第2話 マークの部屋へ

 明けの明星がまたたく。

まだ夜が明けていないが、月明かりが空を流れる雲を照らしている。


マークは家にレオを招いた。


 屋上から下りてくると、2階は普通の邸宅。

壁紙はしっかりしていて、階段の一段一段はレオの経験してきたものとは違っていた。

明り取りの窓から注ぐ微かな明かりは、踊り場を照らし足元まで明るい。


 そして2階に下りてくると、マークは自室に歩いて行く。レオは仕方なく付いて歩いた。


「ここは?マーク、君の家?」

「うん、僕の家ではないけど僕の住居。両親と3人住まい。……さぁどうぞ、入って」


 部屋に招き入れたマーク。

 2人は部屋に入った。


 部屋の壁には、天体のポスターが貼ってあり、本棚には天文学の書籍や星の図鑑がズラリと並ぶ。絵画の書籍も少しあった。


 レオは部屋の物が、全く見た事の無い物ばかりでキョロキョロしている。

そして本棚の図鑑の背表紙とにらめっこしている。


「レオ?図鑑が珍しいの?……まぁ天体の図鑑や宇宙に関する本が多いけど、僕は絵画も好きなんだ。本は少ないけど、両親に連れられて美術館にはあちこち行ったよ。今はネットで絵画は見られるからそれで満足してる」

「ネット?美術館?……あ、いやいや、我が家には無い物だからついね」

「良かったら見てもいいよ。ちょっと飲み物を取りに行くから待ってて。レオ、何か飲みたいものある?」

「飲み物?……じゃあヤギのミルクでももらおうかな」

「ヤギのミルク?今時そんな物は無いよ。僕と同じでいいね」

「あ、あぁ頼む」


(ヤギのミルクがどうかしたか?あ、いや。時代遅れだったようだ)


 レオは本棚から絵画の図鑑を手にした。

世界中に残る名画の図鑑。旅行のガイドブック風に、展示場所の建物写真から絵画の案内まで書いてある。

その中にはレオも知るフレスコ画も多数載っていた。


(この時代の本は見事だ。この紙は不思議だな、人の見たままの色彩が描かれているのか?だが1つ残念なのはフレスコ画だな。この時代では今一つ色合いが違う気がする)


 図鑑のページを透かして見たり触ってみたり、手のひらでこすってみたり、ブツブツ独り言を言っている。

そこへキッチンからマークが戻って来た。


「何してんの?それは絵画の本だよ。多くの画家達の作品が載ってるでしょ。興味あるの?」

「あ、あ。いや……」


(まずい、うっかり興味丸出しになっていた。この時代の者でないとマークに知られてしまったら元の時代に戻されてしまう。いかんいかん)


