11話 挫折

被疑者の声が、組織と連絡を取り合っていた男性の声と同じだった。

あの特徴のある声は忘れない。

だから間違いないと思う。


組織は私の昔の顔は知ってるけど、20歳以上、年齢差がある。

男が気づいているのかは分からなかった。

あの時の私が、こんな若いと思うはずがないとは思う。

また、私が検事になっているなんて思わないだろうし。


そう、この男性を刑務所に入れてしまえば、私は安泰。

私は警察から提出された証拠で、5年の懲役刑だと主張した。

最終的に、私の主張がとおり、刑務所送りとなった。


でも、その男性は去る時、私の方を見て妙な顔をしていた。

そういえば、私の声にも特徴がある。もと男性だから。

もしかしたら、そんな顔だった。


でも、気にしても仕方がない。

前に進むだけ。


私は、順調に、各所を巡り、検事として仕事を回していた。

そんな時、上司から呼び出しがあったの。

昇格の通知かしら。


私は、いそいそと上司のところに向かうと個室に通された。


「佐久間さん、君にも言い分はあるだろうけど、検事をやめてもらいたい。」

「いきなり、どういうことですか?」

「君が、昔、ハニートラップのバイトをしていたって匿名の動画が送られてきたんだ。」

「そんなのフェイクですよ。その動画を見せてください。」


動画をみると、国会議員に暴力を受けたときに動画。

しかも、バーカウンターで国会議員と話している音声もあった。


「この動画はいつのものかわかりませんが、私より歳とっているじゃないですか。別人ですよ。」

「いや、化粧で歳なんてごまかせるだろう。君とそっくりだ。」

「合成じゃないんですか?」

「その可能性も考えて専門家に確認したが、合成ではないと判定が出し、警察にも同じ動画が保管されていたことが判明した。さらに、刑務所にいる三角元国会議員からも、君に騙されたと証言がある。なんだったら、一緒に国会議員の所に行き、違うと言ってみるかな?」

「犯罪者の言うことを信じるんですか? 違うのに・・・。」

「その慌てようだと、本当なんだね。検事は品行方正でないといけないから、辞めてもらいたいんだ。」

「そんなことできません。私、今の仕事に誇りを持っているので。」

「そこまでいうなら、懲戒審査会にかけて懲戒にしてもらうしかない。犯罪者にしないで済ましてあげるといっているんだから、感謝してよ。懲戒になったら、再就職も難しくなるんだが、今、自己都合で辞めれば、退職金もでるし、経歴に傷はつかない。」


三角議員には言い訳ができる。

あなたと寝たのが私なら、その頃は小学生。

そんな姿じゃないでしょうと。

私には、戸籍があるから年齢は証明できる。


でも、これ以上、抵抗するのは無理ね。

外堀は埋められているみたい。

これ以上反論すると、いろいろ複雑なことになりかねない。

やみバイトの組織が手を回したに違いないから。

私は、退職届けを出して、その場を去ることにした。


どうして、こうなっちゃったんだろう。

涙を流しながら、黄色一面になったイチョウ並木の下を歩いていた。

昔は明るい将来を象徴するイチョウだった。

でも、今は、枯れ葉として落ちるイチョウとしか見えない。


その時、後ろから声をかけられたの。


「少しいいですか?」

「誰ですか?」

「やみバイトの組織の一員と言えばわかりますよね。」


振り返ると、そこには、私が先日、刑務所に送った男性がにやけて立っていた。

もう、私のことをはっきりと分かっているみたい。


「よくわかりませんが、なんですか?」

「とぼけなくてもいいでしょう。でも、あなたのお姉さんですか、我々の組織と一緒に働いていたのは。あなたは、あの女よりははるかに若い。でも、声はとても似てる。だから、裁判所でぴーんときたんですよ。それから、組織は、あなたを監視してきた。」

「組織って、何かわかりません。」

「そうなんですか。それにしても、検事を退職されたなんて残念でしたね。」

「どうして、そのことを知っているんですか?」

「だって、手を回したのは我々の組織ですから。」

「じゃあ、動画を送ったのもあなたなの?」

「そうですよ。我々は、警察幹部にも顔がききますしね。侮りましたね。」

「ひどい。」

「そうでもないと思いますよ。検事なんて公務員だし、儲からないでしょう。私達のことをサポートする弁護士事務所で働けば、稼げますから。ところで、お姉さんですかね、その人が約束していたんですよ。ある女を殺せば、また組織に戻ってくれるって。お姉さんがみつからない以上、その妹?のあなたには約束を守ってもらわないと。だって、その女を殺して利益を得たのはあなたでしょう。」

「わけがわからない。」

「そんなことないでしょう。あの女から、あなたは脅されていた。戸籍を奪われたと。そして、その女がいなくなって、あなたは他人の戸籍で生活を続けている。」

「そこまで知ってるなら、逃げられないのね。」

「お察しのとおり。頭がいいあなたなら、そう言ってもらえると思ってましたよ。じゃあ、事務所に一緒に行きましょう。捨てる神あれば、拾う神ありというじゃないですか。」


私は、その男性に連れられて事務所に向かった。


「あなたが組織のボスなの?。」

「ボスはあなたなんかに顔を見せませんよ。でも、まさか、検事が、昔、この組織で働いていた女と関係があったとはね。どういう関係なんですか? 本当に妹ということでもなさそうだし。」

「それは言えない。」

「まあ、あなたが働いてもらえるのなら、別にどうでもいいですけど。」

「で、何をしたらいいの?」

「私達は、政治の中枢にいる人をバックに、強い組織力を使って、いろいろな活動をしているんです。闇バイトという体裁をとっていましたけど、実際には、よりよい世界にするためという信念に基づいた活動だったんですよ。でも、その過程で、今の法律の不備というか、犯罪と言われるような行為も出てきてしまうんです。そんな時に、法律違反じゃないと弁護してもらいたいんです。」

「言いたいことは分かったわ。」

「あなたは賢い。だから負けることもないと思います。成功のたびに3,000万円をお渡しします。あなたもそれで楽しく暮らせる。お互いにいい話しでしょう。」


もう、笑いが止まらなかったあの時代はない。

日々の生活は自由のままだけど、心は組織の檻の中。

どこにも逃げ道はなさそう。


もう忘れたけど、おじさんの時と似ている気がした。

会社で大きなノルマを課されて働いていた、あの時代と。

今の私には、もう、心から楽しく笑える時間は来ないのね。


荒んだ地下にあるカウンターバーに向かって降りていった。

消えかかった蛍光灯で暗く、急な階段をゆっくりと。

表情もなく、うなだれた私が。


それから弁護士登録を行い、事務所所属の弁護士となった。

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