第13話

 あれから私は、日常を取り戻した。


 連絡してくる相手はおらず、友人もおらず、ただ学校に通い、ただ帰り、アルバイトへ行き、誰とも遊ばず帰る、そんな毎日。

 灰色の日常から、救い出してくれる人が居るんじゃないかって、昔はずっと考えていた。

 でもやっぱり、そんな奴はいなかった。壊れかけた日常は、壊れかけのまま時を重ねていく。


 あれきり、天月は私に一度も話しかけてこない。

毎日何十通と送ってきていたメッセージも、あの日の夜に『今日はごめんなさい』と一通来たきりだ。つい癖で既読を付けてしまったので、照れ隠しに連絡先はブロックしてトークルームは削除した。


 今度使う衣装のために布を切っていると、ぴこんと、メッセージ通知が来るのでハサミを置きスマホを手に取る。

 ナツメだ。どうやら今度使う布の相談をしたかったらしい。

 接写モードで切った布の写真を撮り送る。色味は分かりづらいが、生地の織り方が分かればどんな布を使ってるかなんとなく分かるので、布屋で合流せず合わせの衣装を作る時はいつもこんな感じだ。


『そういえば他の子と合わせするかもって話はどうなった?』

『無くなった』

『そうなの? 折角私以外とコスする機会だったのに』

『生きる世界が違ったんだよね』


 そう返すと、爆笑をスタンプで返される。

 天月が合わせをしたがっていたことを少し前にナツメに相談していたことを思い出して、はぁ、と溜息を漏らす。


 くるりと顔を回し、ベッドの方を見た。


 あそこで、急に告白されて、急に唇を奪われた。

 そして、強引に交際関係を迫ってきた。


 そんな女は、もうここには居ない。きっと、二度とこの家には来ないだろう。

 むしろ、私と絡んでいたことがおかしかったのだ。学校ではほとんど話さなかったけれど、それは単純にクラスが違うから。合同授業とかもないし、部活もしてなければ他クラスの生徒と話す機会は驚くほど少ない。


 あえてどちらか一方が避けようとしなくとも、積極的に関わりにいこうとしないだけで終わってしまうほど、細く短い糸だった。


 コスプレと、アイドル。

 たった2本の、細い線だ。


 それが、私たちを繋いでいた。でも、そのどちらも切れてなくなった。

 新しい線を引かれることは、きっと二度とないだろう。それだけ、私と天月の生きている世界は違っていた。


「……ゆい」


 部屋の壁には、ほとんど隙間なくRiLyのポスターが貼られている。

 カーテンは滅多に開けないけれど、それでも室内灯の明かりで日焼けしていく。元の色とは程遠いほど、くすんだ色になっているものもある。


 そこに映る、一番好きだったアイドル。


 天艸ゆい。


 私を、私の生きる目的になってくれた彼女は、まだこの世界に生きていた。

 それに、なんとゆいにファーストキスまで捧げることが出来たのだ。昔の私なら泣いて喜ぶ――いや、「夢でも見た? 普通にキモい」とか言ったかな。


 本当に、夢みたいな時間だった。


 でも、後悔はない。


 天月と一緒に居たら、絶対に、これからもっと辛くなる。


 嬉しいことがいくら多くとも、辛いことが一つあれば帳消しどころかマイナスだ。

 私の感情は、好意より悪意をずっと強く受け止めてしまう。この性格をなんとかしたいと思うことはあれど、きっとずっと変わらないんだろうなと思う。


 でも、だからといって、


 往年のファンのように、RiLyが解散したあの頃のように、ポスターを破り捨てたりグッズを衝動的に捨てたりはしたくない。

 だって、私がゆいを追いかけていたのは、もうとっくに過去の話だから。

 かつてゆいだった人間のことを信用出来なくなったところで、過去の私がゆいに生かされていた事実だけは変わらない。


 感情を、過去にぶちまけてはいけない。絶対に、後悔するから。


 ――それが、分かっているのに。


 どうして、溜息が止まらないんだろう。

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