5話 親友の彼氏

芽衣と出会って2年ぐらい経ったころかしら。

芽衣から、彼氏を紹介したいと言われた。

やっぱり芽衣も女性だし、しかたがない。


女友達としては続くのよね。

だけど、私だけの芽衣じゃなくなっちゃう。

そして、時間とともに彼の方が大切になっていく。

結婚し、子供ができる。


そうやって私との時間はなくなっていくのね。

私は、目に涙をいっぱいため、眠れない夜を過ごした。


「紹介するね。私の彼氏の桜井 竜也。こちらは、私の親友の一ノ瀬 瑠華。これから仲良くしていこうね。」

「よろしく。ところで、一ノ瀬さんは、彼氏はいるの?」

「今は、いないんだけど・・・。」

「竜也、女性にそんなこと聞かないの。」

「いや、でも、こんなキレイな人だったら男性が放おっておかないでしょう。」

「ありがとうございます。でも、本当なんですよ。いつも、芽衣と仲良くし過ぎだから、男性と会う機会が少なくなっていたかもしれないわね。これからは、素敵な彼氏さんができて、私と会えないなんて言われちゃうかも。」

「そんなことはないから。」

「僕は、3人でいつも会えると楽しいかな。」


芽衣は、彼に警戒の目線を送っていた。

親友に手を出さないでねという。

でも、そんなことより、私は自分の気持ちに驚いていたの。


よくわからない、不思議な感覚。

芽衣の彼を見た時、体の中からこの感情がこみ上げてきた。

この人の子供を生みたいと。

どういうことかしら。


頭で感じるというより、体の中から沸き起こってくる。

よく分からない気持ち。


彼は、とても爽やか。

体も、外から見て、かなり鍛えているみたい。

固そうな胸板、大きな肩幅。

ついつい目がいっちゃう。


声は、低すぎることはない。

とはいっても高くもなく、爽やかに聞こえた。

男性として、女性として、多くの経験をしてきた私。

今更、男性に恋するなんてあるのかしら。


でも、私の目は、彼に釘付けになっている。

彼は、輝いていたから。

芽衣には悪いけど。


彼の顔を見ると、私の方を見つめ、温かい笑顔を向けている。

そんなことはないと思うけど、芽衣より、私に興味があるの?

彼の目の奥に、私も笑顔で微笑んでいる姿が見える気がした。


そして、いつの間にか、彼が私の唇に口を重ねている姿を想像していた。

いけない、親友である芽衣の彼なのよ。

私、とんでもないことを考えている。だめ。


芽衣だって、私が彼に手をだすなんて想像すらしていないと思う。

私達の間には、そんな邪悪なものはなかったもの。


レストランの光が、彼の後ろを照らす。

本当は逆なのに、眩しくて、正面から彼を見れない。

もしかしたら、私の気持ちがそうさせている?


そう、これは私の女性ホルモンが働きかけているせいだと思う。

目の前の男性なら、誰でもいいのよ。


でも、話しも知的で、芽衣が好きになるのも分かる。

確かに今でもITが社会に影響を与えている。

だけど、それはまだまだなんだって。

これから大きく社会を変えていくらしい。


将来をみてこんなことをしたいなんて夢も語っていた。

今の私は、将来の夢を語るなんてこと忘れていた。

そして、将来の夢を語る男性に久しぶりにドキドキしていたの。


「瑠華、今、この人と一緒に暮らしてるんだけど、この人、お料理も得意なのよ。むしろ、洗い物とか、掃除とかお茶碗洗とかが私の担当で、料理は、彼の担当という感じ。こんな男性って初めてで、そこがこの人と付き合おうとした決め手かな。」

