第11話

「ねぇ」

「何?」

「……この配置、何?」

「え?」


 初デートよ! と張り切った天月に連れられて、近所のファミレス(ファミレスチェーンの中では一番高いやつ)に連れて来られた私は、ボックス席で何故か隣に座る天月を見て溜息を吐く。


「てかバイトないって、なんで知ってんのよ……」

「バイト先、駅前のカラオケ亭でしょ?」

「なんで知ってんの?」

「制服、家のハンガーラックにかかってたし」


 油断した。てか倒れた後に家に運ばれた経験なんてあの時が初めてだったから、油断もクソもないんだが。


「……それが分かったとして、今日バイトしてないと思った理由は? 日曜なんて学生がバイトするには絶好の機会じゃない」


 日曜の昼、ベッドで転がりながら動画サイトを見ていたら急に家に押しかけてきた天月は、私を連れ出そうとするので「バイトあるから無理」と断ろうとしたのだ。

 しかし、天月は言った。「今日バイトないの知ってるわよ」、と。


「え、だって佐藤さんあなた、日曜日はバイトしてないでしょ」

「……なんで知ってんの?」

「ほらこれ」


 そう言ってスマホを見せてくる。私のSNSアカウントだ。


「過去3年分くらいざっと見たけど、投稿時間が平日の22時以降と土曜の午前中、それと日曜に偏ってるのよね。ってことは日曜日はバイトしてないって誰でも分かるでしょ?」

「え、普通にキモい……」

「キモいとか言わないでっ!! あなたも私のアカウント見てるでしょ!? こっそり裏垢でフォローとかしてるでしょ!?」

「してねーよ自惚れんな」

「ファンなのに!?」

「ゆいのファンではあったけど、あんたのファンではねーよ……」

「えっ、えぇ……? じゃああの、最近思わせぶりな発言とかちょいちょいしてるのも、見てない……?」

「見てねーよキモいな」

「さっきからキモいキモい言わないで!? 普通でしょ!?」

「普通じゃねー……」


 そりゃ恋人のSNSチェックするのは普通かもしれないけど、私はまだ合意なんてしていない。あの日は「考えるから一旦帰って」と伝えたらあっさり帰ったし、そこから体育祭とかなんやらでしばらく話す機会もなかった。

 いや厳密にはメッセージアプリ(無理矢理友達登録させられた)で毎日大量のメッセージを送ってくるのをガン無視したりはしていたが。


「なんでも注文して良いわよ」

「どうせお嬢様ならもうちょっと派手に高いとこ連れてきて貰いたかったんだけど」


 メニューをパラりと開く。普段外食とかしないかよく知らないけど、ファミレスにしてはたぶん相当高い。ランチで2000円くらいか。


「え、別にそういうお店でも良いけど、ランチで最低1万円くらいするお店で料理名見て何が出てくるか分かる? お作法教えないでも大丈夫?」

「……日本語ならワンチャン、あるか?」


 1食1万円、日本語でも自信ないわ。絶対知らない漢字とか食材とか料理名書かれてる。作法の方はさっぱり分からん。あれだよな、飲んじゃ駄目な水があるんだっけ。


「お父さんと毎月行ってるのは、代官山のイタリアンね」

「あーはいはい無理、なんかドレスコードとかありそう」

「ない……こともないかも。上下ジャージとかで来てる人見たことないし」

「上下ジャージで悪かったな。嫌なら最初から予定入れてろ」

「そうしたら断ったでしょう? 無理矢理バイト入れたりして」

「…………」

 バレたか。

「そんな格好でも浮かなくて、学生デートっぽくて、近くにある。……割と良い選出だったと思うけど」

「……お嬢様なのにファミレスとか入るんだ」

「友達とっ! よく行きますけど!!!!」

「あーはいはい庶民ごっこの一環ねー」


 時代物によく居るよね、偉い人が身分隠して下街で庶民のフリするやつ。

 そうは言っても、こんな格好の庶民はそうはいまい。たぶん偉い人もそういうとこからすぐバレるんだろうな。

 色付き眼鏡(本人曰くサングラスではないらしい、何が違うかは分からない)、シンプルなシャツにちょっとゆるめのワイドパンツ、あと帽子。一つ一つのパーツは、そこまで変なものではない。――こいつが17歳ということを除けば、だが。


「高級住宅街に住んでるマダムとかの格好だろそれ……」

「でもイメージは外れるから、顔知っててもゆいを連想は出来ないでしょ?」

「絶対無理」

「だから普段はこういう格好してるの」

「へー。じゃあ私この、アンガスサーロインステーキのワンポンドにする」


 お値段実に5700円。節約すれば1カ月くらい生きられる金額だ。


「自分で振っておきながらどれだけ興味ないのというか昼からすごいの行くわね!?」

「奢りって言ってたし、見た感じ一番高いのこれでしょ?」

「……ワンポンドなんて食べられるの?」

「え、知らない。多いの?」

「あなたの顔くらいの大きさよ」

「食えるわけねーだろ馬鹿がよ……」


 そんな多いんだ。肉をグラムで認識することないから知らなかった。っていうかそれ一人用じゃないよね? まさか一人用? 大食い選手か?


