第8話
「たぶん、私の語彙力じゃあんたを納得させることは出来ない」
「…………ねぇ、」
「何?」
「これから、どうすればいいと思う……?」
「知らんがな」
マジで知らん。人生相談は親とか、あとは進路相談の先生とかにしてくれ。
私とかどう考えても人生相談向きの人類じゃないわ。他人に興味なさすぎるから絶対適当なことを言う。今もまさにそうだし。
「私が友達と思っていた皆は、私のことを友達と思ってなかったの……?」
「良い人とは思ってたかもしれないけど、友達と思ってたかはどうだろ。あっ、待て、聞くなよ、私とあなたは友達ですか? とか」
「どっ、どうして!?」
今真剣な顔してスマホ握りしめてたからだよ。いきなりそんなメッセージ送られた奴の気持ちを考えてみろ。愛の告白じゃなかったらただのメンヘラなんなんだよ。
「これまで、私みたいに話せる相手、ひとりも居なかったの?」
「……昔は、居たのよ」
「じゃあそいつに連絡取れば? んで相談すればいいじゃない」
「でも……」
「死んだわけじゃないんでしょ? 絶交とかも、あんたならたぶんしないでしょ。連絡しづらい理由でもあるの?」
「……もう、家庭も持ってるし」
「結構上じゃねえか」
まぁそうか、ナツメもそうだけど、ある程度年上だったら思春期のモヤモヤに経験があったりして、対応が上手かったりする。天月の友人もそうなんだろう。
「しっ、心配なの! たぶん嫌がったりはしないでしょうけど……」
「何が?」
「私が親友と思ってるだけで私のことをなんとも思ってなかったらどうしようって……」
「あー……」
それは悪いことをしたな。たぶん、腹割って話せる相手とこいつが認識している以上、その人も天月のキャラを正確に理解した上で応対していたはずだ。ならこういう相談にも親身になってくれると思うのだが、ちょっと脅しすぎたかな。反省反省。
「ねぇ」
「……何」
嫌な予感しかしない。
「……着いてきてくれる?」
「え、嫌ぁ……」
本気で嫌すぎてドン引きしちゃった。あーあ予想通りだよ。
「どうしてよ!?」
「なんで私がその場に着いてくのよ……マジで1ミリも関係ないじゃない……」
「あっ、あるわよ!?」
「ない。絶対ない」
「こんな風に話せる相手が他に居ないんですって、話してるとこ見せられるし……」
「それなら逆のパターンでもいいだろがよ」
「そっ、それはその子に悪いでしょ? もし向こうが私のことを親友と思ってたらすっごく失礼なことをするわけだし……」
「私には失礼と思ってねーのかよ」
「お、思ってるわよ!? ちょっとくらい!」
「ちょっとて」
結構いい性格してんな。ブーメランになるから言わないけど。
「てかその人も、久し振りに連絡してきた友人と遊ぶ約束して、愛想悪い女子高生連れて来られたら普通に迷惑でしょ」
「…………そんな人じゃないと思うけど」
「じゃあ私居る必要ないでしょ、一人で行け一人で」
「いっ、嫌! 怖いもの!」
「私のがこえーよ。なんでいきなり知らない人と話さないといけないのよ。仕事でもあるまいし……」
「仕事なら良いの?」
「そりゃお金貰えるからね」
カラオケ屋のアルバイトは、あまり喋る機会が無いとはいえ接客業だ。そりゃ知らない人と話す機会はあるし、あんまり態度悪くしてたらクビにされるから愛想もふりまかないといけない。まぁ「笑顔、あんまり得意じゃないのかな?」って店長に言われたけど。
「…………ねぇ」
「何」
嫌な予感がする。
「お、お金、お金払うから、着いてきて…………」
「え、嫌ぁ……」
「なんでよっ!? お金貰えるならいいんじゃないの!?」
「お金貰って知らないおじさんと話すの、それ世間ではパパ活って言うのよ」
「女よっ!!!!」
「じゃあママ活ね」
「親友だって言ってるでしょう!?」
「本当に親友なら無関係の他人巻き込まずに二人きりで話せよ……」
「あなたも親友でしょっ!?」
「え?」
「……えっ?」
「……ギリギリ同級生くらいじゃない?」
「有効範囲せっまいわね!? っていうかギリギリって近いの遠いのどっち!?」
「言わないでも分かるでしょ」
「そ、そうよね」
「遠い方よ」
「近い方よ!!!!」
ばんっ。机を叩くな机を。アクリルスタンドが揺れる揺れる。
「同級生なのはギリギリじゃなくてまごうことなき事実よ!?」
「えぇ……、でも『天動りりと同級生で正体も知ってる』なんてネットに書いたら「妄想乙」「嘘松」「目立ちたがり屋のゴミレイヤー」って叩かれてネットリンチに遭う自信あるから極力同級生ってことも公表したくないんだけど……」
