9話 結婚

最近、早く結婚したいと思っている。

私だけを愛してくれる、お金持ちの男と。


女性が幸せになれるには、こんな時代でも制約は多い。

だから、誰もが上を目指してがんばっている。

ごく普通のこと。


また、愛されたいという気持ちを抑えられない。

人から嫌われたくもない。

これは女性としての本能なんだと思う。


私がこの世の中で1番美しいなんて思っていないわ。

今の私は、あるレベルに留まっているのは分かってる。

でも、その前提で最大限、背伸びしてもっと幸せになりたいの。

いいでしょう。


作られた偽物の顔、体。

でも、他の人も、皮を被っているだけで、みんなそんなものでしょう。


愛されていると自慢もしたい。

男性から相手にされない悲しい女性だとバカにされたくもない。

そのために日々努力する。

そんな努力のどこが悪いの?


昔、女性として暮らしているときには、ここまでは思っていなかった。

女性として長く暮らしたから? 女性により染まってきたのかしら。


それとも、この体のホルモンによるものなのかしら。

心が変化していく理由も分からない。

どうして転生を繰り返しているのかも分からない私には。


私を支えてくれる男性が横にいて欲しい。

ずっと、私のことを見ていて欲しい。


そのために、時には男性に嘘をつくこともある。

でも、それって愛されるためなの。

男性だって、女性の嘘を、嘘と知って楽しんでるでしょう。


女性の経験もあるから、ホストのときも、この気持ちはわかっていたんだと思う。

でも、驕り高ぶり、女性はくだらない生き物だと屁理屈を信じ込んでいたのね。

だから、多くの女性を不幸にしてきた。


今なら分かる。女性が幸せになりたいという気持ち。

背伸びする気持ち。


そんななか、高級クラブのお客様から付き合って欲しいと言われた。

財産家と聞いていたし、優しくて、顔とかも上のレベルだと思う。

しかも、独身で、こんな水商売の女性にも偏見なく付き合ってくれる。

こんな人と結婚できれば、幸せに暮らせるんだと思う。


「私、こんな仕事しているけど、プライベートで男性の方と付き合ったことないの。だから、なんて答えていいか迷っちゃう。」

「そんなに緊張しなくていいよ。休日に水族館に行くなんて誰でもやっていることだし。」

「そうなの? どんな服でいけばいいのかしら?」

「普段の服装でいいよ。家ではどんな服でいるの?」

「普段って言っても・・。フリースとかでいいの? でも、そんな格好じゃ、健一さんに相応しくないし。健一さんは、どんな服装で来るの?」

「お互いにラフな格好で行こうよ。僕は、どんな姿でも、澪と一緒にいれば幸せなんだから。」

「嬉しい。」


私は、健一の腕に腕を重ね、バストを近づけた。

上目遣いでねだるような甘い顔も忘れないわ。

今、持っているものを最大限利用して背伸びをする。


少しでも、自分に好意を持ってもらわないと。

言っていることは半分以上は嘘でかためている。

でも、そのぐらいは愛嬌があるという範囲でしょう。

悪いことじゃないわ。


「本当に可愛いな。でも、どうして、こういう仕事してるの?」

「親が大きな借金を作ってしまって、お金を返すために、仕方がなくやってるの。でも、始めたばかりだから、どうしていいかわからなくて。」

「そうなんだ。じゃあ、僕もお金を返すのに協力するよ。その分、素敵な君と一緒の時間を増やしたい。他の男性と一緒にいると思うと、やけるし。」

「私なんて、どこにでもいる女性よ。健一さんがいなくなったらって、毎日不安で眠れないくらいなの。いなくならないでね。」

「ずっと一緒にいるよ。」

「約束よ。私には、健一さんしかいないんだから。」


男性は、美人は、心が清らかなんて思っていると信じている。

だから、整形をして美人になった。

男性から愛されるように努力しているの。

騙してるんじゃない。


水族館に行ったあと、海辺の公園に腕を組んで向かった。

寒くなった公園で、海沿いのベンチに座り、温かい日差しを浴びる。

雲一つない青空がどこまでも続く。

そして、海は、陽の光を浴び、水面は輝いていた。


「最近、寒くなってきたけど、来月にはクリスマスね。クリスマスの時期って、なんかいいよね。心が踊るっていうか、街の景色が華やぐっていうか。そんな時期に向かって、周りのみんなも楽しそうだけど、その中で一番、楽しいのは私。健一さんと一緒にいられるからかしら。」