「大人しくこの150グラムにしておきなさい。お腹すいたらまた頼めばいいから」

「じゃ、それで」

「私は……生ハムサラダランチにしようかな」


 草に薄い肉が載ってる。それランチって言わないでしょ。


「ダイエット中のOLみたいな注文するなよ高校生がよ……」

「一日の摂取カロリー決めてるのっ!!」

「へーいくつ?」

「……900」

「多いのか少ないのかも分かんね」


 自分が満たしてるのかも分からないわ。カロリー意識することないし。

 ちょっと恥ずかしそうにしてるから、もしかしたら多いのかもしれない。


 タブレットで注文を通し、15分ほど駄弁っていると料理が並ぶ。

 折角のボックス席なのに横並びになってることに店員さんは違和感を覚えたようだが、特に何も聞かれなかった。そういう客も多いのだろう。

 私の前に置かれたステーキは、――そういえばカットもされてないステーキなんて見ることもないよななんて感動しながら、さてどうやって食べようかナイフとフォークを手に首を傾げると天月が聞いてくる。


「あーんでもしてあげましょうか?」

「いや隣じゃ出来ないでしょ」

「……それもそうね、じゃあ――」

「して欲しいって意味じゃないから座ってろ」


 向かいの席に行こうとするので、慌てて袖を掴んで止める。


「ナイフとフォークの使い方は? 分かる?」

「……右手がナイフってことくらいは」

「それだけ知ってれば充分よ」


 こんなんで高級レストラン連れてかれたら赤っ恥だったろうな。ファミレスにしてもらって正解だった。

 絶対天月には言わないけど、まぁ、こうなるのが分かっていたんだろうな。

 私の家庭事情は知らないはずだけど、あの家に住んでるのが私だけってのは、一度入れば馬鹿でも分かるはず。それどころか私が寝ている間、しばらくキッチンに居たのだ。家にある食器類や調理器具を見れば、普段何をどうやって食べてるかも察したろう。

 慣れないナイフ捌きでなんとかステーキを切り取り、ソースとか付けずにそのまま頬張る。

 ……うん、肉の味。普段食べてる冷食に入ってる小指サイズの肉とはなんか違う気がするけど、それがサイズの問題なのか、質の問題なのかは分からない。


「美味しい?」

「たぶん」

「たぶんって……?」

「あんたも食べたことないもの食べて急に美味しいか聞かれても分からないでしょ」

「食べたことないの……!? ただのステーキでしょ?」

「ないわ。牛だけじゃなくて、鶏も豚も、こんな風に焼いて食べたことはない」


 自慢出来ることじゃないけどね。だって、食べる機会なんてなかったのよ。お肉高いし、すぐ腐るし。スーパーでステーキ肉1枚買うお金で3日くらいは暮らせるわ。


「……これからいっぱい連れてってあげるからね」

「うん」

「…………あれ、行かねーよって返すところじゃないの?」

「え、いや、奢りなら行くけど、奢りじゃないならどこも行かない」

「……そう」


 意外そうな顔をして、付け合わせなのかメインなのかも分からないパンを小さくちぎって口に放り込む天月。それそのまま齧るやつじゃないんだ。なんかデカいなとは思ったけど。作法わかんねー。


「そういえば佐藤さん、セットにしなくてよかったの?」

「セットって、米かパンついてくるやつでしょ? そんな食べれないし」

「……それでよくワンポンドなんて頼もうと思ったわね」

「出来るだけ高いやつ頼んでやろうと思っただけだし」


 なんかステーキ、食べるの疲れるな。

 固いわけじゃないんだけど、噛む回数が多い。どんだけ噛んでも味するし、これが高くて美味しいってことなんだろうか。もっと安いの食べれば分かるんだろうな。

 高級料亭とか連れてかれも「草の味がする」とか「肉の味がする」くらいしか言えそうにないな。私に食レポは絶対無理だ。

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