「悪意の想定がいやに具体的ね……」
叩く側だからな。
「なんか、スケールも違うし」
「それはあなたが小さいだけでしょ?」
「は? 乳捥ぐぞ」
「今の胸の話だったの!?」
「全体的なサイズ感がどう考えても同級生に見えないつってんの。あんたあれでほんとに10代?」
「えっ」
頬を赤らめられる。
「褒めてねーよ老けてるつってんの」
「老けてないしっ!!!!」
「あのボイン、間違えた胸、いつからああなの? 昔から?」
「……中学くらいかな」
「中学から身長伸びてない私ディスってる?」
「違いますけどっ!?」
「ソレ、デカくなってんでしょ、1年ごとに1サイズアップくらいしてそう」
「……え、分かるの?」
「マジかよ適当に『天動りり 乳』で検索して出てきたツイート読んだだけなのに……」
「変な検索しないでよ!?」
「あの身体でどんどん乳だけデカくなる奴普通居ないから豊胸疑惑が……」
「してないからね!? 真っ当に成長してるだけ! 身長も伸びてるし!」
「……そのうち頭よりデカくなりそう」
「なるわけないでしょ!?」
「でも1年1サイズデカくなってたら、あと5年くらいで頭超えるんじゃない?」
「その前に成長止まると思うけど!?」
「……高2で成長止まってないのって普通なの?」
「…………」
おい哀れみの目を向けるな。私の身長は中1で止まったわ。なんなら身長以外も全部ね。
「……あげよっか?」
「要らねーよ重そうだし……」
「重いわ」
「捥げ」
「無理よ!? 何言ってるの!?」
「いつ乳首権発行するの? その時はファンサイト入ってあげるから教えてね。ちゃんと無断転載しまくるから」
「犯罪予告しないで!」
「そのデカ乳を見せびらかさないのは世界の喪失とかそんなこと言ってなかった?」
「そこまでは言ってないし手段が姑息……ッ!」
「まぁ、でもそうね。デカ乳には見た人を幸福にすることが出来るでしょうね」
「……そ、そう?」
照れるな照れるな。
「だから中途半端な着エロ路線やめてちゃんと乳首出した方がオタクは幸せよ」
「私の幸せは!?」
「たくさんの人に見てもらうことで幸福を感じる性質を持ってるなら……、幸せになれるでしょうね」
「そこまで聖人じゃないんだけど!?」
「でも逆に、なんであそこまで脱いでんのに乳首出さないの? 布1枚なんてあるのとないの変わらないでしょ」
「結構重要でしょ!? あと水着のこと布一枚って言うのやめない? 私下着は見せたことすらないんだけど!!」
「え、でも『天動りり エロ』で検索するとイベントでローアングラーから撮られたパンツ写真結構出てくるけど」
「なんて検索してるの!? 思春期の中学生!?」
なお嘘ではない。それも見せパンじゃない本気パンツっぽいやつ。
ローアングラー――その名の通り地を這うミミズのような姿勢で撮影したがる、コミケとかデカめのコスイベによく出没するモンスターだ。
レイヤーのパンツを撮ることで栄養補給をしていると言われており、その多くはネットに
天月もミニスカの時は見せパン履いてるみたいだけど、ロングスカートだったりショーパンの時は油断してるのか、よく撮られてる。
撮った写真だと真っ暗にしか見えなくても、明るさ調整したら割とパンツって見えるのよね。特にショーパンね。しゃがんだりすると普通にパンツ見えるの。
「……そもそもの話、していい?」
「何?」
「18歳未満は成人向けコンテンツの頒布が出来ないわ……ッ!」
「あー……」
言われているとそうだな。でも――
「あんたのこと18歳未満と思ってるオタク、たぶんこの世に居ないと思うけど」
「そこまで!? ちょっとくらいは居るでしょ!?」
「いや、流石にこの身体で17歳はないわ。あ、いや、まだ16の可能性も……?」
「……誕生日、8月1日だから、17歳ではあるわ」
「ふぅん……」
あれ、8月1日が誕生日のキャラって誰かいたような……。ま、スマホゲームのキャラとかかな。でもあんな誕生日設定されてるようなゲームしてないけどなぁ。
しっかしこいつ、こうして見ると体操服が可哀想に思えてくるな。たぶん男子は隠れ巨乳とか噂してんだろうな。脱ぐと更にすげーぞ。
ウチの高校、水泳はない(プール自体はあるが、その昔近所のマンションから盗撮されまくってなくなったという噂がある)ため、その乳をお目にかかる機会は同級生であってもあまり多くないだろう。まぁ流石に女子は知ってるだろうけど、女子って男子と違ってそういう肉体弄りあんましようとしないのよね。
