8話 夢
女性としての生活が長くなり、心の中でも僕と言うこともなくなっていた。
家でも、外でも、昔のように、女性として考え、行動するのが自然になっていたの。
それにしても、最近、よく女の子の夢をみる。
この体の子供の頃の姿なのかしら。
今日の夢は小学校の教室みたい。
私は体操着を着ている。
先生が話し始めた。
「あのね、江本さん。体育の時間で外にいる間に、江本さんの机に落書きがされたの。見る前に伝えておこうと思って。」
「なんて書かれたんですか?」
「それが、なんというか、ブスって。よくあるのよ。この年代の男の子って、気になる女の子にちょっかいを出すとか、バカなこと、よくするの。先生が消しておくから、気にしないで。」
「女子かもしれないんですよね。」
「そうかもしれないけど、女子に聞くと、みんなが着替えて出るまでは変なことがなかったらしいし、男子の体育が早く終わったらしいから、女子が着替えで戻る直前に男子が落書きしたと見てるわ。」
「いずれにしても、先生が消してくれるって言っているし、私は、気にしない。私が騒がないで、クラスが平穏で過ごせるなら、そっちの方がいい。」
「授業が始まる前に、みんなに注意しようと思っていたけど、そんなことしない方が良いってこと?」
「それでいい。みんなが平和でしょう。」
「また、同じようなことされるかもよ。」
「注意しても、逆に嫌がらせが増えるかもしれないですよね。それよりは、クラスの中が平穏な方がいいです。」
「わかったわ。じゃあ、クラスに戻ってもいいから。」
先生は、部屋を出ていき、廊下で教頭に報告していた。
その声が聞こえる。
「江本さんが、みんなに注意して欲しくないとのことです。でも、安心しました。注意すると、犯人探しが始まったり、自分達を犯人と思っているのかなどと私を批判する声が出てきそうですが、あの子が我慢すれば、私は攻撃されないですから。」
「そうだね。潮田先生は、世渡り上手だ。これからも、よろしくお願いするよ。」
「教頭の責任にもなりませんからね。こちらこそ、よろしくお願いします。」
面倒見のいい先生のふりをして、自分のことしか考えていない。
可愛らしい顔なのに、本当に心が醜い女性。
心が腐ってる。
そして、別の日には大学の風景が夢に出てきた。
女性ばかりしかいない教室。
そういえば女子大卒だったわね。
「咲、今日の午後1番の授業、教室が変わったんだって。201号室だってよ。」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。せっかくだから、お昼、一緒に食べない?」
「別の子と約束しているから、また今度ね。」
「わかった。じゃあ。教室のこと、ありがとうね。」
13時少し前に教室に行くと、誰もいない。
みんな、教室の変更に気づいていないのかしら。
でも、教えてくれた子は知っているはずよね。
13時を過ぎ、15分経っても誰も来ない。
これは騙されたに違いない。
この子は、これまでもずっとイジメられてきたのかしら。
どうして?
ブスだから?
ただ、それだけなの?
別に、周りに害を与えていないじゃない。
単に、不満のはけ口ということで安易に考えてない?
別の日には公園にいる夢を見た。
雨が明けた朝、公園では水たまりもできていた。
目の先に、足を引きずり、泥だらけの犬が歩いてくる。
首輪をしているから迷子になったのかしら。
歩き方を見ると車にでも轢かれたみたい。
どろんこになりながらも一生懸命に歩いている。
飼い主がいない犬を誰も助けようとはしないのね。
でも、この子は、その犬を抱き抱えた。
「車にでも轢かれたの? 痛いでしょう。お姉さんが病院に連れて行ってあげる。」
真っ白な服をきたこの子は、泥で汚れることより犬を心配している。
見たこともない犬なのに。
お金だって、骨折なら治療費は高いでしょう。
犬も、誰を信じることができるのか分かっているようね。
そんな時、周りから声が聞こえる。
「お母さん、あの人、ボロボロの犬抱えているよ。汚いね。」
「本当ね。犬は怪我しているみたいだけど、どうしたのかしら。」
「あの人が、犬をイジメて怪我させたんじゃないの。」
「そんな雰囲気じゃないけど。」
「そうかな、ブスじゃないか。悪い人なんだよ。」
「そんなこと言わないの。聞こえるでしょう。」
どうして、人は外見で判断するのだろうか?
この女性のことは、この女性の表情を見ればわかる。
自分が何を言われても、犬のことしか心配していない。
犬のことを守りたいという愛情で溢れている。
自分には全く関係のない犬のことを。
表情には邪念は一つもない。
ただ、この犬のことだけ心配している。
本当に、心に一つも翳りがない、清らかな人なのだろう。
私からみると、泥だらけになったこの子が一番美しく見える。
真っ白なサッカーのユニフォームを着てこの女性を批判する男の子は醜い。
人は外見では分からない。
そんなことが今更分かるなんて。
これまで、多くの経験をしてきたのに、こんなことも気づかなかった。
いえ、ホストのときに快楽に溺れ、忘れたかっただけなのかもしれない。
人には、本当の気持ちと、それを隠そうとする気持ちがある。
その隠そうとする気持ちが、清らかなものなのか、邪悪なものなのかで行動が変わる。
私は、こんな人の心を汚してしまった。
でも、もう後戻りはできない。
咲、ごめんなさい。
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