7話 高校生活

「協力してもらって、ありがとう。本当に助かる。我々を、パパ、ママと呼んで欲しい。紬衣もそう言っていた。もう出ていって1年になるかな。私は、どこかで事件に巻き込まれて死んでいると思っている。まあ、そんなことは気にせずに、この家の子として生活してもらいたい。服とかクローゼットにあって、背格好もぴったりだから着れると思う。高校には、手続きをしておいたから、3年生の1学期から編入してもらうことになる。高校2年までの経験はあるんだよね。」

「ええ、大丈夫です。」

「娘は文系受験だったけど、君は文系、理系どっち?」

「文系です。同じだから大丈夫だと思います。」

「慣れるまでは大変かもしれないけど、1年留年したことになっているから、クラスメートはみんな君と会うのは初めてだ。同学年だったクラスメートはみんな卒業しているから、会うことはないと思う。あと2週間あるけど、まずは、この家の子として馴染んてもらいたい。」

「わかりました。」


パパは私が実の娘でないと理解している。

でも、女子高生でないなんて疑ってもいない。

ママが納得すれば、もう実の娘のことは諦めている様子だった。


その日は家庭だんらんの時間を過ごした。

ママが言っていたグラタンを囲んで。

ママは、本当に、私を疑う気配は全くない。

娘が帰らない事実を無理に忘れたいのかもしれない。


食事が終わり、部屋に戻ってきた。

部屋には日記のようなものはない。

スマホはなかったけど、PCは残っていた。


PWはかかっていなかったから、すぐにみることができたの。

SNSに投稿はない。

ただ、インスタのDMに、彼とのやり取りが数多く見つかった。


どうも、今は卒業した先輩と付き合っていたみたい。

エッチもしていたと思う。

でも、先輩は卒業して大学で彼女ができ、ふられた。


そこには、先輩への怒りが綴られていた。

でも捨てないでという縋る気持ちがいたる所に溢れていた。


ある日を境に、ぷっつりとやり取りは途絶えている。

あまりに不自然な形で。

何があったのかしら。


もちろん、パパとママは、このDMとかは見たんだと思う。

でも、結局、今の段階では何もわからないのね。

私は、成り行きで、高校3年生の生活を始めることになったの。


高校生と上手くやっていけるかしら。

でも、今更、そんなこと気にしてもどうしようもない。

もう、ここまで来ちゃったんだから。


そして、その後、闇バイトの組織から連絡はなかった。

スマホも含め、これまでの生活は全て捨ててきた。

お金も全て現金にして、キャリーケースに入れてある。

大金をこんな女子高生が持ち運びしているなんて誰も思わないから狙われたりしない。


組織も今の私を想像もできなかったんだと思う。

女子高生として家庭で過ごしているなんて。


「行ってきます。」

「紬衣、気をつけてね。今日は、紬衣の好きなすき焼きだから、楽しみにしていてね。」

「分かった。じゃあ、行ってくるね。」

「待って、お弁当忘れてるじゃない。おっちょこちょいなんだから。」

「忘れてた。ありがとう。」


ママの顔には笑顔が溢れていた。

嘘をついている罪悪感と、幸せに貢献できている気持ちで複雑。

でも、全体的には、いいことをしているはず。


高校の正門が目の前にある。

正門から入口までは桜が満開だった。

こんな私を受け入れてくれているように見えた。

最近、おじさんだった頃の記憶は消えかけていた。


学校に入ると、廊下では、誰もが笑顔で挨拶している。

でも、私に挨拶してくる人はいない。

誰も知らない私は、恐る恐る教室に入っていったの


「あなた、紬衣ね。家出して1年留年したんだって。年上だからって、先輩面しないでよね。」


なんか態度が悪い女性が私の席の後ろから話しかけてきた。

山本というクラスメートらしい。

髪を金色に染め、ミニスカート。

どうみても、問題児という感じ。


私を睨み、今にでも髪の毛をつかまれ叩かれそうな雰囲気。

これが最初なんて、先が思いやられる。

