に5人でも良いけど」

「んー、でも一緒だったら真面目な話出来ないでしょ」

「それは、まぁ、そうだけど……」


 実際のところ、ナツメにアフターに誘われるのは珍しい。昼間に終わればたまにカフェとか入って休憩することはあるけれど、夕方まで撮影やイベントが続く場合はほぼ直帰だ。

 私が金欠気味なのも知ってるだろうけど、たぶんそうではなく、ナツメがそういう性格なだけであろう。今日のように合わせの規模が大きくなれば普通にアフターもするから、今日も誘われるとは思っていた。


 撮影を3時間程度で切り上げ、ナツメと私以外の3人が駅に入っていくのを見送ると、くるりと反転した。どうやら目的地は決まっているようで、駅近くの焼肉屋に入る。

 そういえば焼肉屋なんて人生で一度も入ったことないな、なんて考えていると、想像通り店内は肉と炭の焼ける匂いが充満していた。

 外からも感じていたその匂いは、中に入るとずっと強く、そして煙たい。まだ満席になるような時間でもないのに、このままここに居たら燻されそうな煙の量だ。


「あ、今日は奢るよ」


 席に着くや否やそう言われる。割り勘どころか、アフターでは個別会計しかしたことないナツメにしては珍しい――、というか恐らく初めての提案である。


「え、良いよ別に」

「いやいやいや、気にしないで。私が誘ったんだし」

「んー……、まぁ、いっか。食べすぎたらごめんね」


 一応伝えておくと、「いやあなた小食でしょ」と突っ込まれる。そうね。前お肉食べた時も、ステーキ150グラムでお腹いっぱいになったわ。デザートどころか米もパンも入る気はしなかった。草だけ食って満腹顔してた天月のことちょっと理解した。


「なんか飲む?」


 メニューを一瞥したナツメが聞いてくるが、答えは決まってる、。


「お茶で」

「よねー」


 店員を呼んだナツメが慣れた口調でビールを注文するのを聞いて、今日はなんかいつもと雰囲気違うことを察する私。

 そもそもアフターで飲酒するのを見たことないというか、あなたお酒飲める年齢だったのね。



 顔ほどに大きいビールのジョッキを傾け、半分ほど飲んだナツメが口髭をはやしながら「ぷふぁー!」と叫んでるのを眺めながら烏龍茶で喉を潤していると、テーブルの炭に火が付けられる。

 最初は赤く燃えていたが、それから次第に白くなり、ぱちぱちと爆ぜながら燃えていく炭を見ていると、少し前に流行ったキャンプアニメを思い出した。

 焚火の炭を見てると落ち着くとか、そんな言葉の意味が少しだけ分かった気がする。アウトドアどころかおもっきり焼肉屋だけど。


「話して話してー、思春期のお悩み相談好物だよー」

「あの、話す前に質問あるんだけどいい?」

「どうぞどうぞ?」

「……何歳?」

「27」

「はぁ!?」


 えっ、27!? 11個上なの!? ほぼ干支一回り違うの!? どう見てもそんな風に見えないというか、精々大学生くらいにしか見えないんだけど――


「見えないでしょ?」

「全然……ギリ10代かなって思ってた……」


 だって、普段の服装とか話しぶりとか、なんか身にまとう雰囲気とか――、それら全部がナツメを若者だと誤認させてくる。ネットの人間は顔を見ないでも大体の年齢が分かることだってあるけど、ナツメはその基準においても若者寄りだ。


「昔からよく言われるー。童顔なんだよね。だから子供たちにも初手は舐められるんだけど」

「子供たち? 仕事何してるの?」

「学校の先生。あ、養護教諭だから教員免許は持ってないけどね」

「えー……、イメージ全然違う……」


 そもそも仕事の話すらしてるのを見たことがない。ネットでは学校の話もバイトの話も仕事の話もしないままアニメやゲームやコスプレを楽しんでいたナツメは、だからこそ若く見えていたのもあるかもしれない。――それも含めて、なんだろうな。

