第3章 業火のレクイエム

1話 飛び降り自殺の後

私は、ビルの屋上から飛び降りたはず。

あの、体全体に響き渡った衝撃はまだ感じている。

でも、今は、ワンルームの1室で朝日を浴びて目覚めた。


これは、あの感覚よね。

だって、今は、体のどこも痛くなし、病院じゃないもの。

また、他の人として生まれ変わったんだと思う。


鏡をみると若い男性が見える。

風貌は、どこにでもいる男子高校生。


カバンの中からは、地方の高校2年生という学生証がでてきた。

今回は、男性として生活を始めるのね。

転生を、またかと当たり前に受け止めている自分には驚いていた。


でも、どうして私にこんなことが何回も起きるのかしら。

それとも、周りにいる人たちもみんな転生して黙っているの?


もう体が変わるのは何度目だったかしら。

どういう意味があるの?


自殺してまた人生をリセットしてやり直せる。

他の人から見たら、都合の良いことと思うでしょうね。

でも、もう生きるのに疲れたの。


しかも、これまでの人生を飛び越えて体に入り込む。

それに付いていくのも大変だし、楽しい人生ばかりじゃない。

むしろ、苦労している人に入り込むことが多いし。


その時、下の方から声が聞こえた。


「隼人、夕食できたわよ。降りてきて。」

「はい。」


母親だろう。ここは2階なんだと思う。

階段を降りた所に小さなキッチンがあった。

小さな木造の一軒家のようね。

だいぶ古い。


「隼人の好きなハンバーグよ。明日から二学期だけど、頑張ってね。」

「お母さん。」

「どうしたの。いつも、ママって呼んでるのに。」

「ああ、ドラマ見てて、言い方が移っちゃった。ママ、パパの帰りは遅いの?」


ママの顔が凍りついた。

変なことをいってしまったのかしら?


「本当に、今日はどうしたの? パパは別の女性のところに出て行っちゃったでしょう。寝ぼけてるの?」

「ごめん。そうだった。でもおいしそう。いただきますね。」

「ええ、心配させないでね。」


シングルマザーで私のことを育てているようね。

大変なんだと思う。

顔のシワひとつひとつに苦労が滲む。


いつも、こんな感じ。

どのような環境にいるのかを手探りで調べる。

今回は、それほど嫌われずに大体の家庭環境が分かって良かった。


目の前の女性からは、息子を暖かく見守る母親が見えた。

今回は、穏やに過ごせるかもしれない。


その晩は、お風呂にゆっくり入り、ベットに横になった。

裕福な家ではないけど、こんなに穏やかな時間は久しぶり。

静かに、何もない時間が過ぎる。

何もない時間がこんなに安心できるなんて。


朝起きて、キッチンに向かうと、朝ご飯がテーブルに置かれていた。

先に出るというメモと一緒に。

私を育てるために、朝早くから仕事をしているのね。

この体では、ママは大切にしよう。


まずは高校に行ってみたの。

まだ暑い朝だった。

男子校に向けて歩くだけで汗でびっちょりね。


男性として高校に通うのは何年ぶりだったかな?

100年ぶりぐらいだと思う。

もう、あの頃の記憶はほとんどない。


でも時代は戻っているから、昔いた頃の雰囲気とは変わらないと思う。

なんか、みんなに活気があった頃。

明日には、今日よりもいい時間が待っているという雰囲気。


クラスでは、2学期が始まり、穏やかな空気が流れる。

大勢の男性がいて、汗臭い匂いが充満する。


久しぶりに男子トイレに入るのも懐かしい。

クラスメートから話しかけられる。

他愛もないバカな会話。


「今朝、電車でいけてる女子高生達がいてさ、整形がやばいって話していたんだよ。」

「豊胸とか? 胸から詰めたものが漏れ出したなんてきもいじゃん。」

「そうだよな。それでさ、続きを聞いていたら、みんなも今回はやばいって言っててさ。」

「今回は? なんか、みんなで整形したのか?」

「それがさ、次の政経のテストがやばいって。」

「なんだよ。そっちの政経かよ。意味ありげにいうから、引っかかったじゃないか。」

「ごめん、ごめん。でも、その子の胸がさ、大きいの、大きいのって、ブラウスのボタンが弾けて飛んでいきそうなぐらいだったから、すっかりあっちの整形かと思ってさ。」

「そんなにすごかったのか。見たかなったな。」

「あれは、Fカップじゃないか。」

「ウヒョー。そそるね。そう言えば、この前、電車で座っていたら、向かいの席にミニスカートのギャルが座ってさ。パンツが見えそうで見えなくて、頭を下げて見ていたら、睨まれちゃってさ。」

