第7話


「あの子は、天艸ゆいはもう居ないの。今この世界に居るのは、かつて天艸ゆいだった女の子だけ。っていうか、あのさ」

「……何?」

「今も芸能活動続けてんなら、ネットに情報出回らないわけないでしょうが」


 仮に見つからない場所があるとしたら、カラコン入れてほとんど別人に化けるコスプレの世界くらいである。

 もちろん、彼女がすぐにコスプレを辞めている可能性もあるだろう。なにせ中学生、可能性の塊だ。やりたいこと、なんだって出来る歳である。


「純血の日本人で碧眼なんて、たぶんこの世で彼女だけよ。メイクでちょっと顔変えた程度で別人になるはずないじゃない」

「……それは、そうね」

「だから、天艸ゆいはもう一般人なの。一般人になった彼女のことを下賤に嗅ぎまわるのは、私の趣味じゃないわね」

「…………」


 私の覚悟を少しでも理解出来たか、俯いた天月は静かに「そうね」と呟いた。

 天艸ゆいのトレードマークだった青色の目は、本当に、日本人離れした色だった。

濁りもなく、混ざりもなく、純粋な空の色スカイブルー。それに合わせて髪色も明るく染めることが多かったが、茶色くらいが一番似合ったのよね。そう、ちょうどこのポスターの頃。


「……ごめんなさい」

「分かれば良いのよ。ってかあんたさ」

「なに?」

「いつまで居る気なの?」

「……帰った方が良い理由でもあるの?」

「別にないけど」

「なら、もう少し居るわ」

「つまり暇なのね」

「暇だから話してるわけじゃないんだけどっ!?」

「え?」

「……え?」

「じゃあ、何? 弱味でも握りたいの? これ以上?」


 ちょっとドン引きだな。コスバレして、ドルオタ(元だが)もバレて、あとついでに言えば貧弱なのもバレてるし、男っけゼロなのもまぁバレただろう。この家見たら、来客を想定してないことくらい馬鹿でも分かるわ。


「…………あの、佐藤さん?」

「何」

「友達と特に用なくお喋りしたり、しないの……?」

「馬鹿にしてんのか。するわ。


 具体的に言うとナツメくらいだけど。


「……なら、私は?」

「露出レイヤー」

「もうちょっとなんかあるでしょ!? あなたにしか話してないこと結構あるんだけどっ!」

「そうなの? 優等生は隠し事が多くて大変ね」

「……あなたは隠す相手も居なくて楽そうね」

「えぇ」

「もうちょっとダメージ食らいなさいよ……」

「だって事実だし」


 ぶっちゃけ、私のコスプレ趣味がクラスにバレたところで、誰とも話さない陰キャが気持ち悪い趣味を持っていた、と思われるだけで終わりである。

 既に底辺である以上態度が変わるとも思えないし、そんなネタで弄ってくるほど私に興味がある人も居ない。


 小学校から高校まで同じ学区内で通ってるから、私のことを知っている同級生もそれなりに居る。

 昔は男子女子問わず弄られた記憶はあるけど、ずっと無視してたら気付いたら誰も関わらなくなってたっけ。虐めの標的になることもなかった。リアクションなくてつまらないからでしょうね。


「てかあんた、どうしてコスプレなんてしてんの?」

「どうしてって、……コスプレに理由なんてあるの?」


 首を傾げられる。どうやら本当に私が何を言ってるか分かっていなそうだ。

 隠れオタクだからこっち側の認識もちょっとはあると思ったのに、本当に『陽』の存在なんだな、こいつは。


「……あんたならモデルでもグラドルでもなんでも、顔と乳出しゃ売れるでしょ」

「ナチュラルに暴言吐いてる自覚ある?」

「露出コスプレなんて、しても自尊心高まるくらいじゃない。それでお金稼いでるわけでもないみたいだし」

「……前も言ったと思うけど、趣味よ」

「人前で服を脱ぐ趣味? やっぱり痴女なのね」

「だから違うって!! 可愛い服を着たい方が、しゅ、みっ!!」

「ならなんで脱ぐのよ……、着るのと逆じゃない……」

「…………」


 おいここで黙るのかよ。まさか脱ぐ理由ないのかよ。


「……私、まぁまぁ良い身体してると思わない?」


 体操服で煽情的なポーズをされ、溜息で返す。


「今溜息吐いたわね!?」

「売れないグラドルがSNSでキモオタ相手に営業してるみたいに見えちゃって、ごめんなさいね売れないグラド……露出レイヤーさん」

「あんまり変わってないわよ!?」


 今気付いたけど、私も天月も体操服のままだ。制服どこにあるんだろ、もしかして更衣室に置きっぱ? 取りに行くのめんどくせー。でも明日体育祭だし別にこのまま登校してもいっか。