 タメ口やめた方が良いのかな。年上ということは知っていても、干支一回り近く上の相手とは思ってなかったよ。まぁ敬語とか慣れてないしそのままでいっか。


「学校の先生ってブラックなんじゃないの?」

「あ、定額働かせたい放題のこと? それ公立校ね。私働いてるとこ私立中学だから普通に残業代出るよ? まぁ部活の顧問とかで月60時間くらいは残業してるけど、暇なときは保健室でアニメ見てるし」

「教師ってそんなだっけ……?」

「教師じゃなくて教諭だからってのもあるけどねー」


 ぐびぐびとビールを傾け――、もう飲み切った。

 まだ料理の一品すら届いていない。水感覚にしても早すぎる。ペットボトル1本分くらい入ってたでしょ?


 空になったまま傾けられる、ビールジョッキ越しにナツメの顔を見る。

 やはり、どう足掻いても保健室の先生には思えない。教育実習でももうちょっと上に見えるだろうに、ビールを飲んでる姿を見た上で、10代後半にしか見えないな。店員さんもちょっと困惑してたし。


 ナツメが適当に注文した肉が並ぶのを眺めながら、私はぽつぽつと話し出す。

 あの女との思い出話なんて5分もあれば話し終わると思っていたのに――、結局、1時間はぶっ通して話してしまった。喉疲れた。一人でこんな喋った経験、記憶を辿る限りない。


「んーとさ、一応、確認なんだけど」


 ビールは3杯目、顔を赤くしたナツメがスマホ片手にこちらに聞いてくるので、牛タンでネギを巻きながら(この作法はナツメに教えてもらった)、「何を?」と返す。


「アザミさんのこと、知りたい?」

「…………そりゃ知りたいけど、話さないでしょ」


 私に話せることなら、もっと前に話していたはずだ。

 でも、名前すら教えられなかった。悩み相談が何でも出来る親友が居たと、それだけ教えてもらっていただけ。


「や、私の経験上だけど、お膳立てされたら話すよ、その子は」

「……え? いやでも、本命はあっちだったんでしょ?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「…………」

「ま、知りたい気持ちがあるんなら勝手に調べるよ。話聞きながら色々見てたけど、たぶんこの子ね」


 網越しにスマホを手渡されるので、受け取り画面を見る。

 『天王寺薊』、私も知ってる有名音楽ユニットでボーカルをしており、年齢不明、それどころか顔すら公開されていない、数年前から動画投稿サイトで有名になった女性。

 なんで知っているかというと、メジャーデビューしてからはアニメの主題歌をよく歌っているからだ。ペアを組んでいる作曲家も同じサイトの出身で、ネット出身ということに拘りがあるらしく、ライブイベントや歌番組に出演する際も徹底的に顔を隠している。


「……名前が一緒なだけじゃない?」


 私だって、あの時アザミという名前を聞いてしばらくしてから、最初に浮かんだのが天王寺薊だった。しかし、変わっているとはいえオンリーワンの名前ではないし、何より特定に必要な情報が足りなすぎて、それきり考えるのをやめていた。


「それが、これ本名みたいなのよね」

「こんな芸名みたいな名前なのに!? 天王寺なんて絶対お嬢様じゃない……」

「まぁ偶然姓名一致した可能性もあるけど、年齢まで合ってるし、これで別人はないかなぁ」

「……年齢? 天王寺薊って年齢不詳じゃないの?」

「それが、んーと、次のタブ開いて」


 言われるがままスマホを操作しもう一つのタブを開くと、名前くらいしか聞いたことのない深夜の歌番組でやられていたオーディション企画について書かれている。

 日付は大体10年くらい前のもので、公式ホームページでなく個人が番組内の情報をメモしているブログ記事だ。

 30名ほど名前が連なる中に、『天王寺薊(9)藤沢市』という名がある。


「……これ、本名?」

「流石にデビュー前から芸名使う人はいないし、本名じゃなかったらちょっとビビるかな」

「えー……よく見つけたねこんなの。歳は?」

「高校時代の部活の後輩、天王寺薊について話してる人のツイート見かけて、そっから計算すると今19」


 あー……、まぁネットリテラシー低い人だとそういうの漏らしちゃうことも多いよね。悪意があってお漏らしするならともかく、むしろこういうのは大抵の場合、知ってることを黙っていられないだけである。