「お前の方が羨ましいじゃないか。」


永遠とくだらない話しが続く。

そう、こんなバカな話しの方が気を遣わなくて楽。

男性の話しって、そういえば、こんなんだった。


隣の男性がオナラをして、周りが臭いって笑いながら騒ぐ。

なんか、臭いけど居心地がいい。


「前から話してる俺の彼女なんだけど、この前、付き合って長いし、もういいだろうって言って、おっぱい触ったんだ。」

「それで、どうなった?」

「怒ると思っていたら、ありがとうって喜んでた。少し前に、頭撫でたら、すごく怒ってたのに。意味分からねえよな。どこに、怒るボタンがあるんだ?」

「確かに。捕まらなくて良かったな。」

「でも、おっぱいって、バスケットボーみたいに硬いと思ってたけど、フニャって感じで、すごく柔らかくて、ビックリ。あんなんだって。」

「俺も触りたい。」

「捕まるなよ。いつ怒り出すか分からいんだから。」

「ああ。そういえば、俺の彼女が、どっちの服が似合ってるって聞くから、白いワンピースの方がいいって言ったら、急に機嫌が悪くなってさ。聞かれたから、思ったことを言っただけなのに、女って、本当に、何考えてるのか分からないよな。無視しても怒るし。」

「本当にそうだ。よく分からない生き物だよな。」


私は、そんな女性たちの気持ちはわかるけど、わかんないのかな。

でも、本当に楽しそうに会話が続く。

何も考えてないんじゃないかと思う単純な会話。

脳が筋肉でできてるんじゃないかと疑っちゃう会話が。


でも、女性のようにマウントを取ったり、笑顔で牽制し合うような会話じゃない。

ただ、裏表がなく、思ったことを素直に話してる。

男性って、本当に子供のようで清らか。

悪意がない。


この生活は心穏やかに過ごせそう。

クラスメートはみんないい人ばかりだった。

教室は、明るい笑い声に溢れていた。


久しぶりに穏やかな時間。

心が傷ついたり、警戒したりしなくても、ありのままでいられる時間。

この世界なら、やっていけるかも。


授業が終わり、私は声をかけられた。


「隼人、クラブに行くぞ。」


どのクラブか分からなかったけど、着いていくしかなかった。

行く先には、陸上部の部室があったの。

かなり匂いはきつい。


私のシューズやウェアはロッカーにあった。

バスケットとかテニスとか、テクニックが不要な部活でホッとしたわ。


そして、練習が始まった。

すぐに5kmのランニング。

疲れたけど、体は走り込んでいたのか、それほど大変でもなかった。


クラブの帰りに、みんなでアイスを買って一緒に食べる。

笑って、たわいもない会話をしながら。

本当に、居心地がいい日々が過ぎていった。


でも11月になり、転校生が入ってきて、雰囲気は一変した。

目の鋭い、荒れたタイプの転校生。

言葉数は少なく、いつも誰かを睨んでいる。


近づくと、闇の深さに凍りつく。

言葉数は少ないけど、一言で周りは体がこわばる。

静かに、でも着実に、その転校生はクラスを支配し始めたの。


最初は、おとなしい人たちを手下にして。

何かあるたびにどなり、みんなを恐怖に陥れた。

あんな穏やかな教室が、緊張の張り詰める恐怖の空間に。


「宮崎くん、そんなにどなったら、みんな怖がるだろう。別にいいじゃないか。カバンが宮崎くんの机にぶつかったぐらい。許してあげようよ。」


私は、おかしい時はおかしいと指摘した。

もとの温かい教室を取り戻したくて。

転校生も、話し合えば、そんなに悪い人じゃないかもしれない。


そんな時、転校生は、いつもただ私のことを無表情で見上げ、何も言わなかった。

でも、それで私が目をつけられたみたい。


転校生は、私以外を着実に手下に組み込み、組織で私に圧力をかけ始めた。

トイレで後ろからバケツに入れた泥水をかける。

そして、授業中に先生の前で、水たまりでこけたとみんなで大笑いする。


教室で、数人で囲み、私のズボンとパンツを脱がして廊下に放り出す。

10分以上、下半身裸で廊下を彷徨うしかなかった。

誰もが恐れ、私を助けようとはしない。

この前まで、一緒に笑っていたのに。


そして、職員室に露出狂が廊下にいると通報され、先生から長時間の説教を受けた。

そんな風に、色々な嫌がらせをされた。


昔は仲良かったクラスメートが私のようにならないように転校生の味方になる。

私は、孤立するしかなかった。

あんなに居心地がいい学校だったのに、誰もが敵となっていったの。


そして、今日も、放課後、体育館の裏に呼び出された。

よくTVとかであるパターンね。


お金を出せと言われ、おサイフを取られる。

もちろん、家は貧乏だし、高校生だから、そんなお金は持っていない。

だから、こんなもんかと言われ、殴られる、お腹を蹴られる。