「3年も一人暮らししてれば、だれでもできるよ。そうしないと、美味しい料理食べられないし。」

「そんなことないって。男性の1人暮らしなんて、外食とかコンビニ弁当とかが多いと思うけど。」

「そうかな。」


料理もできるんだ。

なんか、私と一緒に暮らしている姿を想像していた。

でも、現実は、彼は、親友である芽衣の彼氏。


私は、暴走しそうな自分を止めていた。

彼の顔をずっと見つめながら。

これ以上先に進んじゃだめ。


でも、それから、気づくと彼のことばかり考えていたの。

どうしちゃったんだろう。


朝起きたら、彼は今、まだ寝てるのかなとか。

夕方になると、彼は仕事で疲れてるのかなとか。

休日は、彼は何をしているのかなとか、いつも彼のことばかり。


いつものように、小川に沿った遊歩道を歩くときもそう。

暖かい日差しのもとで、手をつないで一緒に歩けたらなんて。

ふと気づくと考えている私がいる。


お互いに、ほほえみながら、たわいもない話しで笑っている。

そんな姿なんて想像していた。


彼が、後ろから私を抱きしめてくれる夢も見た。

彼の手を握ると、彼は、私を振り向かせて口づけをしてくれる。


それは毎晩、エスカレートしていったの。

彼に強く抱きしめられる夢までみるようになった。


一方で、私の一番だった芽衣には関心がなくなっていた。

自分の気持ちの変化に驚いていたわ。


もちろん、女性より男性が好きになるのは当然。

でも、私達はそんな安っぽい関係じゃなかった。

心の奥深いところで支え合っている仲だったのに。


芽衣とは、それからも時々、ランチとか一緒にしてたのよ。

でも、昔と違い、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。


芽衣には笑顔で話しかけている。親友だと言いながら。

一方で、彼を奪いたいと思っている。


でも、芽衣と別れると、彼とも会えなくなっちゃう。

そう思って関係は続いていた。

私が嫌いだった女性たちと同じじゃない。


ある日、仕事が終わり、家に帰ろうと電車に乗っていた。

そんな混んでいない電車の中で、ふと彼が目に入ってきたの。

彼は、電車に揺れながら、でもしっかりと、私に近づいてきた。


これは幻影じゃないかしら。

彼が好きだから、彼の幻影をみてしまうの?

でも、目の前に彼が来て、話しかけられて、幻影じゃないと悟った。


私は、嬉しさに心臓が破裂しそうになる。

でも、同時に恥ずかしくて、下を向いてしまった。


「あれ、一ノ瀬さんだ。今、帰り?」

「あら、偶然ですね。私は帰りですけど、桜井さんも、今、お帰りですか?」

「今日もお疲れさま。」


この頃見ている夢のこともあった。

私は、恥ずかしくなって、彼の顔をみれなかった。

あいかわらず下ばかりを見て話した。


「せっかくの機会だし、一緒に飲みにでも行かない?」

「でも、芽衣はいないし。」

「大丈夫。僕らは友達でしょう。友達なら、一緒に飲みに行くくらい普通だよ。」

「そうかしら。でも、芽衣から怒られるかも。」

「僕から、芽衣には言っておくから。」


なんとなく強引に誘われ、断りきれなかった。

山手線を途中で降り、気付くと表参道に連れて行かれていた。

いえ、一緒にいたかったのは自分だということは気づいていたわ。


表参道の道を街灯が照らす。

いつも見ている道よりは輝いているように見える。

横を通り過ぎる人たちも、笑顔で楽しそう。

そのような風景を見ている私の気持ちを表しているみたい。


「どこに行こうか?」

「桜井さんは、どこがいいですか?」

「そうだね。じゃあ、僕が知っているお店にするね。着いてきて。」

「ええ。」


表参道の駅から5分ぐらい歩いたところ。

隠れ家のようなお店でに入った。

雪で作ったかまくらのような個室があるお店。


そのお店では、見た目が美しい和食がいただけたわ。

さすが桜井さんのセンスはいい。

そう思って、気持ちは高まっていった。


「一ノ瀬さんはお酒が強いんだよね。じゃあ、今日は飲み明かそう。」

「そんなに強いってわけじゃないですけど。」

「遠慮しないで。ここは、美味しい地酒も揃ってるから。」

「じゃあ、少しだけ。」


今夜も、彼の話しはとても知的だった。

私の目は、ずっと彼の顔に釘付け。

そして、少し酔っ払ったのかしら。

いつの間にか、彼は、私の横に座っていた。


「瑠華さんって、本当に美人だよね。」

「そんなことない。」

「謙遜しなくていいんだよ。」


そう言って、私の手に彼は手を重ねてきた。

いきなり、芽衣の睨んだ顔が浮かんだ。


「芽衣に怒られる。」

「僕は、君の魅力に勝てないんだ。」


その後の記憶はない。

朝起きたら、彼と一緒にベットで寝ていたの。

それも、下着もつけずに。


え、どうしよう。

芽衣に、なんて言ったらいいのかしら。

でも、私は、幸せな気持ちを抑えられなかった。

彼の寝顔を横にして


「あれ、起きたんだね。おはよう。」

「おはよう。昨日、私、どうしちゃったんだろう。覚えていない。」

「あのお店で、だいぶ酔っ払ったようで、タクシーでここまで来たんだ。覚えていない?」

「うん。」

「でも、瑠華さんと一緒に素晴らしい夜を過ごせたよ。」

「芽衣に怒られる。」

「芽衣とは、別れようと思っていたところなんだ。」

「そうなの。でも、私、芽衣とは親友だし。」

「僕が謝るよ。瑠華さんと会ってから、ずっと瑠華さんのことしか考えられなくて、この日が来るなんて夢のようだ。」

「でも・・・。」


竜也は、私を強く抱きしめた。

私も、もう抗うことはできずに竜也に唇を重ねた。

芽衣の顔を思い浮かべ、ビクビクしながら。

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