 メジャーデビューしたのが高校の部活の後輩だった――、そりゃ話したくもなるだろう。


「んで、天王寺薊のメジャーデビューが今から3年ちょっと前かな、その頃に受けたインタビュー記事で、まぁこれまた大本のサイトはとっくに消えてるけど、メジャーデビュー前にしばらくアイドル活動してたことが書いてあったみたい。ちなみにこれは記事の転載も見当たらなかったから、言及してるツイートからの推察ね。次のタブ開いてみて」


 言われるがままタブを変える。どうやら『アイドルのその後』を追ってる個人のブログのようで、活動は2年前を最後に止まっている。大方飽きたのであろう。

 そこに、活動時期や年齢から計算して、天王寺薊の可能性があるアイドル名が列挙されており――そこに、見覚えのある名前があった。


 ――伊達だてらん。通称、『らんらん』。

 RiLyの3代目メンバーで、3代目の中では最初に加入し、天艸ゆいと共にRiLyと最期を共にしたラストメンバー。


 元気担当のゆいと仲の良い――所謂百合営業――していたコミカル担当のメンバーで、所属年齢は14から16歳。

 確かに、これから3年後の今、19歳になっている年齢だろう。藤沢市の天王寺薊と年齢が一致する。


「……でもこれ、特定にしてはお粗末すぎない?」


 そう、これはまだ年齢が一致しただけだ。一番重要な、伊達蘭の本名が天王寺薊であるという証明にはならないし、何より、天王寺薊が素性を明かしてないというところから飛躍させたに過ぎないのだ。


「そうね。ここがネットストーカーネトストの限界。んだから、決め手になったのは音羽よ」

「私?」

「元RiLyのメンバーで、名前は吉川。恐らく芸能界のことを『こっち』って呼んだ。間違いない?」

「う、うん。記憶が確かなら」

「音羽の記憶力が良いお陰ね。天王寺薊――というか音楽ユニット『Qur@クーラ』の所属はスプリング・フェロー。今から2年前に出来た芸能事務所なんだけど、会社の前身はRiLyの所属していたエイル・レコード。そこの社員が独立して作った事務所よ」

「う、うん。それで?」


 そういえばエイル・レコードはRiLyの解散からしばらくしてなくなったんだっけ。他にもアイドルやアーティストが所属していたはずだけど、稼ぎ頭が居なくなってからも続けられるほどではなかったのだろう。


「スプリング・フェロー。公式ホームページにある代表取締役の名前は、吉川はじめ

「吉川……」


 偶然かな、好ぴーの本名(?)と同じ名字だ。でも、吉川なんて何万人も――


「『吉川 肇 結婚式』で検索すると、結婚したのは今から7年くらい前で、相手が『某有名アイドル』だったのが結婚式に参列した人の投稿で分かる」

「んー……?」

「吉川肇は音楽プロデューサーで、RiLyの立ち上げに尽力していたってのが、ちょっと検索するだけで出てくる。式には芸能関係者が結構集まったみたいね。記念撮影してる写真があるから、次のタブ」

「……あっ、これ」


 RiLy初期メンバーの一人、出内いでうち香菜かな、通称『シャン』――なお中国語では香菜と書いてシャンツァイと呼ぶとこから来たらしい――、が、参列者の集合写真に写っていた。7年前のこの頃はまだギリギリ引退してなかったはず。

