第21話

「や、元気してた?」

「…………え?」


 その日、およそ1週間ぶりに現れた間仲人見は、まるで家族に挨拶するかのごとく気さくにそう言ってきたが、しかし、一つだけいつもと違うところがあった。


 ――時刻は20時15分。それは、もよこがとうに帰宅している時間である。


「ま、間仲さん……?」

「そうだよ」

「どうして……」

「萌子ちゃんに会いたくなったからだけど」

「えっ?」

「それだけじゃ駄目かな?」

「――っ!!」


 嬉しそうに、泣きそうに、唇を噛んだもよこは、


 ――飛びついた。抱き締めるように、胸に頭を突っ込むように。


 うわっ、羨ましい。流石の私でもそれは無理だわ。大好きアピールにもほどがあるじゃない。自分がやってるとこ想像して鳥肌立っちゃった。


 そのまましばらくすんすんと泣いていたもよこは、まぁ大体5分くらいだろうか、ようやく落ち着いたか間仲人見から離れ、真っ赤になった顔で俯いた。可愛いとこあるじゃない。普段からそうしてれば可愛げもあるのに。


「姫乃も、元気してた?」

「……お陰様で。ところでそろそろご飯なくなるんだけど――」

「あっ、そうだね。じゃあ一緒に買いに行く?」

「は?」「え?」


 私ともよこの声が重なった。えっ、買いに行く? 三人で?

 もう1カ月以上外に出てない私はともかく、もよこは学校に行く時はいつも朝昼を外で食べてるから別に買い物くらいなんともないんだろうけど、この家に来てから引きこもってる私を連れて、買い物に? えぇー……、面倒だな。


「……もよこ代わりに行ってきて」

「むっ、無理! 無理よ!」

「萌子ちゃんは私と買い物に行くの、嫌なのかな」

「そ、そうじゃないですただ緊張するというかそのなんというか――つつつ、月舘さん! お願いだから着いてきてっ!!」

「……はーい」


 これ以上ゴネられんのも面倒だし、しゃーないから付いてくか。ついでに色々買わせたろ。


「あ、私制服くらいしかないんだけど、服借りて良い?」


 一応二人に聞いてみると、顔を見合わせ笑われた。もよこは「パジャマしかないわ」、間仲人見には「これ一着しかないな」と言われたので、仕方なく制服を着て出かけることにする。バスローブよりはマシだ。あんたはいっつも着替え持ってくんのに、どうして今日に限って持ってこないのよ。

 あんまり夜遅く制服で歩いてると補導されるんだよなぁと思ったけど、実態はともかく保護者っぽい女も居るし別にいっか。少なくとも誘拐女と家出少女には見えないでしょ。


「ね、これも買って。あと――」


 近所の高級スーパーで買い物。普段見慣れないものばかりなので、色々目移りしちゃって籠係のもよこの籠に気になるものを片っ端から突っ込んでいく。「それはお酒のつまみじゃない?」とか言われても気にしない。だって最初に何買っても良いって言われたし。

 未成年なのでお酒を飲む気はないが、それはそうとしてお酒のつまみのような味の濃いものは結構好きだ。中学時代はつまみとジュースで時間繋いでたし。


 見たことないくらい高いチーズとかハムとか缶詰とかを色々買い込んで、その後はドラッグストアに。どうやら冷食はいつもここで買ってるらしく、目に付いたものを片っ端から籠に突っ込んでるうちに籠がいっぱいになったので、カートを持ってきてそこにイン。

 いつもは冷食ばかりを買うところだが、折角冷蔵庫もあるのだから、と日持ちのする冷蔵食品もいくつか購入。いざレジを通すと「これ三人で持って帰んの……?」と声を漏らしてしまったが、ご愛敬。なんとかなりました。


 店を出た時には、もう22時を回っていた。そろそろ制服だと警察官に声を掛けられる時間だが、保護者効果か、特に誰にも声を掛けられなかった。繁華街からは随分離れてるから、深夜パトロールも多くはないのだろう。そもそも出歩いてる人そのものが少ないし。


 んで、家に帰り買ったものを冷蔵庫と冷凍庫に押し込み――、


「萌子ちゃん、一緒にお風呂入る?」

「ふぇあ!?」

「姫乃も、入るでしょ」

「……入るけど」

「つっつつつ月舘さん!?」

「何?」

「いっ、一緒に入るの!? あなたも!?」

「いやあんたはさっき入ってたから別に入んなくても良いんじゃない?」

「あれっ、そうなの?」

「そっ、そうなんですがっ! い、いま外出たしお言葉に甘えて、はっ、入ろっかなぁー?」


 うっさいな。


「んじゃ、おっさきー」


 どうやら買い物に出かける前に湯沸かしをしていたようで、脱衣所に辿り着く前に全裸になった間仲人見(いつものことだ)が脱ぎ散らかしていった衣類に、小ぶりなスイカくらいは入りそうなブラジャーを拾い上げ、まとめて脱衣所の洗濯機にぶちこんでから制服を脱ぐ。