これだけ怪我だらけなんだから先生は気づくわよね。

先生から聞かれても、階段から落ちたと答える。

ママには心配かけたくないから、家に帰ると同時に自分の部屋に駆け込む。

ママは、反抗期かと心配していたわ。


誰も助けてくれなかった。

先生とかに言っても、いじめは激しくなるだけだし。


分かってると思うけど、殴られたり、蹴られるのは本当に痛い。

別のことを考えていればと思う人もいるかもしれない。

でも、痛くて、そんなことなんて考えられない。


もう、やめて。

口の中も血だらけ。

傷が治っても、肋骨が折れているのか、ずっと痛い。


もう、生きるのをやめたいと思い始めていた。

あんなに安心できる日々だったのに。

2ヶ月で、昔のように不安だらけになっている。


どうして、あんなに居心地がよかった学校が一瞬にしてこんなに変わるのかしら。

秋の紅葉で色づいていた紅葉が、いつの間にか寒々しい枝ばかりの風景になっている。

葉はすべて落ち、小枝たちが震える。


ゆっくり休み、平穏だった私の心は、この短期間で恐怖に包まれている。

なにも見えない、感じられない灰色の世界に。

本当に、どうしてこんなに私の気持ちは変わってしまったの?


我慢すれば、時間が解決してくれるって思い込もうとしたこともあった。

でも、どうしたのだろう。

いつの間にか思考は停止し、何も考えられなくなっていたの。


いつも思うことは、殴られる恐怖。

それ以外のことは考えられない。

真っ暗な自分の部屋で、足を抱え、丸まって過ごす日々。


涙も出尽くした。

味方は誰もいない。

ちょっと音がするだけで体はすくむ。

私は、部屋に閉じこもり、家から出れなくなっていた。


人は、こんな短期間にこれだけ変わってしまうんだ。

とても弱い生き物。

頭ではわかっているんだけど、体が動かいない。

直前に何をしていたのかも思い出せない。


食欲もなく、最近は眠ることもできない。

体が重く、ベットから起き上がれない。

そして、ひどい耳鳴り、頭痛の日々となった。


それでも、ママに心配かけないようにと今日は学校に来たんだ。

でも、転校生の嫌がらせは止まらない。

私は、気づくと、学校の屋上にいた。

そして、柵を乗り越えると校庭が見えた。


校庭では、サッカーやテニスをしている。

本気で勝負をして、人生が充実しているのだろう。

校舎内で美術とかしている人たちも、きっとそうだろう。


みんな蟻のように小さく見える。

でも、蟻でもそれぞれが充実して過ごしているんじゃないだろうか。

それぞれが、苦しみを上回る楽しさの中で生きているんだと思う。


どうして、自分は、こんな苦しみに耐えなければいけないんだろう。

これだけ長い間、生きてきたのに。

男性としても、女性としても。


空は広大で、私たちを暖かく包み込んでくれている。

でも、私は、この空のいたる所から責められている気がした。

おまえは、くだらない人間だと。

この世から、いなくなればいいんだって。


たしかに、過去に人を殺したり、悪いことをしたことは認める。

でも、その分、人を助け、いいこともしてきたつもり。

そんなに私を苦しめないでいいじゃないの。


悪いことしている人なんてたくさんいるわよね。

本当の悪人なんて、のうのうと楽しく生きてるじゃないの。

私じゃなくて、そういうやつらを罰して欲しい。


転生もやめてほしい。

生きることは苦しいことばかり。

もう開放して欲しい。


屋上から下をみると、なにもない道路が見える。

ここは4階の上の屋上だから、かなり高い。

風が吹くたびに足が震える。


でも、ここには私の場所はない。どこにもない。

もう、生きていることに夢がない。

そう思って、1歩、前に進んだ。

ママ、ごめんなさい。


2度目の自殺、あっという間だった。

以前、経験したのと同じ。

大きな衝撃が体中に走る。

道路に落ちた私は、目の前が真っ暗になっていく。


そしてまた目覚めた。

助かったの?

いやそんなはずはない。

ここは病室ではないから。


また、転生したのだと思う。

どこまで私を苦しめるのかしら。

今度は、どんな人に生まれ変わったんだろう?


周りを見渡すと、暗いアパートの一室のようだった。

今度は女子大生だという感じの姿。

容姿はキレイで、やや背は低めだった。


実家から出て1人暮らしなんだと思う。

部屋は、カーテンが閉まり暗いけど、外は夕方みたい。

下からは道路を行き交う人の声が聞こえる。

ここは、アパートの2階のようね。


また、苦悩の人生を生きていかないとだめなんだ・・・。

もう疲れたのに。

そろそろ開放して欲しい。

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