 シャンは初期メンバーの中で唯一の金髪で、RiLyのギャル担当(なお彼女以降にギャル担当は居ない)で、ネイルが趣味という設定があったはず。金髪ギャルは、大勢映ってる写真でもよく目立つ。


「好ぴーこと河地好美が引退して結婚を発表したのが今から7年前。……ね、繋がらない?」

「つ、繋がってきたけど……」

「けど?」

「……ちょっと怖い」


 正直に伝えると、笑われた。

 いやだって、情報が少なかったわけじゃないけど、特定出来るほどの情報があったとも思えない。なのにナツメは、この断片的な情報を繋げてみせた。


「もちろん、偶然吉川姓が被ってるだけの可能性はあるし、事務所のプロデューサーが結婚するから暇なメンバーが参列しただけの可能性もあるけどさ、ならなんでこの式にもう引退して暇なはずの河地好美が参列してないのとかさー、色々、気になってこない?」

「確かに……」


 ぶっちゃけ所々こじつけな気はするけど、なんとなくだけど、このナツメの予想はいい線行ってる気がする。どちらとも顔を合わせてないどころか話したこともない相手のことを、よくここまで調べられるもんだ。


「『出内香菜 ネイル』で検索すると、彼女が経営してるネイルサロンが出てくるのよね。素性隠さずにやってるみたいで。そこのインスタで施術した人の爪の写真毎日上げてて――、次のタブで開いてるけど、この中に見覚えある爪ない?」


 表示されたのはもちろん人の顔なんて映ってない、全部爪の写真だ。けど――


「あー、この青いの、地球みたいな模様のやつ、たぶんこれ、あの時見た吉川さんの爪だ……」


 綺麗だなと、何度か爪に意識が行ったので覚えている。

 なるほど、ここでも繋がった。引退して何年も経つ今も交流している相手なのに、結婚式に行かないことはあるだろうか? あるのかな、分かんない。

 流石にこれ以上特定情報はないだろうなと、スマホを返す。私の話を黙って聞きながらここまで調べてたの素直に怖いわ。ネトスト怖い。個人情報ってこんなあっさり調べられるものだっけ?


「はい、証明終了Q.E.D.。ちなみにこんだけやっといてなんだけど、天月さんに聞けば普通に教えてくれたと思うわ」

「……でも、もう話すことも」

「出来るよ」


 赤くなった顔で、自信ありげに微笑んだナツメは言う。


「あちらから連絡してこないのは、音羽に申し訳ないと思ってるから。げんに音羽がブロックしてからは一度も話しかけてこないでしょ?」

「え、うん。でも会わないなんて普通で――」

「同じ学校、同じ学年よ。、クラスが違っても普通に顔くらい合わせるわ。本当にあれきり顔すら見てないの? 見ないようにしたんじゃなくて?」

「…………してない、と、思う」


 意識して誰かを見ないようにするほど、私は人を見ていない。ならば避けているのは天月の方だろう。私は行動を変えていないのに、あいつの顔を見掛けることすらなくなった。あんな目立つ女、視界に入って気付かないはずもないのに。


「どうせ音羽、学校でもスマホ弄ってばっかでいつも下向いてるでしょ? 自信に溢れて前向いてる子なら、先に見つけるわよ、絶対」

「……そうね」

「音羽に顔を見せたら気分悪くするかなって、避けてる。どう? ありそう?」

「めっちゃありそー……」


 そうだよなぁ、あいつ、そういう奴だ。

 私のことをもうなんとも思ってないだけなら、前までと同じように視界には入るはずなのに、しかし実際は顔すら見ることがなくなった。

 どうせ気まずくて避けてるんだろうなと思っていたけれど、あの自信家が、どうでもいい人間相手にそこまでするだろうか?