「そ、その、月舘さん」

「何」

「なんか慣れてるようだけど……」

「そうね」

「女同士一緒にお風呂に入るのは、普通……?」

「知らない」


 何言い出すの。知らんわ。私修学旅行とかも行ってないし、友達とお泊り会とかもしたことない。だから何が普通かはよく分からないけど、間仲人見と一緒にお風呂に入ったことは何度もある。はじめの方はちょっと嫌だったけど、もう役得だと考えることにした。

 まぁシた後に入って、またお風呂で盛り上がっちゃって、お風呂出てからもベッドで――なんて流ればかりだったので、結局お風呂に入った意味はあるのかないのか微妙なところではあったけど。今日はなんもしないでしょ、流石に。


「お邪魔するわ」


 ドアを開けると、間仲人見はもう湯船に浸かってとろけていた。早いわ。でもいつもこんなん。自由なのよ本当に。

 シャワーで体を流して、ボディソープを泡立て、――「し、失礼しまーす……」と胸をタオルで隠したもよこが入室。


「何隠してんの?」

「え、だって……」

「見られて恥ずかしい身体じゃないでしょ、女同士だし」


 まぁ間仲人見に限って言えば、女同士である方が危険ではあるのだが。


「そ、それもそうね」


 ちらちら湯船に浮かぶ間仲人見の方を見ながら膝立ちでシャワーに手を伸ばすもよこに、「ん、」とシャワーを渡す。こんな広いのにシャワーは一つしかないのよね。

 全身を目一杯泡だらけにして、シャワーを借りて流す。髪は、――まぁあとでいいや。おだんごに丸めたら壁に掛けてある髪留めで留め、先客を押し込むように湯船に入る。


 ――と同時に、壁にぶつかって跳ね返ってきた間仲人見が私を抱き締める。全裸で。いや風呂だから当たり前なんだけど。

 夜中外に出た後とはいえ、もうじき春になるから気温も上がってきたし、既に湯船に浸かっていた間仲人見の身体はいつもより暖かかった。そのまま抱き締められていると、もよこがじっとこちらを見ていることに気が付いた。


「……何」

「そ、その……」

「文句でもあんの」

「あっ、ありませんけど!?」

「ならなんで見てんの」

「見ちゃ悪いの……?」

「悪い」

「…………悪いか」

「うん、悪い」


 間仲人見はずっと黙ってる。こいつ風呂場だと静かなんだよね。変温動物? いやそれだと寒い時に黙ることになるか。逆だな。

 静かにされてる分にはありがたい巨大すぎる胸に頭を乗せ、高い天井を見上げる。手を伸ばしたら天井に届きそうな高さしかなかったアパートの風呂場と違って、身長の、――まぁざっと倍くらいはある高い天井からは、水滴すら落ちてこない。

 冬に湯船溜めるとぴちゃぴちゃ水が滴ってきたアパートのお風呂が懐かしい。二度と入りたくないわ。


 後ろからぎゅっと抱き締めてきて、それだけじゃなくお腹とか、胸とか、足とか――いろんなところを撫でまわしてくるけど、それよかもよこがガン見してくることのが気になるわ。

 見んな。水かけとこ。あんたもとっととこっち入りなさいよ。そんでおんなじ目にあえ。


 本日二度目とは思えないくらい身体をゆっくり、本当にじっくり洗ったもよこは、意を決して湯船に入ってくる。――端っこに。誰にも触れないような位置に。

 いや確かに普通のお風呂と比べたら広いっちゃ広いけど、3人が入ると狭いわ流石に。特にもよこが触れないように端っこに行くもんだから、なんだかより狭い。


 というわけで足で壁をぐいと押して、クッションの位置調整。――よし、こんなもんかな。

 私、間仲人見、もよこの順になり、――まぁもよこは顔真っ赤だけど気にしないようにして、「はぁ……」と揃って天井を眺め息を吐く。

 そうそう、お風呂なんてこんなもんよ。会話もなく、ちょっと肌が触れ合うけどそんな気分になることもな「ひゃっ」い――――「あのさぁ!?」


「姫乃、どうしたの?」

「手っ!!」

「手が、どうしたの?」

「触ってんだけど……!?」


 具体的に言うと、私の下腹部から足の付け根あたりをじっくり、じっとり撫でまわしてくるんだけど、そんなことされたら当然触れたら不味いとこにも触れちゃうし、変な声出るし、もよこは興奮して顔真っ赤だし――――


