10話 壊れる

プロポーズを受けて銀座のお店は辞めた。

結婚式を3ヶ月先に控え、忙しい日々を過ごしていたの。

ただ、ある日、私は凍りついた。


バストが崩れてきている。

何かの間違いかと思ったら、日に日に垂れてきた。

これじゃあ、お婆さんじゃないの。


すぐに手術した整形外科に駆けつけた。


「これって、どういうこと。」

「前から言ってあったでしょう。金額を安くした分、保証はできないって。」

「文句は言わないから、直してよ。お金は出すから。」

「数日でこの状態なのか。これは治すのは難しいな。」

「今のバストを切っちゃって、新たに作るなんてことはできないの?」

「前回の手術の時に筋切って、1点を支柱に吊り下げているような手術だから、それは難しいな。まあ、諦めてよ。でも、支柱が壊れたってことは全体が崩れちゃうかもな。そういえば、目が垂れてきているように見えるな。鼻も曲がってきたんじゃないか。顔も同じ手法で手術したんだけど。」

「え、鏡を貸して。本当だ。これって、どんどん崩れちゃうの?」

「なんともいえないけど、その可能性はある。」

「これは治せるんでしょう?」

「残念だけど、諦めて。そういう約束だったでしょう。普通じゃ認められていない手術だったから、崩れちゃうともう治しようがないんだよ。」

「そんな・・・。」


結婚式を早めないと。

まずは結婚だけでもしないと。

でも、次の日には鼻が取れそうになっていった。


「澪、どうしたんだい。顔面神経痛か? 病院に行った方がいい。結婚式は延期しよう。直ってからでも遅くないし。」

「そんなの嫌。早く結婚しよう。」

「親とも相談してみるけど、美しい澪をみんなに見せたいし。」


翌日、健一が暗い顔でやってきた。


「親に相談したんだけど、鼻が取れそうなのは梅毒じゃないかって。そんな女性とは結婚を認められないと言い出してさ。まずは、病気を治そうよ。ストレスを溜めすぎなんだと思う。」

「病気じゃないって言ってるじゃない。」

「誰が見ても、普通じゃないよ。落ち着いて。」

「落ち着けるわけないじゃない。」


その時だった。

顔から鼻が落ちてしまった。

顔と鼻の接合部分の表面は乾いていたので、もうくっつく感じじゃない。


「ひー、澪は病気だって。早く病院に行った方がいいよ。ごめん。もう僕はダメだ。結婚はなかったことにして。本当にごめん。じゃあ。」

「見捨てないで。」


その時、右目が見えなくなった。

下を見てみると、目の玉が落ちている。

もうダメだ。止まらない。


美人になって苦労のない生活を送ろうとした。

でも、それは悪いことじゃないのよ。

誰もが幸せになりたいと思う。


だから、誰もが背伸びをするの。

背伸びをすることはダメなことじゃない。

ホストの時は、そんな気持ちを理解していなかった。


ホストの時は、本当に傲慢だった。

バカな女性たちと見下していたんだから。

理解が足りずに、多くの女性たちを不幸にしてきたの。


そんな時、ニュースに健一が出ていたの。

会社のお金を横領して捕まったって。

高級クラブなどの支払いに使い込んだって。


テレビに映る健一は、ニヤけていた。

だって、仕方がないじゃないか。

みんなだって、そんなもんだろうって。


カメラを向ける報道陣に、指をさす。

お前たちも、すぐにこっちに来るんだと言って。

ニヤけた口からよだれが垂れる。


健一って、こんなに下品な人だったっけ。

その姿は、ジャージ姿で、サンダルを履き、上品さのかけらもなかった。

私が、将来を託していた人だったのに。


そうだったんだ。

健一も偽物だったんだ。

親がこんな姿の女性との結婚を反対してることも嘘だったのかも。


ただ、醜くなった女性と一緒にいるのが嫌になっただけなのね。

私のこと、表面だけが好きだったのね。


でも、私が批判はできないわ。私と同じ。

綺麗な女性を連れて、本物になりたかったのかも。


あの上品な笑顔も、優しい言葉もみんな嘘だったんだ。

似たもの同士だった。

偽物の2人で、汚れが消されるなんて考えていた自分がバカみたい。


木枯らしが吹き荒れ、枯れ葉もなくなった木々が目の前に広がる。

もう、それを飾るイルミネーションはない。

ただ、砂埃のなか、さびしそうに空き缶が転がっていく。


健一と一緒になる前に分かったのは良かったなんて思っていない。

人のことなんて言える身分じゃないし。

もう、幸せな家庭なんて、私にはないということだけ。


私には、何もなくなってしまった。

ただ、不似合いの豪華そうに見えるニセネックレスだけが輝いてる。

それ以外は、バケモノのような姿。


私は、もうダメ。

ホストの時の行いの報いかもしれない。

こんな姿、誰にも見せたくない。


風が吹き荒れる、ビルの屋上に行った。

ここから落ちれば、そもそも体全体がボロボロになる。

こんな顔、体になっちゃったこと、気づかれないですむかも。


下を見ると、可愛い女の子を連れて笑顔にあふれるお母さんが見えた。

女の子の笑い声が周りに響き渡る。

私も、あんな生活がしたかった。


空を見ると曇りで陽の光は見えない。

ただ、寒い風が吹き荒れるだけ。

私を照らす光はもうない。


私は、柵を乗り越え、空に舞った。

ごめんなさい、江本さん。

私は、あなたの体を幸せにできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る