第9話

 しばらく、まぁ5分ほど待ったろうか。暇だからSNS巡回してた。

 ようやく落ち着いたか、天月は小さく口を開く。


「……ほ、ホントに?」

「あーホントにホントに」

「軽いわね!?」

「待たせすぎ。熱冷めたわ」

「もうちょっと持たせてよ! 人が折角色々考えてたのに!!」

「そんな深く考えることないでしょ?」

「え?」

「世界中から見られなくても、あんたの身近に居る人はあんたのことを見てる。つーか目立ちすぎよ。見たくなくても視界に入るわ」


 話したこともない他クラスの女子の顔を覚えてたくらいだし。なんならあんたのクラスメイトの顔すら一人も分かんないし、もっと言えば去年同じクラスで今年違うクラスの女子の顔すら覚えてないけど。


 ――それでも、天月麻衣の顔は、知っていた。


 それほど、こいつの顔は常人離れしていたから。

 優等生とか、お嬢様とか、それは些細な属性に過ぎない。

 とにかく、とにかく、とにかくとにかくとにかくとにかく顔が良い。

 インターネットに居たら、それは『数多いる美(少)女の一人』になるかもしれないけれど、現実世界に居たなら、それはオンリーワンの存在だ。


 きっと同級生たちは、卒業してからも天月麻衣のことを忘れないだろう。

 男子たちは、いつかどこかで会えるかもなんて、そんな淡い期待をしてしまうだろう。

 運命的な再会とか、期待しちゃうかもしれない。

 こいつは、それほどの存在だ。胸のサイズなんて、脱いだら分かる補足事項でしかない。


 日本中に何百人何千人と居るアイドルだって、インターネットの海に、芸能界の大海には埋もれてしまうけれど、そのレベルの顔面を持つ女が同級生に居たら、それは日本一の可愛さといっても過言ではない。

 身近なところに居れば、ブスでも美女になる。オタサーの姫とか見れば分かるでしょう。

 最初からずば抜けて可愛いこいつが身近なところに居たら、有象無象のアイドルでは話にならない。それこそ、アイドル界の頂点に位置するような、そんなグループでようやく並べる程度だ。


「……あんた、本当に分かってないのね」

「な、何を……?」

「身近なところに居る女は、画面の向こうに居る女の何倍も、何十倍も可愛いの。消費されるのは今だけ? ……バッカじゃねーの。芸能人でもあるまいし、消費されるのを当然と考えんな。人間は消耗品じゃないのよ」

「で、でも……、でも、違うの、違うの! 私は、だって――」

「あんたは、」


 ここまで言って分からない女は、そうはいない。

 本当に、根っこの方が常人離れしている。顔とか、体つきとか、そういうのは些細な問題だ。一体どんな風に育ってきたんだろう。いや、それか、他人より優れていることを幼少期から自覚していたせいで、こうも歪んでしまったのかもしれない。

 その歪みを正すべき人間がこの世に居るとしたら、それはきっとこいつの彼氏とか、旦那とか、そういうのかもしれないけれど。


 ――私は、言うわよ。


 なんせ、性格が悪いからね。


「あんたは、天月麻衣は他人の奴隷なの?」

「…………え?」

「違うでしょ。あんたほど自由に生きられる人間はこの世に居ないくらいの自由人。


 生まれた時から詰んでた私。


 両親がどちらも不倫して、どちらからも要らない子だと捨てられた私。


 愛想が悪くなったのは、いつからだろう。


 ――ひょっとしたら、最初からだったのかもしれない。

 佐藤音花という人間は、生まれたその瞬間から、失敗作だ。


「私は、佐藤音花は社会の奴隷よ。両親に捨てられて、頼れる親戚も居ないまま、生きることを優先するしかなかった。でも、」


 だから、


 だから、ゆいに憧れた。


 同い年の天艸ゆいが、誰よりも自由に振舞う姿に。

 ゆいが世界を塗り替えていく姿を、ずっと、ずっと応援していたかった。


 ――けれど、

 社会の構成員となってしまったゆいは、どう足掻いても社会からは逃げられなかった。


 いくら彼女が純粋でも、どす黒い芸能界と、無関係ではいられなかった。

 たった1年と少しの間に、これから訪れたであろう明るい未来全てを消費し尽くして、天艸ゆいは芸能界から姿を消した。


 これから、もっと輝くはずだったのに。

 アイドルを引退しても、未来があったはずだ。女優になるとか、歌手になるとか、アイドルグループの末端より、もっともっと明るい未来があったはずなのに。


 全てを失った天艸ゆいは、まだこの世に残っている。きっと未練を残して、生きている。


 私は、根っからの消費者だ。

 他人を消費するのを、他人が花火のように派手に燃え尽きるのを、悪いなんて思わない。


 でも、そちら側に行く奴を、止めることくらいは出来る。


「あんたは、天月麻衣は、違うでしょうが。あんたは、ただの人間ヒトよ」


 人は、見ず知らずの他人に消費される必要なんてない。


 他人から飽きられる必要なんてない。


 10年とかいう定められた時間を、必死に生きる必要なんてない。


 天月麻衣は、ただの人間ヒトだ。

 それを今、私が証明する。


「…………私は、」


 涙を堪えるように鼻を鳴らし、天月麻衣ただのヒトはか細い声で言う。


「本当に、あなたの傍にいても、良いの?」

「ん? まぁ、うん」


 別に私の傍である必要はないけど、まぁ横並びライン上では消費者という同軸ではあるか。


「どうして、どうして? あなた、私のこと、好きじゃないでしょう?」

「どうして……、んー、どうしてだろうなぁ」


 天月麻衣に、そこまで思い入れはない。天動りりだってそうだ。

 他人に興味がない私が、ここまで思い入れる相手なんて居ない。なのに、どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。


「……あんたが、好きだった人に似てる気がするの。なんとなくね」


 どうして、そう思ったのだろう。

 天月麻衣と天艸ゆいは、全てが違う。ゆいは優等生キャラじゃないし、お嬢様でもない。


 顔が違う、目が違う。表情だって、こんな自信なさげな顔は、ゆいは絶対にしない。


 でも、ひょっとしたら。

 ひょっとしたら、アイドルにならなかったゆいは、こうなったんじゃないかって。


 そんな風に、感じてしまったのだ。


「…………好き」


 ぼそりと、しかしハッキリ聞き取れる声量で、天月は呟く。


「ん?」

「付き合って」

「はぁ????」


 あれ、何言ってんだこいつ。

 目を潤ませ、椅子から立ち上がり、私の方に近づいてくる。

 待て、逃げ道がない。ベッドから逃げたところで、出入り口は天月の背後にある扉一つだけ。いやギリ窓がある? 流石に飛び降りる元気はない。


「頭おかしくなった?」

「なってない」

「じゃあ何言ってんの? 変なキノコでも食ったか?」

「食べてない!!」


 ついに私の傍に辿り着いた天月は、逃げようとしていた私の肩を掴み、押し倒すと――


「んむっ……」


 唇を、奪われた。


 鼻が、歯が当たって、痛い。


 口内を貪るように天月の舌が動いてくるので、シャットアウトしようと歯を閉じても、無理矢理舌でこじ開けられる。

 力が強い奴はベロ力も強いのかよなんて、そんなことを考えながら――、

 成すがままにされてるのはおかしいだろと、腹を蹴り飛ばしてやろうと足を動かすと、予知してたかそれとも見えていたのか、ベッドに乗り足を器用に使って私の足を抑えてくる。

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