「本当に、そうだね。僕も、澪と一緒にいられて楽しいよ。」

「今日、健一さんに食べて欲しくて、お弁当を作ってきたの。食べてもらえる?」

「本当? 嬉しいな。ごめんね。大変だったでしょう。わぁ、とっても美味しそうだ。いただきます。」

「どう?」

「すごい美味しい。合格か。」

「健一さんに合格なんて言ってもらえるなんて嬉しい。」

「違うよ。水筒に合格って書いてあったら読んだだけで、澪が時間を割いて作ってくれたお弁当を合格なんて言うはずがないじゃないか。」

「そうだったんだ。いいのよ。健一さんに合格なんて言われたら、嬉しくて今夜は寝れないかも。お弁当、頑張ったかいがあったわ。」

「澪は、いいお嫁さんになれるね。」

「そんな、恥ずかしい。」


背伸びした甲斐があった。

私のことに本気になって欲しい。

まずは結婚に漕ぎ着けたい。


結婚してしまえば、後は騙せるなんて思ってない。

その後は、後で考えるけど、まずは目の前をクリアしたい。

今、精一杯、背伸びをしているから、それ以上は今は考えられない。


そのまま冬景色に向かう海辺を散歩し、夜まで一緒に過ごした。

そして、海辺のテラスのイタリアンレストランに行ったの。


「こんなこというのは健一さんが初めてなんだけど。」

「なんだい?」

「やっぱり、恥ずかしいから言えない。」

「気になるじゃないか。言ってみてよ。」

「でも・・。」

「大丈夫。僕は澪のことしか考えられないんだから、不安にならないでいいんだよ。」

「・・・・・」

「なんだって、声が小さくて聞こえなかった。」

「今日、帰りたくない。」

「本当? 嬉しいよ。僕も同じ気持ちだった。今夜はずっと一緒にいよう。」

「一緒にいてくれるの。嬉しい。」


この辺で涙でも流しておく。

その後、ラブホテルに一緒に行った。


「恥ずかしい。私、あんな仕事しているけど、男性とは一緒に寝たことはないの。少し怖いけど、健一さんとだから、頑張ってみる。でも、恥ずかしいから、あまりみないでね。」

「大丈夫。優しくするから。僕に任せて。」

「電気を消して。」


100点満点の男性なんて高望みはしていない。

自分が幸せになれるようがんばるだけ。

私が愛に包まれる夢を見ているだけ。


このように、会う機会を重ねていった。

その度に、私は背伸びをし続けた。

そして、とうとうプロポーズに漕ぎ着けたの。


これで、私は幸せになれる。

夫に愛され、可愛い子供を産み、暖かい家族を作る。

こんな偽物ばかりの私でも、少しでも本物の幸せに近づきたい。


外ではクリスマスのイルミネーションが輝く。

日頃はゴミも転がってる道が聖夜に染まる。

汚いものを隠して。


可愛らしい動物たちのイルミネーションもある。

私の子供が見たら喜ぶでしょう。

そんな子供たちを私と健一が笑顔で見守る。


そんな微笑ましい家族ができるのよ。

すごいでしょう。


イルミネーションに彩られた、この風景、本当にきれい。

なんか私のようで涙がでちゃう。


この体の人は心が美しかったけど、今は、どこも汚れてる。

整形で見た目だけ美しくなった私は、この道路のよう。

嘘で固められて、ただ、美しく見えるだけ。


私は、キラキラ輝く偽物のネックレスに手をかけた。

見た目だけは豪華に見える。

でも偽物ばかりで包まれた私。


だから、夫だけは本物がいいの。

それだけが、私の汚さを隠してくれる。

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