「これ以上するなら、出る」

「ごめんごめん、……胸なら良い?」

「それなら、まぁ……」もみもみもみもみ――――いやガッツリ揉むな。

「いいの!?」ばしゃりと水しぶきを上げ立ち上がるもよこ。

「あんたは駄目」

「なんで!?」

「目がキモい」

「目がキモい……!?」


 なんか、なんだろう、血走ってる? 私を泊めてくれた知らない男の家でお風呂借りた後とか、大体男はこんな目してるもの。

 そういえば間仲人見は人を抱く時もそうじゃない時も、ずっと優しい目してんのよね。興奮してんのかそうじゃないのか、表情だけじゃ全然分かんない。だから急になんの脈絡もなく押し倒されたりするんだけど、性欲のスイッチどうなってんだろ。まさか常時オンなの?


 この二人の表情だけ見て「どっちがレズでしょう」とか聞いたら、10人のうち9人はもよこの方をレズと断定すると思う。まさか聖母が子を抱き上げるような慈愛の表情で女子高生の胸を揉み続けるクソ女が居るなんて想像もされないわ。

 ただよく考えたらこの場合「どっちが」、じゃなくて「どっちも」、ね。


「んっ……」


 変なとこ摘まむな馬鹿。声出るに決まってんだろ、くすぐったい。


「この……っ」


 たぶんやり返さないと止まらないやつだと判断し、ぐい、と肩を回して後ろに手を伸ばす。手が足の付け根に届くか届かないか――そのあたりで、ぎゅっと股を閉められ手がホールド。ちっ、バレたか。


「あ、あの、私も居るんだけど……」

「萌子ちゃんも、一緒にどう?」

「いいんですか!?」

「よくねえよ馬鹿」

「駄目なの!?」

「駄目に決まってんでしょ、この馬鹿の言うこと信じないで」

「いいよ、萌子ちゃん。一緒に姫乃を虐めよう」

「待って私なの!? もよこの好みってこういう女でしょ!?」

「ちっ、違いますけど!?」

「はぁ!?」

「そりゃこういうおっぱい大きいお姉さんタイプは結構憧れるしえっちだなって思うし助けてくれて嬉しいし人間としては好きだけど私の好みは――、」


 急に言葉に詰まる。えっ待って待って、この状況って――


「姫乃だよね」

「そうよ!!」

「なんでそうなるのよ!?」


 でも言われてみると私と早田、結構キャラ近いんだよなぁ! 恋愛を冷めた目で見てるあたりとか、それなのに私は男子から、早田は女子から人気あるあたりとか!

 明るく派手なタイプってのも確かに一緒だし、誰にでもまぁまぁ優しく接するし――あれっ、考えてみるとかなり近いのかも!? 愛梨と早田があんま仲良くないからいつの間にか疎遠になってたけど、そういえば1年の初期はよく話してたし……!?

 えっ、まさかそうなの!? 本当にそうなの!?


「ま、待って、待ってもよこ、あんた仲良い相手のこと好きになるって――」

「良いわよね!?」

「良い、……かぁー!?」

「もう親友くらいに思ってますけど!?」

「あたし親友くらいに思われてんの!?」


 ちょっとそれは親友のハードル低すぎない?


「こんな気さくに話せる人他に居ないし、……ともかく好きなんですが! お返事はいかが!」

「無理っ!!」


 即答すると、立ち上がったまま叫んでたもよこがぼちゃんと湯船に口まで浸かる。


「……萌子ちゃん、フラれちゃったね」

「にかいめ……」

「姫乃に慰めてもらおっか」

「うん…………」

「おい人をダシにすんな。せめて同意を取ってからにしろ」

「いい?」

「駄目」

「萌子ちゃん、姫乃が駄目って言う時は、良いって意味だよ」

「変なこと教えんなっ!!」

「だって、いつも「駄目っ駄目っ」って――」声真似やめろ。

「やめ――、マジでやめて本当に!」

「可愛いよね、姫乃」おいもよこは本気で頷くな。水しぶき上がるレベルで頷くな。

「…………好きになっちゃったんだから、しょうがないでしょ」


 静かなトーンで、そう言われ。

 大きな溜息が浴室に木霊したのは、言うまでもなし。

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