「でも、さ」

「ん?」

「……これ知っても、アザミと天月の関係は分かんなくない?」


 そう、引っかかっていたのはここだ。

 ナツメのネトスト能力は確かに異常だ。だが、天王寺薊の正体が伊達蘭だと分かったところで、言ってしまえば「だからなんだ」という話でしかない。

 私が代用品にされていた事実には何も変わりがなく――


「ん、だからさ」

「うん?」

「DM送ってみた」

「みた? 誰に?」

「天王寺薊」

「……え? いつ?」

「今」

「なんて!? いやなんで!?」


 困惑する私をよそに、「ほれ」とスマホの画面を見せられる。

 表示されているのはSNSの、Qur@クーラの公式アカウントだ。


「え、待って」

「んー?」

「なんでQur@クーラの公式と相互なの!?」


 ドヤ顔のナツメに、思わず詰め寄った。

 フォロワー90万人、Qur@クーラの公式アカウントは、当然ながらDM機能を一般解放していない。そんなことしたらファンやアンチからのDMが鳴りやまないのが目に見えているから。

 しかしナツメに渡されたこの画面には、確かに『フォローされています』と、その文言が書かれている。なおQur@クーラのフォロー数は300程度だ。


「私、昔アデミヤさんの曲で踊ってみたの動画よく上げてて、その頃からの付き合いよ。実はイベント一緒に出たりしてて――、あ、ちなみにこれ相互なのリア垢だから調べないでね、恥ずいし」

「え、あ、うん」


 そこで羞恥心出るんだ。

 まぁQur@クーラで作詞作曲やってるアデミヤさんは動画投稿サイトでかなり人気の作曲家だったので、様々なオリジナル曲を投稿していたが、主な活動は今から10年以上前である。

 なるほど学生時代の動画、それもよりにもよって顔出し活動が主流だった『踊ってみた』を今の知人に見られるのは恥ずかしいわけだ。


 なおDMの内容は、『こんばんは。天王寺さん宛です。天月麻衣という女性について知っていれば連絡下さい』――それだけ。こちらの知る情報は天月の名以外、何も書かれていない。


「……でも、どうしてこっちに? こんなの天月に聞けば――」

「私天月さんの連絡先なんて知らないし、音羽は絶対自分からは聞かないでしょ?」

「え、あ、うん」


 それは実際そう。


「ネットリテラシー高いからか、天月麻衣の名前でSNSとか何もやってないみたいだし、なら攻めるべきはこっちかなって。ま、返信なかったらその時はその時かな」


 しかし、そんな話をしているうちに、ぴこんと、ナツメのスマホが通知音を鳴らす。


「ほら来た」


 有名アーティストとは思えない返信の速さであるが、内容は『麻衣の話どっかでしたことありましたっけ』――ビンゴ。


「んで、どする?」

「どするって言われても……」

「このままメッセのやり取りするでも良いけど、それ私の垢でしか出来ないし……呼び出す?」

「え、いや、無理でしょ。相手は超人気アーティストよ?」

「聞いてみよー」


 特に私の合意を待たずメッセージを打ち込むナツメ。ものの1分で、再び通知音が鳴る。


「明後日の夜なら空いてるって。どう?」

「なんか進展速すぎるんだけど!? てか何伝えたの!?」

「なーいしょ」

「そこは隠さないでよ……!」

「ただ収録終わる時間が24時過ぎになるって。高校生一人じゃ補導されちゃうし、んー……」


 ニヤニヤと笑うナツメを見ていれば、私に何を求めているかは一目瞭然。こんなの、付き合い長くなくても分かるわ。


「……ごめんナツメ、仕事忙しいと思うけど、着いてきてくれる?」

「もー、仕方ないなー。お姉さんがお供しようじゃないかー」


 酒に酔ったかいつもよりハイテンションのナツメは、ニコニコ笑顔で小刻みに揺れながらそう答える。

 うん、まぁ、お願いするしかないでしょ、これは。


 ……一対一で会うの、普通に怖いしね。


 何せ、吉川さんが私に似てるって言った相手よ?

 出会った瞬間から罵詈雑言のドッヂボールレスバが始まったら、一体誰が止めるっていうのよ。

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