「な、なに? なんか視線がやらしいけど……」
「いやぁ、18歳からデビューする女優ってこんな感じなのかなって」
「ねぇその女優って普通の俳優業よね!? アダルトなやつじゃないわよね!?」
「当たり前じゃない。さっきも言ったけど私まだ16よ」
「そ、そうよね? 普通の女優よね?」
「アダルトな方よ」
「やっぱりそうじゃない!!!!」
「田舎娘が田舎で一番だった自分の美貌を活かせるのはモデルしかないと勘違いして上京して、ファッションモデルから事務所の勧めでグラドルになって、ある程度歳行っても大して売れなくてAVに落ちる例、よく見てきたわ……」
「なんか歴史の生き証人みたいなこと言ってるけど、あなたも私も高校生よね?」
「私物心ついた時にはインターネットしてたから、インターネット生まれインターネット育ち、悪い趣味には大体インターネットで会ったわ」
「最悪すぎる故郷ね……」
だからインターネットの煮凝りみたいな性格してるって? うっせ。
「あと前から思ってたけどあんたの写真、スタジオで撮ってるのは男でしょ?」
「……どうして分かったの?」
「撮った写真が着エロに見えるか芸術品に見えるか、撮影者のチンコの有無だと思ってるから」
「ねぇ芸術品に見える方よね!?」
「そんなわけないでしょ、あんた自分の身体のこと全然分かってないのね」
「……いや、流石にあなたよりは分かってると思うけど」
違うな。全然分かってない。自分の身体がどんな目で見られてるか、正確に把握出来ていないのだ。ミロのヴィーナスとプレイボーイくらい違う。
「ねぇ君、モデルとか映像系の仕事に興味あったりしない? あっ、急に服脱いでとか言わないから! うちは安心安全なプロダクションだから!」
「……それテンプレとかあるの? 何度も聞かれたことあるけど」
「スカウトマンには透視能力があるのよ。スケベ心が見透かされたのね」
「せめて服を見透かしなさいよ!!」
「実際問題、そういうの避けてどうやって普通のモデルの仕事なんて見つけたの? どう見てもファッションモデル向きの身体じゃないでしょ」
「…………」
「あーはいはいこれもまた言えないやつねー。ほんと隠し事多すぎて話してて嫌んなるわ」
「話しても、怒らない?」
「怒るも何も、私あなたに大して興味ないから怒ることとかないわ」
好きの反対は嫌いじゃなくて無関心って知らないんだろうか。
「……お父さんに探して貰ったの」
想像の斜め上から飛んできたな。
「…………ちょっとビビるほどお嬢様でビビってるわ」
ビビるがダブった。
「そうでもしないとまともな事務所見つからなかったし」
「まぁ、そうでしょうね。あの身体見て脱がさない奴居たらそいつはただの馬鹿よ。服より乳が目立つ女に服のモデルなんてさせられるわけないし」
「…………」
「あんたのモデルとしての仕事知らないけど、向いてないと思うわよ。それともファッションモデルじゃないといけない理由でもあるの?」
想像出来ないんだけどな。別に服飾に興味あるわけでもないだろうし。
いや、可愛い服着たいって言ってたからそういう趣味はあるのか? でもモデルなんて着る服自分で選べるわけじゃないだろうしなぁ。
「あの、怒らないで聞いてもらいたいんだけど」
「だから怒らないって」
「私、可愛いでしょう?」
「…………………………………………」
よし、殴らなかった私偉い。今手に握り締めてるスマホ放り投げるところだったけど、双方に与えるダメージを計算して耐えた。具体的に言うとスマホの破損で私に入るダメージだけ、天月に与えられる気がしないから。せめて骨くらいは折れないとイーブン取れないわ。
「沈黙が長いわね」
「…………そう? で?」
「可愛さを最大限有効に使える仕事って、結局顔を出す仕事しかないと思うの」
「……………………まぁ、そうね」
「でも労働基準法で、中学生から働ける仕事って限られてるから」
「あ、そうなの? そういえばバイトって高校生からしか出来ないっけ」
「そう、その中で一番有名で、日本ではほぼそれしかないってのが、芸能関係。キッズモデルとかそういうのね」
「へー」
それは初耳。確かに高校生未満が働けないなら中学生モデルとか成立しないもんな。そういう抜け道があるんだ。
「あれ、じゃあアイドルとかは?」
なんならモデルより先に意識すべきだと思うのだが――
「…………それは、無しで」
「へー」
ま、親が許さないとかそういうのかな。小中学生アイドルとか、自分の親より年上のオッサンとかに写真撮られたり接触イベントするわけだし。許可しない親も当然居るだろう。
