24話
先に言っておこう。
間仲人見とは、それまでだ。
あの日以来。
三人でお風呂に入ったあの日以来、間仲人見が私の前に姿を現すことはなかった。
ただの、一度も。
メッセージアプリのトークグループは削除され、ログすら読めない状態。
唯一知ってる電話番号に電話を掛けても、「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」と、無機質な自動音声が流れるだけ。
ここに、あのマンションに、間仲人見と名乗る人間が居た証拠は、何一つとして残っていない。
まるで、最初からいなかったかのように。
間仲人見なんて女は、最初からこの世界に存在しなかったのではないだろうか。
――分からない。
唯一彼女と繋がっている可能性のある指輪の主――関根さんに聞いても、「そういえば私もそうだった」と返された。だから、私が聞くまで忘れていたのだろう。
彼女との共通点は、匿われていた、いや囲われていたマンションが同じ、――ただ、それだけ。
ここに残っていたら、いつか、また会えるのではないだろうか。
萌子は言っていた。けど、私には分かる。
――あぁ、もう会わないつもりなんだな、って。
朝起きて、トークルームが消えていた瞬間、すべてを察したのだ。
そういう消え方をする人を見たのは、初めてではなかったから。
まぁ、たまにそれで命を絶った人も居たけど――、あの女は、たぶんまだ生きている。
どこかで、また女子高生を狙って、元気に生きているだろう。そう確信出来るほどのものを、あいつは私に与えてくれた。
住む場所。
逃げ場。
生きる理由。
人によって、求めるものが違う。
あの女は、それを提供し、――そして、消えるのだ。
想い以外の、何ひとつも残さずに。
「このままここに住もうかな」
「良いんじゃない?」
「……月舘さんは、どうするの?」
「…………」
その問いに、すぐには答えられなかった。
私は、住む場所を求めている。それが誰の家でも、どこでもいい。なら、ここに居ても良いじゃないか。家主の居なくなった家で、一緒に住めば良いじゃないか。萌子は、そう言っているのだ。
「……出るよ」
「どうして? お金とか……」
「あー、それは、……まぁ、なんとかする」
「かっ、身体売るとか!? 買うわよ!?」
「うっさいなぁ。売らない。普通に働くわ」
「…………え?」
「何その意外そうな顔」
「あ、いや、だって月舘さん。…………普通に働くこととか出来るの?」
「出来るわ舐めんな」
そういえばこいつには普通に働いてたこと話してなかったっけ?
いや
「親は無くとも子は育つ、だっけ」
「……それは、」
「あんたはさ、実家、あるんでしょ」
「…………あるけど」
「じゃ、帰りなさい。お母さんは、居ないかもしれないけど。私と違って帰る家があるんだから」
「……でもっ、」
「でもじゃない」
「…………」
口を噤んだ萌子も、まぁ、分かってはいるんだろう。
この家で待っていても、間仲人見が帰ってこないことを。
その現実を受け入れられるか、現実から目を背けるか、それとも希望を持ち続けるかの違いはあれど、私よりは賢い萌子はきっと分かっている。
――分かって、いるはずなのに。
「なんで泣くのよ」
「だ、だって」
「だって、何」
涙を流しながら、震える声で萌子は呟く。
「も、もう会えないのは、つらい」
「…………」
「月舘さんにもよ!?」
「え、あたし? なんで?」
「好きになった人を置いて、どこに行くつもりなの!?」
「学校には通うけど」
「…………へ?」
「あー、でも学費とかどうなってんだろ。流石にそこまでは稼げないかなぁ……」
「……無償化の対象でしょう」
「あ、そんなのあるんだ」
知らなかった。検索してみると、そんな制度があったらしい。結構前から。
払おうとしたことすらないので知らなかったけど、だから高校に通えてたのかな。なるほどね。
「んじゃ、卒業までよろしくね、萌子」
「……うん。あの、デートとかは」
「気が向いたら」
「なっ、なら今からしましょう!」
「気が向いてないから嫌。普通に誘って。学校で」
そう伝えると、きょとんとした顔で萌子はこちらを見る。
「…………いいの? 私、ぼっちよ?」
「気にしないし。あ、あとあんたのクラス、仁井と秋川ってのいるでしょ」
「……仁井さん? 話したことはないけど……それがどうしたの?」
「あの二人、付き合ってるから」
「…………えっ!?」
「困ってることあったら相談したら? 見た目派手だしちょっと話しづらいかもだけど、悪い子じゃないから。あ、でも秋川には相談しない方が良いよ、絶対。相談なら秋川居ないとこでね」
「そ、そんなに……?」
「そんなに」
仁井ってのは去年同じクラスで、よく一緒に遊んでた女の子だ。
んで、秋川は別のクラスだったからよく知らないけど、仁井のことが何年も前からずっと好きだった女の子。
色々あって、まぁよく分からないけど色々あって付き合うことになったとか、報告だけ受けた記憶がある。それからは二人で遊ぶようになって、2年になるとクラスも変わったから今ではほとんど話してないんだけどね。
立ち上がり、涙を拭く萌子の頭にポンと手を当て、制服を着る。
久し振りの制服だ。これくらいしか外に出る服ないから、たまには着てたんだけど。
少なすぎる荷物をまとめて、 広すぎる玄関ホールで靴を履いて、うん、と伸びをした。
――もう、ここには来ないだろう。
籠の外に出られる鳥が、飼い主の居ない籠の中に戻る理由なんてないのだから。
「んじゃ、また学校でね」
「…………うんっ!!」
見送りに出てきた萌子は、見たことないほど清々しい顔をしていた。
あぁ、萌子に言われたように、お父さんに会いに行くのも良いかもしれない。でも、ずっと会ってないから今の私の顔見ても分かんないかもな。
それでも、いっか。私は、はっきり覚えてるし。
……驚くだろうな、きっと。
終わりかけだった私の人生は、まだ続いていく。
きっと、これからも色んなことが起きるだろう。これからも、色んな人に出会うだろう。
あぁ、何が起きるんだろう。
どんなことが、私を待っているのだろう。
――楽しみだ。
胡乱 衣太 @knm
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