でも、最初が肝心。


「先輩面なんてしないわ。でも、攻撃してきたりしたら、ただじゃすまさないから覚悟しておきなさいよ。」

「ふん。」


こんな小娘にがんを付けている自分には驚いた。

いつのまにか、本当の女子高生になっている。

でも、生きていくには、それしか道はないし・・・。


その女性は、別に恐れた風もなく自分の席に座った。

それからちょっかいもだされなかった。

だから、対応は正解だったのだと思う。

でも、聞こえるように私の悪口をいう人たちはいた。


「なに、あの巨乳女。下品じゃない?」

「悪口言わないの。でも、こっち睨んでるよ。怖いよね。」


こんな悪口は無視していればいい。

友達は大学に入ってから作ろう。

この1年は大学に入るための過渡期なんだから。


それでも、男子生徒は優しくしてくれた。


「紬衣は、綺麗だね。モデルのバイトとかしているとか?」

「そんなことないよ。でも、ありがとう。櫻井くんも、かっこいいじゃない。サッカー部だって。今度、部活見に行ってみるね。」

「3年から女子マネジャーとかは無理だけど、ぜひ、見に来てよ。紬衣をみたら、ゴール決めるからさ。」

「楽しみにしている。」


なんか、男性とは話しやすい。

というか、男性たちは、みんな私に優しくしてくれる。

チヤホヤしてくれる。

はじめて女性が男性と一緒にいたいという気持ちがわかった気がする。


この前まで40代の女性だったけど、若いと、これだけ違うのね。

それとも、私自身に魅力があるのかしら。

そうかもしれない。

昔よりも、女性としての魅力が溢れ出ているんだと思う。


だから、男性とばかり話して、男性が私を囲むようになっていった。

男子生徒5人が常連となり、女性である私を囲む。

いつも、私の周りで大笑いがあふれる。


私は、この男子生徒たちのお姫様になっていた。

私も楽しいから、私を中心にしたこの世界だけに浸っていた。

窓から漏れる陽の光と、笑い声が私を包み込む。


私が嫌だなんて笑いながら男子生徒の肩を軽くたたく。

それを見て、男子生徒は大笑いする。

もう、楽しくて周りが見えてなかった。


それを見て、女性たちは更に、私から遠ざかっていった。

男にだらしない女だって。


反論なんてしないわ。

あなた達が冷たいから近寄らないだけ。

私は、男性にモテるからそれで十分に楽しいもの。


最初に言い返したことが女性に広まっているのかしら。

誰も、私に攻撃はしてこなかったわ。

というより、女性は誰も私に話しかけてこなかった。


だから、更に、男性と話す時間だけが増えていったの。

これが女性達の反感を買い、負のスパイラルへと。


生理で貧血になって体育の授業を途中で抜けたことがあったわ。

でも、保健室に行くときに誰も手助けはしてくれない。

女性のクラスメートとは、結局、誰とも仲良くできなかった。


1年留年していて1歳、年上というのもあったかも。

みんなは、2年間、一緒に過ごしてきたんだもの。

仲間に入れないなんて仕方がないわよね。


男性の時に定年を迎えた時の職場を思い出した。

誰もが、腫れ物に触るような、無視するように見てきた。

だから、こんな対応には慣れている。

大丈夫。


そんなある日、私のDMに5人組の1人である湊くんからメッセージが届いた。

付き合ってほしいと。

私を囲む男子生徒達の間がどうなるかは不安だった。


でも、湊くんには昔から心が惹かれていて、仲良くなりたかったの。

だから、私から今度の土曜日に一緒に水族館に行こうと誘ってみたの。


少し、積極的すぎだったかしら。

高校生の男女って、どうしたらいいかわからない。


渋谷の駅で待ち合わせ、大森海岸駅に向かう。

いつも制服姿の湊くんの私服姿はなんか新鮮。

電車が揺れ、肩が湊くんに触れた時は心も揺れる。


今日は、清楚な白いワンピースを着てきた。

湊くんの目は、これまで見てきた男性のように嫌らしい気配は全くない。

まだ心が純粋で、澄み渡っているんだと思う。