「春のんみたいな演技力には自信はないから俳優業とか子役方面は無しにすると、結局モデルしかなかったのよ」
「へー」
「……軽いわね。もうちょっとなんか言われるんだと思ってた」
「いや、そもそもの話聞いていい?」
「え、うん、どうぞ?」
「どうしてそうまでして中学から働きたかったの? アイドルはともかく、高校からなら他の仕事も出来たわけでしょ?」
そう、今の話で一番理解出来ないのは、そこだ。
アイドルが嫌な理由、顔にも身体にも自信があるのに俳優になりたいわけではない、そこまでは別に理解出来る。
だが、中学から働きたい理由――、そこが不明なのだ。
私のように、生活費を稼ぐため、という理由があるわけでもない。どう見てもお嬢様で、モデル事務所を探してくれるくらい子煩悩な親だ。生活費が足りないはずないだろう。
普通の人間は、中学生のうちから働きたいなんて思わない。それも、何不自由なく生きてきたであろう人間が。
「若さ、は」
「うん?」
「……有限なの」
「まぁ、そうね」
モデルがAVに落ちるのもそれだろうしな。若くて可愛い子がどんだけでも新しく生まれる世界で、若さを失えばそこに残るのは身体とプライドだけだ。残ったもので稼ごうと思えば、おのずと選択肢は限られてくる。
「私が、消費される側にいれる期間は、たぶんもう10年もない。――そう考えたら、いてもたってもいられなくなって」
「……あっそ」
「佐藤さんは、どう思う? やっぱり変だと思うかしら」
「変つーか、んー、なんだろなぁ」
ちょっと、想像以上に明るくない理由である。
そりゃあ、顔が可愛くて乳がデカい女は世界中にどれだけでも居る。前述の通り、グラビアアイドルなんてそれの最たる例だ。だが、5年売れるグラドルは居ても、10年売れるグラドルは居ない。15歳でデビューしても、10年後には25歳だ。
だがグラドルレベルの身体を持っており、コスプレというオタク向けの趣味に加え、更にそれを商売にしていない(オタクは商売にしているかしていないで評価を大きく変える性質を持つ)、自分に近しい趣味を持つ女。
評価爆上がりだ。神絵師なんかよりよっぽど希少な存在。コスプレイヤーとして人気になるのも頷ける。
だから、露出コスプレ自体は、私はあまりなんとも思わない。それを金銭稼ぎに使わないというのは、年齢的な制限があるからというのも、まぁ理解出来る範疇にある。
――しかし、だ。
「別に、消費される必要はないじゃない」
視点が、おかしい。
こいつのそれは、オタクの、消費者の目線とは違うのだ。
「…………え?」
「たとえば狭い世界で友達から、恋人から、家族から夫から、近い範囲で認めて貰えば、可愛いって言って貰えれば、それだけで十分だと思うけど。それともやっぱり、世界の損失とか、まだそんなこと考えてる?」
「え、いや、だって……」
「あんたが顔を見せなかったところで、あんたが乳を見せなかったところで、世界は何も損失なんてしない。皆の興味が次の露出レイヤーに移るだけよ。それでも、」
――それでも、
天動りりが、コスプレをするというのなら、私は知らない。でも、
でも、
「それでも他人から肯定されたいって言うんなら、私が肯定してあげるわ」
天動りりの存在は、
天月麻衣の存在は、
私にとって、酷く歪で綺麗なガラス細工のようなものだ。
ガサツな私が触れたら、壊してしまうかもしれない。
今もまさに、彼女の価値観をぶち壊してしまおうと、彼女の周りの人間は絶対に言わないようなことを、言おうとしている。
「あんたの性格も、その性根も、本当に気に食わない。絶対好きになれないわ。けど、顔と身体は日本一よ。……これでいい?」
嘘ではない。
ここに天艸ゆいが居たら、私はきっと違うことを言うだろう。
でも、彼女はもう、ここには居ないから。
私たちが、たった1年と少しの間に、消費しきってしまったから。
天艸ゆいが表舞台に立つ日は、二度とない。だから、彼女の居ない世界で、私は彼女の代用品を求め続ける。
――それがこいつなら、まぁ、悪くはないんじゃない?
「それとも何? やっぱり大勢から肯定されないと自意識を保てないタイプ?」
「……え、や、あ、……え?」
酷く顔を赤らめて、
私から目を逸らして、
両手で顔を覆い隠し、俯いて、天月は声にならない声を漏らす。
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