10話 ばれる

「あなたは誰?」

「え? なんのこと?」

「佐久間 紬衣って私なの。どうして、私の名前を名乗ってるの?」


私は何を言っていいのか分からなかった。

どうも、自分と同姓同名の人がTVに出てるってことで、調べたらしい。

そうすると、自分の家に入っていくことにびっくりした。

いつの間にか、自分の立場が乗っ取られているって。


目の前の女性は確かに私に似てる。

背が高くて、顔も姉妹とか言われれば、そう思っちゃうほど。


「あなたは、パパとママの実の娘なの?」

「そう言っているじゃない。どうして、私になり代わってるのよ。」


これはまずい。

本当は、パパとママに引き渡すのが正しいんだと思う。

ママも喜ぶはず。


でも、せっかく手に入れた戸籍を失ってしまう。

どうしよう。


「どうして、家から出たの。」

「そんなこと、あなたに言う必要はないでしょう。」

「でも、あなたが家を出たから私が呼ばれんたのよ。だから、そのぐらい聞く権利はあるでしょう。」

「私が何をしようと、あなたが私の立場に成り代わることが正当化されるわけじゃないのよ。誰なの、あなたは? どうせ、過去に悪いことやって、戸籍を変えなくちゃならないんでしょう。犯罪者って感じだものね。私が、あなたと交換になって、犯罪者として死ぬなんて嫌よ。」


犯罪者だと言えば犯罪者だし、言っていることは間違っていない。

この女性の人生を私は奪っている。

返せと言われれば、今すぐにでも返さないといけない立場。


でも、返したくないし、今更返せない。

だって、もう何年も努力して過ごしてきた私の人生だもの。

私の心は、邪悪な気持ちに支配されていった。


「わかった。あなたの立場は返すから、少し待って。もともとパパとママにお願いされて、あなたとして暮らすことになったの。でも、いきなりあなたの話しをしたら困惑するでしょう。だって、もう2年以上も娘として一緒に過ごしているのよ。少し時間をもらいたい。ところで、あなたは家に戻る気があるの?」

「長い間、家出をしていたけど、最近、分かったの。わがままだったって。だから、家に戻って、パパとママを大切にしたい。」

「分かった。少し待って。連絡先を交換しよう。」

「じゃあ待っているけど、1週間が期限よ。」

「もう少し時間をくれない?」

「だらだらとしていてもだめでしょう。期限は1週間。」


その子とは別れた。

どうしよう。

考えがまとまらなかった。


その晩、家に帰ると、いつものようにママが暖かく迎えてくれる。

家の光は、いつものように暖かく照らす。

だれも味方がいないのに、パパとママだけは優しい。


本当に、ずっとパパとママの娘でいたい。

特にあの事件からは、頼れるのはパパとママだけだった。


そんな事を考えているうちに、殺意が芽生えてきた。

そう、あの子がいなければいいのよ。

そもそも、パパとママの気持ちを傷つけたのはあの子。


しかも行方不明で生きてるかもわからない。

だったら、この世から消えても誰も困らないじゃない。

今だったら、消えてもパパとママは気づかない。


私は、自分が捕まらない殺し方を考えていた。

後から思えば、私はどうかしていたんだと思う。

でも、その時は本気だった。


ドラマのように崖に呼び出して突き落とす?

それは無理ね。

そもそも、崖に呼び出したら警戒するでしょう。

私が突き落とされてしまうかもしれない。


電車のホームとか交差点で後ろから押す?

最近は監視カメラや車載カメラがあるからバレるかも。

そもそも、気づかれずに後ろに迫るのは難しそう。


何か嗅がせて気を失った後、車に引きずり込む?

ネットで調べると、すぐに気を失うような液体はないとか。

あれはTVだけの世界だったのね。

じゃあ、どうすればいいのかしら。


私は禁断の手を思いついた。

昔、闇バイトをやっていたときの組織に頼めばいい。

暴力団とも縁がありそうだったし。


でも、脅されてしまうのも困るので、昔の名前で連絡した。

信じてもらうために、過去のやり取りを添えて。

いかにも、昔の私から依頼したように。


その時だけに新しく作ったフリーメールから送ったの。

殺ったら、組織にまた入るとも伝えておいた。


組織は、驚き、これはチャンスだと思ったに違いない。

また、行方不明だった、あの女を使えるって。

そのためには、まず、依頼を実行し、恩を売ればいいって。


指定された女性は昔の私に似てると思うはず。

私は電話だけだったけど、私の顔写真は組織にはバレてるから。

なんらかの血縁関係にあると思ったかもしれない。


その頃の私なら、今は、40歳ぐらい。

今の私より20歳ぐらい老けていると思うに違いないわね。

見つかるはずがない。これならいける。


あの子からは、会った日から毎日連絡が来ていた。

早くしなさいって。


でも、3日目から連絡は途絶えた。

多分、組織が消してくれたんだと思う。

探したけど、どこにも報道された気配はない。


コンクリート詰めにされて海に捨てられた?

山中に埋められ、白骨化に向かっている?

それから、しばらく悪夢にうなされた。


生気がなくなったあの子の目が私を睨む。

あの子のお腹から、ウジがわいている。

骨だけになったあの子の腕が私を掴む。

そんな悪夢に毎晩、苦しめられた。


でも、今更、戻れない。

この夢は、死ぬまで私が背負っていくしかない。

パパやママ、そして誰にも言わずに。


いずれにしても、私は、あの子から開放されたの。

せっかく得た人生なんだから、しっかりと生きていく。


一方、組織からは連絡がなかった。

結局、私のことを探せなかったんだと思う。

まさか、自宅から通う女子大生だなんて思うはずがない。

もう、私の将来を邪魔する人はいないのね。


私は、空を見上げた。

雲に覆われている。

私の将来は、不安に包まれているけど、明るい未来もあるはず。

私だけの秘密にしておけば、誰にもばれないはず。


ただ、悩みが1つあった。

あれだけ強姦された女性として騒がれ、顔もでてしまった。

こんな私を雇ってくれる会社なんてあるのだろうか?


どんな職業だったらいいのかしら。

そう、正義に向けて戦う検事はどうかしら。

正論の世界だから、強姦されたからと言って拒まないでしょう。


それから法学部に転入して必死で法律の勉強をした。

これしか道はないと思ったから、必死になるしかなかった。


そして、司法試験予備試験に受かり、大学卒業までに司法試験にも合格した。

世の中の動きを実体験してきたことも役立ったのだと思う。


そして司法修習を経て、検事になることができた。

私のことは誰もが忘れているみたい。

それがバレても、検事の地位は失われない。


そして、最初の赴任地は横浜だった。

でも、最初の公判で、私の時間は止まった。

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