そんな姿をみて、私の心も白いワンピースに染まっていった。

このワンピースは好き。

動きやすいだけじゃなく、スカート部分が風にたなびく。

その姿が少女らしさと可憐さを演出してくれる。


学校では、暑いし、動きやすいので、ポニーテールにしていることが多い。

でも、今日は、ストレートにして肩にかけてみた。

小顔にみえるように。


そして、ピンク色のリップで飾り付け。

爪も、ちょんちょんとネイルカラーを置くように塗ってみた。

私、可愛いでしょう。


見て、見て。

可愛く、可憐になった私を。

毛虫のような私が、アゲハ蝶のように美しくなったんだから。


そんな姿を湊くんはずっと見ててくれる。

私の心は温かい空気に包まれる。


水族館では、湊くんはずっと喋り続けていた。

私の顔をずっと見つめながら笑顔で。

気まずくならないようにって感じかしら。

でも、湊くんの顔をずっと見つめているのは楽しかった。


穏やかで、温かい時間が過ぎる。

こんなに精一杯、私のことを楽しませようとしてくれる。

私の心はときめいていた。


湊くんの顔は、陽の光の影になっていて、太陽が眩しい。

その分、湊くんの顔は凛々しく見える。

なんか、吸い込まれてしまいそう。


今日1日、湊くんのことしか見えなかった。

水族館にどんな魚がいたのかなんて、何も思い出せない。

お昼、何を食べたんだっけ。


初恋なんて忘れていたけど、こういう感覚だったのかもしれない。

違うとすれば、湊くんが私のことを好きだとわかっていること。

こんな若い人の気持ちは、見ているだけでわかる。


自分が好きで、相手が自分のことを好きかわからない。

淡い初恋って、そんなものでしょう。


湊くんは私のことが好きに決まってる。

それでも、ドキドキしちゃうのはどうしてだろう。


長年生きてきた私が、初恋なんてと笑っちゃった。

でも、湊くんに夢中な私がいた。

ずっと湊くんの顔をみつめている私がいる。


そして、湊くんが私の顔を見るたびにドキドキしている。

恥ずかしくなって、下ばかり見るようになっていた。


水槽の前で私が手すりに手を置いていた時だった。

湊くんも手を置こうとしたのかしら。

私の手に触れたの。


湊くんは、ごめんといいながら手を引いたわ。

心臓が破裂しそう。


今更なのに、なんで、こんなにドキドキするのかしら。

国会議員とは何回も寝たのに。

あれは仕事で、本気じゃなかったからかしら。


湊くんの緊張が私に移ったんだと思う。

そして、湊くんの真剣な気持ちに応えたい。

私は笑顔で湊くんの顔を真剣な表情でただただ見つめていた。


湊くんは、ぎこちなく私の手を握りしめた。

不格好じゃないよ、湊くん。

勇気を持って手を握ってくれたんだよね。


今まで会った誰よりもかっこよく見えた。

私は、恥ずかしそうに、そして嬉しそうな表情で湊くんの顔を見つめた。


湊くんは、力強く私の手を握り続けた。

痛いよ、湊くん。

でも、気持ちがつたわって、このままで心地よかった。


その後も、ずっと手を繋いでいた2人。

水族館を出てからたこ焼きを買って、公園で一緒に食べたわ。

そして、夕日を2人で何も言わずに黙って見とれていた。


湊くんはキスをしたかったのかもしれない。

なにかしたそうだったから。

でも、そこまで勇気がなかったみたい。


「夕日、きれいだったね。暗くなってきたし、帰ろうか。」

「そうね。今日、とても楽しかった。」

「家まで送るよ。」

「まだ、一緒にいられるね。ナイトの湊くん、よろしくお願いします。」


家に帰るには、渋谷の繁華街を通る。

柄の悪い男性も多いけど、湊くんが一緒だと安心できた。

今更だけど、男性がとても頼もしく見えたわ。


そんな感じで外で何回か会っていたけど、他の4人の男子生徒には秘密にしていた。

だから、教室では、相変わらず5人の男子生徒に私は囲まれている。

誰も知らない秘密って、それはそれでワクワクする。

いつバレるかもしれないとハラハラしながら。


