私も16歳

「もうっ! 大翔、いつまで寝てるの? 朝ごはん冷めちゃうでしょ〜」


 俺がいきなりのことにしばらくの間動くことも出来ずに唖然としていると、とうとう痺れを切らしたのか、茶髪で、ザ・男の理想といった体型のギャルっぽい見た目の女性……さっきからずっと俺を呼んできていた姉さんが俺の部屋に入ってきた。


「い、今行くよ!」


 一旦冷静になるためにも全ての思考を放棄して、俺はそう言った。

 ギャルっぽい見た目とは裏腹にめちゃくちゃ優しい姉さんを怒らせたくなかったっていうのと、約8年ぶりの姉さんの朝食が食べられるんだ。

 早く行かないと。


 そして、姉さんの後を追って、俺もリビングに向かった。

 ……チラッと後ろを見る。

 特に誰かがいる様子は無かった。




「姉さん、めちゃくちゃ美味しいよ」


「ん〜? どうしたの〜? いつもはそんなこと言ってこないよね〜? 嬉しいけどさ〜、なんか恥ずかしいなぁ」


 失ってから初めて気がつくとはまさにこの事で、俺はあっちの世界に行ってから、ずっとこの味が恋しかったんだ。

 あっちの世界で食ったどんな料理よりも……いや、極一部を除いて、本当に美味しい。

 ……やばい。マジで泣きそうだ。

 ただ、流石に泣く訳にはいかない。

 ここでいきなり泣き出したりなんかしたら、絶対に姉さんに心配されてしまう。……心配されても、理由は言えないし。


「……当たり前のことって当たり前じゃないんだなって気がついたんだよ」


「よく分かんないけど〜、お姉ちゃんは大翔が大人になってみたいで嬉しいよ〜。……なんか本当に気恥ずかしくなってきちゃったから〜、ちょっと早いけど、仕事行ってくるね〜」


「うん。頑張ってね、姉さん」


「大翔も学校頑張るんだよ〜。お弁当は置いてあるからね〜」


 そして、姉さんが家を出ていった。

 当たり前のやり取り……だからこそ、心が暖かくなった。




 ……うん。

 それで、姉さんも仕事に行ったところで、話題を戻そうと思う。

 ……さっき、絶対居たよな? 愛羅が居たよな?

 いや、でも、待て。俺は確実にあっちの世界に愛羅を置いてきたはずだ。

 つまり、こっちの世界にいるだなんて有り得ない話なんだよ。

 ということは……俺が愛羅のことを考えるばかりに見てしまった幻覚?

 それが一番しっくりくるかもしれないな。

 だって、何度も言うけど、ありえない事だからな。


「…………あ、愛羅? い、いるのか?」


 そう思いつつも、俺は万が一の可能性を考え、小さく、本当に小さく呟くようにそう言った。


「……何?」


 すると、当たり前のことかのようにさっきと同じように俺の目の前に愛羅が現れた。

 

「……な、な、な、何でいるんだよ!?」


「あの日から、私がヒロトの傍にいるのは当たり前」


「い、いや、それはあっちの世界での話だろ!?」


「?」


 俺の言葉に愛羅は「何を言ってるの?」と言わんばかりに小首を傾げてきた。

 惚けている……風には見えない。


「わ、分かった。……いや、何も分からないけど、取り敢えず、分かった。ただ、これだけ聞かせてくれ」


「何?」


「どうやって着いてきた?」


 こうやって目の前にいて、会話が成立……成立? ちょっと怪しいけど、とにかく、成立している以上、これが幻覚だなんて考えずらい。

 だからこそ、俺はそう聞いた。


「普通に」


「その普通にが分かんないんだよ。……と言うか、俺たち、別れの挨拶までちゃんと済ませてたよな!?」


「?」


 なんで分からないんだよ!

 え? 俺がおかしいの? 俺、てっきり別れの挨拶は済ませたとばかりに思ってたけど、本当は済ませて無かったのか? ……やばい。本当に分からなくなってきた。


「そんなことより、ヒロト」


「そんなことって……まぁいい。なんだ?」


 愛羅がマイペース気味な子ってことは嫌ってほどに分かってたし、もう今更何も言わん。

 本当はめちゃくちゃ言いたいことや聞きたいことしかないけど、何だかんだ俺は娘には甘いんだよ。


「……ヒロト、子供っぽくなった?」


「藪から棒に何言ってるんだよ」


「なんか、最初に出会った時みたい」


 ……そう言われてみると、確かにそんな気がしてきたな。

 体に精神年齢が引っ張られてるのか?


「……嬉しい」


「嬉しい?」


「……うん。だって、今のヒロトって16歳、だよね?」


「え、あ、うん。そうだけど、それが?」


「……私も16歳」


「……? 知ってるけど?」


「……同じ年齢。……これで、私の事、子供じゃなくて、異性の女の子として見てくれるよね?」


 そう言いながら、愛羅は座っている俺に向かって身を乗り出し、体を押し当ててきた。


「ち、ちょっと待て、あ、愛羅は俺の事を親のように思ってたんじゃないのか?」


「親……? そんなこと、思ったことない。……私、ずっと、ヒロトの事が好きだった。……でも、年齢も離れてるし、ヒロトは私のことをそういう対象の女の子として見てくれなかったから、ずっと一緒にいられるだけでいいと諦めてた」


 ちょっと待て。

 この世界に愛羅が着いてきてたことだけでも驚きなのに、愛羅が俺の事を異性として好き? ……ダメだ。情報量が多すぎる。


「でも、もう、歳の差なんて無いんだから、いいよね?」


 いいよねって何が!?


「い、いや、愛羅の気持ちは分かった。……で、でもな? 俺は愛羅のことを娘としか見てないっていうか​──」


 愛羅を傷つけてしまう。

 それが分かっていながらも、早めに諦めてもらった方がダメージも少ないと思い、俺は口を開いたのだが、俺の言葉に被せるようにして愛羅が口を開いてきた。


「ヒロト、顔、赤いよ? それに、ドキドキしてる。……あっちにいた時じゃ、こんな反応、してくれたこと無かったよね?」


「………………違う」


 俺は朝食も食べ終わったとばかりに体を押し付けてきていた愛羅を優しく退け、椅子から立ち上がった。


「学校、行くか」


 そして、わざとらしくそう言って、制服に着替えるために部屋に戻った。

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