「折角だし、見せないと損かなって……」

「その異常に高い自尊心どうなってんのよ……、自意識過剰の魔物かよ……」

「人のことを魔物呼ばわり!?」


 自意識過剰なんて優しい言葉では表せない。こいつは露出狂のように人に見られたがってるわけでも、コスプレで数少ない自尊心を高めようとしているわけでもないのだ。


 ――損だと、そう言った。

 つまり天月は、自分の身体を見せることで他者が得をすると思っている。

 怖すぎる。何それ。陰キャと真逆どころじゃない。自分に他者を、世界を変える能力があるのだと、本気で考えているのだ。


 しかも、その顔と身体だけで。

 一体全体、どれだけ愛されて育ってきたんだろう。

 他人の悪意を感じないわけではないだろうが、それでもこいつの本性は『善』、つまり善きことをしているのだと信じている。


「ちょっと、世界観が違いすぎて眩暈が……」

「そこまでじゃないでしょう!?」

「脳内お花畑のお嬢様と思ってて、ごめんなさい。あなたの脳は天国かどこかにあるのね」

「もう馬鹿にされてるかも分かんない……っ!」


 憤りで地団太を踏む様子を見るに、会話が成立してないわけではない。なのになんだこの世界観の違いは。明らかに私が住んでる世界と常識が違う。


「あんた、それで本当に友達付き合い出来てる? 皆上っ面の会話しかしないんじゃないの?」

「……え?」

「よく知らないけど、陽キャにもの奴はそう居ないでしょ」

「…………」


 適当に言ったが、しかし思い当たりでもあるのか、天月は口元に手を当て静かになる。

 食器をベッドに置きっぱなしにしていたのでようやくベッドから降り、流しに置いて戻ると、心配そうな顔をしたで見上げられる。


「……図星?」

「…………そういうものだと思ってたんだけど、違うの?」

「いやあんたの友達付き合い知らんけど……」

「さっ、佐藤さんは!? お友達とこんな風に話したりするの!?」

「え、うん。隠し事はそりゃあるけど、話す時はこんな感じよ」


 まぁ、こんなノリで話しても愛想尽かさないでいてくれるの、ナツメくらいなんだけどね。

 ナツメの友達くらいの距離感だと、ナツメが一緒に居たら三人で話すけど、居なかったら二人して無言になるくらい。タイマンで会うことはまずないわ。


「……私、もしかしたら友達居ないのかも……」

「勘違いね」

 馬鹿じゃねーの。

「どうしてっ!? こんな風に本気で話せる人、これまで居なかったのよ!?」

「そりゃそうでしょ……」

「……どういうこと?」

「あんた、隠し事が多すぎるの。どうせ私にもまだまだ話してないことあるでしょ? それなのにどっから湧いてきたのか分からない異常に高い自尊心、……普通に怖いわ」

「普通に怖い!?」

「自尊心の源流が分からないから怖いの。理由があって殺人をする殺人鬼は怖くないけど、特に理由なくそのへん歩いてる人に包丁を刺す人は怖いでしょ? そういうことよ」

「理由があっても殺人は怖いけど……、そういうことなの……!?」


 あぁ、やっぱ分かってないんだなぁ。

 人は、よく分からないものを恐れる生物だ。それは何百、何千年前から変わらない。


 古くは、自然災害すら神からの罰だと恐れたというのだ。理解出来ないものは、それほどまでに恐ろしい。

 例えば私は、避けられてはいるけど怖がられているわけではない。

 それは私が矮小な存在で、誰にも危害を加えることなど出来ないと皆が分かっているから。

 もっとも、こういうタイプが暴れる時は簡単に人を殺傷出来る道具を持ち出すものだが、流石にそこまで警戒されたことはないし、暴れようと思ったこともない。何より他人にそこまで興味はない。


 しかし、天月麻衣はどうだろう。

 真面目な優等生、間違いなくお嬢様。

 平均レベルの公立高校に通うのは、どう考えてもおかしい存在である。

 同級生からは、『お嬢様が下々の生活を見物している』、くらいに思われているに違いない。もうそれはカゴの中で飼われてるカブトムシとか、そんなレベルだ。


 わけがわからない、だから怖い。

 天月に悪気があるわけではないし、どうしようもないほどに善良だ。普通の高校生ならば、仲良くなれないわけではない。だが、一定のラインから先には絶対進めない。腹を割って話せる相手には、絶対にならないだろう。

 何せあちらは、籠の外から自分たちを観察している上位存在なのだから――

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