「ふむふむ。いつ見ても綺麗な絵だと思ってね。いやぁ素晴らしい絵だよねぇ、うんうん」


 その時、外では、暗闇の中を貨物列車が踏切に差し掛かった。

蒸気機関車の警笛が長く響くと、ゴトンゴトンと鈍い地響きを立てて、長い貨物を従えた蒸気機関車が苦しそうな音をあげながら過ぎていく。


 家の近くの踏切の音が鳴ると、その貨物列車がゆっくりとやってきて、ゴトンゴトンと踏切を通過していく。


 何事かと窓に駆け寄り外を眺めるレオ。

目の前を蒸気を吐きながら蒸気機関車が通過、牽引している貨物列車が続いて見えた。


 レオはその光景に目を輝かせて、まるで子供のように貨物列車の通過を眺めていた。

 窓辺に張り付いているレオを見て、まるで犬が尻尾を振りながら外を眺める様子に見えたので、思わず笑ってしまった。


「そんなに貨物列車が珍しいの?ほらレオ、クッキーとカフェオレを持ってきたよ。ヤギのミルクじゃないけど口に合うかな?」


 レオは声を掛けられ、我に返って言った。


「あの煙を吐いて走る機械は何だい?」


 クッキーを頬張りながらマークが答えた。


「ぶふっ、ぼ、僕より全然年上な君が蒸気機関車を知らないの?マジで一体何処から来たんだか……。あれは貨物列車だよ。1日2回、朝と夜ここを通る。引っ張ってるのは蒸気機関車さ。今はイベント列車が主。もう少なくなったけど、たまーに貨物列車を牽引してる。今はディーゼル機関車が主流だから蒸気機関車はイベント担当の待機要員なんだ。もう時期に無くなるよ。寂しいけどね」

「あれは私が考案した……あ、あぁ、いや何でもない」


(間違いない、私が考案して書き記した物を応用して作り上げたのだ。嬉しいものだ。これならば、この時代を調べてみるのも良いかもしれんな)


「何ブツブツ言ってんのレオ。いいからクッキー食べて」

「あぁすまない。頂くとするよ」


 クッキーを平らげ、カフェオレをすする2人。


「このカフェオレとやらは美味いな」

「とやらじゃなくてカフェオレだってば」


 マークは急に表情を変えてレオに尋ねた。


「レオ、聞いていい?」

「ん?何がかね?」

「君、いきなりここにどうやって来たの?」

「あ、あははぁ。それはだね、その……あれだ、私は物音を立てずに建物に忍び込む事ができる達人」

「下から非常ハシゴを使って上がってきたんだろうけど、……レオは泥棒?それとも怪盗なんちゃら?……流行りのジャパニーズ忍者?……でもまぁ、そういうことにしとくよレオ。しかしその格好は如何にも昔風のコスプレって感じ。着替えたらどう?」

「あいにく衣服はこれしかない」

「なんだ、それなら僕の爺ちゃんが昔着ていた服を君にあげるよ。ちょっと時代遅れなんだけどね。ちょっと待ってて」


 マークは別の部屋に入っていった。


 暫くして服を抱えてマークが戻って来た。


「はい着替え。君にあげるよ」


 レオが受け取った着替えとは、マークの祖父が着ていたウエスタン調の上下にウエスタンブーツ。

着たことのない服に目をまん丸にして見つめていたレオだったが、マークに強引に着せ替えられた格好だ。

ウエスタン調っていうのも2030年では時代遅れ過ぎるが……。


「おーおーぅ。いいじゃん!レオ、似合ってる。爺ちゃんを思い出しちゃったよ。それ、君にあげる。着ていていいよ」

「そ、そうか似合うか?」

「その腰の鞄にぴったりだよ」


 マークは鏡を見せて、レオナルドの姿を褒めたのだった。


 レオは全く未知の世界の事に驚きを隠せなかった。

ふと思い立ち、

「マーク、今一度空を見たいのだが。いや、君の眼鏡を拝見したい」


 もうこの頃には夜が明ける時間だったが、マークは応じた。


「望遠鏡?いいよ、行こう。今の時間なら金星が見られる」


 2人は早速屋上へ上がった。

 望遠鏡に駆け寄り、月から少し方向をずらして金星を確認すると、レオに見せてあげた。


「ほらレオ。薄青く輝く星、金星だよ」


 望遠鏡を覗き込むレオ。驚きの表情。


「これは凄いな。この眼鏡は性能が良い」

「性能なんてそんな。こんなの当たり前でしょ?これよりもっと良い望遠鏡に買い替えるつもりなんだ。これは爺ちゃんが買ってくれた昔のレプリカ望遠鏡。ガリレオ・ガリレイが使っていたとされる形のレプリカモデル」


 望遠鏡を覗きながらレオが呟く。

「ガリレオ……。この眼鏡の構造はどうなっているのか。あの若造にも見せてやりたいな」

「若造?友達?」

「まぁね、星が好きな子供さ。名前なんぞ知らんがね」


 ふぅんと言いながら明け方の空を見上げるマークだった。

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