卒業予定第四号:負けヒロマネージャーの幸運量保存の法則

最近、あることに気がついた。


わたしは勝利の女神でもあり、貧乏神でもあるのではないかと。


この高校に入学してすぐに野球部のマネージャーを始めたが、試合の勝ち負けと、わたしの恋愛の勝ち負けが、奇妙に『逆に』一致しているのだ。


わたしが誰かに告白し、つき合い始めると、わが野球部は連敗街道まっしぐら。

そして、わたしがフラれてしまうと、練習試合だろうと、本番の試合だろうと勝利を重ねる。


最近、野球部の部員たちも薄々それを感づいているらしく、わたしの恋の行方をこわごわ見守っているのがひしひしと伝わってくる。


こないだ、つき合い始めたバスケ部の先輩と中庭でお弁当を食べていたら、四方の窓から坊主頭の連中から射すような視線を感じた。決して嫉妬しているのではない。

わたしが気づいて睨み返すと、さっと顔をそむけて視線をはずす。

そんな弱気だから負けるんだぞ……いや、わたしのせいか。


もうすぐ、夏の甲子園の地区予選が始まる。


いったい、わたしはどうすればいいんだ!?

フラレろと? そして恋なんかするなと?

あるいは、野球部のマネージャーをやめろと?


実はワタクシ。日焼けフェチ、汗フェチで、泥だらけフェチで、練習後の球児達に囲まれるのが至福の時間なのだ。こんな性癖の持ち主なのに、野球部のマネージャーをやめられるわけがない。


ある日の練習帰り。

校門のあたりで、つき合っているバスケ部先輩が待っていた。

イヤな予感がする。

彼は私に向き合い、真顔で話す。


「ヒロ、あのさ、やっぱり僕たち、いい友達でいよう」

ほら来た。


「そ、そうだね」

意地でも悲しい素振りを見せず、笑顔で先輩を見送る。


取り残されたわたし。


さっきから気配を感じていたが、振り返ると、部室から出てきたイガグリ小僧たちが私の背後にいた。

みんな、ほっと胸をなでおろしたり、ガッツポーズをとったりしている。


「なんなんだよ!お前ら?」

わたしはムカついて罵った。


……そして、涙がこぼれる。こんな連中に泣いてるとこなんか見せたくないのに。


その場でうずくまっていると、坊主頭の連中は、反省したのか、口々に「ごめん」と言いながらソロソロと帰っていった。


でも、わたし、この野球部のマネージャーなんだから、しょうがないよねとも思う。夏の大会が終わったら、新しい恋をしよう。

気を取り直して立ち上がると、一人の高校生が部活のバッグを持って立っていた。

「悪かったね。自分勝手な連中で」


目の前にキャプテンが立っていた。

「ううん、いいの……甲子園に行くためなら、我慢するわ」


彼は、わたしの眼を真剣に見つめる。

「我慢なんかしなくったっていいんだよ。存分に恋をしな」

「……でも、それじゃ、せっかく一生懸命練習しているみんなに悪いし……」


「……じゃあさ、ヒロ……俺とつきあわない?」


     「えー!」


「えー!」「えー!」「えー!」

「えー!」「えー!」「えー!」

「えー!」「えー!」「えー!」

「えー!」「えー!」「えー!」


なぜ、「えー!」がいっぱいあるかというと、帰ったはずの野球部の連中がいつの間にか戻ってきていて、陰でわたしたちの会話を盗み聞きしていたのだ。


「主将、いきなりなんてことを言いだすんですか?」

「考え直してください」

「何だったら、僕の彼女をお譲りしても構いません」

慌てて懸命にキャプテンを説得する坊主頭たち。


そりゃ、そうだよな。

だいたい、二年生でキャプテンを務める彼は学内でも人気者だし、優しいし、高嶺の花、いや、高値のイケメンだと最初からターゲットにはしていなかった。確かにイイ汗しているのは捨てがたいが。


「キャプテン、冗談言わないでくださいよぉ。部員のみんなもああ言ってるし……」

わたしは笑いながら主将の腕をポンポン叩く。


「いや、ヒロさえよければ、つき合おう」


     「えー!」


「えー!」「えー!」「えー!」

「えー!」「えー!」「えー!」

「えー!」「えー!」「えー!」

「えー!」「えー!」「えー!」


ウチの主将様は、あまのじゃくなのか何なのかわからないけど、わたしとつきあうことになってしまった。

学校の行き帰り、お昼時間もキャプテンは私と一緒にいてくれる。


そして、地区予選を迎えた。


なんと!

初戦コールド勝ち。

二回戦も三回戦快進撃を続ける。


チームのみんなは、『ここまで来たら行けるとこまで行こう!』と盛り上がっている。


わたしは怖くなった。

そして、ここらで身をひこう。


もう、部活の時間以外は、キャプテンとは会わない。

そう決意した翌朝、私は早朝練よりもさらに早い時間に家を出た。

すると。

キャプテンが家の前で待ち構えていたのだ。めずらしくチャリに乗っている。


「多分、そうすると思った……乗れよ」

わたしはその言葉に従い、後ろの座席に横座りし、彼の背中にしがみついた。

残念ながら、まだ汗の匂いはしない。


練習で忙しい合間に、わたしとキャプテンはそれからも普通につきあった。


そして、なんと。

地区大会、県大会と優勝してしまった。


甲子園では、2回戦で敗退となったが、わが校にとっては歴史的快挙だ。


練習がひと段落した時期、学校の近くを流れる川の堤防を私とキャプテンは並んで歩く。


「あの、俺、正直に話さなくちゃいけないことがあるんだ」


……ついに来たか。

まあ、ここまで保てば、私にとってギネス級のおつき合い最長期間だ。


「なんで、君とつき合い始めたかってこと」

「は?」


「俺、気づいたんだ……」

「なんですか?」

「えー、ヒロをフッた連中だけど……君とつき合うと、だいたいラッキーになっている。バスケの試合に勝ったり、テストで学年一位になったり」

確かにそれは思い当たる。


「俺、思ったんだ。君はほんとは、正真正銘の勝利の女神なんじゃないかと」

「で、でもですよ。わたしが誰かとつき合ってると、野球部は負けちゃうじゃないですか⁉」

「そこなんだよ、君が好きな相手が野球部の誰かなら、試合に勝てる」


「なるほど」

ん?まてよ……

「で、でも。わたしがフラれてても、チームは勝つじゃないですか⁉」


「……君はフラれちゃだめなんだ」

「な、なんでですか?」


「みなまで言わせるな」

「え、それって……」


わたしはようやく察した。

まさかこんなかたちで……

負けヒロインの汚名を返上する日がくるとは。


「あ、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく。……少なくとも春の選抜くらいまでは」


「うぉい!」



(了)

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