数ヶ月経ったころ、私達は今日は体育館裏にいたの。

話しがあるといって、ここで会いたいと連絡があったの。


誰もいない放課後の体育館の裏。

セミの鳴き声が2人を応援しているみたい。

ドキドキで、暑いことなんて忘れていた。


「なんか、緊張するね。なんかあった?」

「あのう、2学期になると受験であまり会えなくなるかなと思って。」

「そうよね。寂しくなるね。」

「だから、その前に思い出を作っておきたくて。」

「思い出って?」

「夕日を公園でずっと見ていたの覚えてる? あのときにしたかったこと。」


湊くんはずっと私を見つめていた。

でも、勇気がないのか、それ以上、何もできずにいるみたい。


だから、私から、湊くんの口に私の口を重ねた。

どうしても、湊くんとキスをしたかったの。


湊くんは、体が固まったまま、私を見つめていたの。

その目はまんまるに大きく開いている。

湊くんは、我に返ったという感じで、走り去っていった。


私は家に帰り、ありがとうとDMを送ったわ。

嬉しかったと。


それから数日、いつも、キスされたことを考えていたの。

なにを見ても、あの時のことを思い出しちゃう。

私、どうしちゃったんだろう。


あの温かい湊くんの唇。

あの一体感。

一瞬だったけど、すごい長い時間に感じた。

こういうのは、長い人生の中で初めての経験。


知らない間に、思い出してニヤけてしまっている。

ママからも、何かいいことがあったのと茶化されたわ。


ただ、勉強はしなくちゃいけない。

夏休みに3回ぐらい会ったけど、それ以外、会えない日が続いた。

湊くんは夏休みの予備校の講習にずっと行っていたから。


男性のときに高校は卒業したけど、勉強した内容はあまり覚えていない。

だから、授業についていくのは思ったより大変だった。

しかも、大学受験もある。


進学校ではなかったものの、いまから受験勉強は大変。

2学期から、みんなもクラブ活動なんてせずに、授業が終わると塾に行く。

だから、2学期以降は、クラスメートと話したという記憶はほとんどない。


あれだけ好きだった湊くんとも、夏休み以上に疎遠となっていった。

勉強で忙しくても、毎日DMとかは来ると期待していた。

まあ、女性にのぼせて勉強に手がつかないのも困るけど。

だから、私もDMとかは控えることにした。


そんな1年を経て、私は聖智女子大に入学した。

共学を希望したんだけど、パパとママが女子大を願ったの。

また、嫌な女性達に囲まれて生活するのね。


本当の娘は、男性とのトラブルでいなくなったと思っていたんだと思う。

だから、女性ばかりの世界に閉じ込める方が安心だと。

さすがに、お世話になっている手前、断ることはできなかった。


そんななか、湊くんからは、3月に入り、一通のメッセージが届いたの。

予備校で知り合った別の人と付き合うから別れると。


私と疎遠になったのは、勉強だけが原因ではなかったのかも。

こんなにあっさりと別れを伝えられるって、なんだったのかしら。

あれだけ純粋な気持ちでドキドキしていたのに。


私から行き過ぎたのかもしれない。

それで、冷めちゃったとか。

今から思うと、あのキスから湊くんは離れていったようにも思う。


積極的な女性は嫌だった?

女性から迫られて、こんな人だと思わなかったとか?

自分がリードできなかったことに自尊心が傷ついた?

今更だけど、もう湊くんには聞けないわ。


思い返せば、私は本当に湊くんが好きだったのかしら。

ただ、積極的に迫られたから、そんな気持ちになっていただけかも。

今になると、湊くんのどこが好きだったか思い出せない。

ただ、ただ、恥ずかしくてドキドキしていた自分ばかりが思い出される。


だから、捨てないでなんて醜いことはしないわ。

もう、過去のことは忘れればいい。

その方が楽だもの。


私の女性としての高校生活が終わったと思った瞬間だった。

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