第20話

「で、一週間経ったわけだけど」

「……経ったわね」

「成果はどう? 探偵さん」

「…………」


 間仲人見について調べることを決めたあの日から、とりあえず一週間はお互いどこまで調べられたか話さないでおこうと決め、そして期日を迎えた。

 夕食を食べ終え(食べる前からテンションは低かったのでなんとなく察していたが)、珍しくコーヒーも淹れることなく、水道水(蛇口から出しただけなのに何故か美味しい)をコップに注いで飲みながら、もよこは大きな溜息を吐いた。


「こっちは収穫ゼロ。お隣さんずっと留守みたいだし、一応聞いたけど下の人は何も知らなかった。管理会社に問い合わせてみたけど契約者本人以外には何も話せないって。それから震災の行方不明者とか交通事故データベースを漁ってみたけど、間仲姓の人がそもそも見つからなかったわ。珍しい漢字だから簡単に見つかると思ったのに……」


 意気消沈といった顔で、もよこは俯いて答える。


「そ。んじゃ、あたしはそんな昔のこと調べられる気がしなかったから、最近のことを調べたんだけど」

「最近?」

「とりあえず、前見せた指輪の持ち主と連絡は取れたわ」

「えっ!? どうやって!?」

「……ま、方法は話せないけど」


 もよこ真面目ちゃんだから、家主が家に帰って来た時に勝手にバッグの中漁ってクレジットカードの名前を見ました、とか言ったら普通に怒られそうだし。


「まぁ予想通りなんだけど、6年前ここに住んでたんだって。その時の縁で、いくつか名義を貸してたみたい」

「名義貸しって、……それ、犯罪じゃない?」

「それ言ったら未成年者を住ませてるだけで犯罪だけど」

「……それも、そうね」


 私は中学時代色々やってたから、そのへんはちょっとだけ詳しい。いざって時は交番駆け込む気満々だったからね。っていうか駆け込んだこともあるわ。自分の外見以外にプライドなんてないので。

 私たちのケースでは、『未成年者誘拐罪』が適用されるだろう。

 未成年者を親の同意なく宿泊させると、これに引っかかる。仮に性行為目的でなくとも、場合によっては家に鍵など掛けていなくても成立する。言うまでもなく、モロ犯罪だ。

 まぁ家主ほとんど帰ってこないから誘拐と呼んでいいのかは微妙なところだけど、それでも一応、誘拐は誘拐である。誰も訴え出ないから警察沙汰になってないだけ。


「犯罪かどうかはこの際置いといて、分かったことは、間仲人見はずっと前からこんなことをしてたってこと」

「ずっと前?」

「そ。関根あさみさん――今大学で助教授? してるらしいけど、その人曰く、間仲人見が高校生の時にはもうこの家持ってたんだって」

「…………」


 「高校生、ね」と小さく呟くもよこも、察したようだ。


「つまりこの家も、私達を養ってるのも、本人の稼ぎからじゃない。パトロンかスポンサーか――、そのあたりが居る。まぁ、関根さんの認識も私達と同じで、正体不明の女好きの金持ち、ってとこまでだったけど」

「女好き!?」

「いやそうでしょ」


 そういえばセックスしてること話してないんだっけ。まぁいっか。


「と、ともかく、じゃあ誰がお金を出してるのってことになるけど――」

「同じ手口で恩売った、金持ちの子でも居たんじゃない?」

「……親とかって発想にはならないのね」

「いや、普通の親がどんなか知らないし。子供が女漁りするために資金援助する親、普通?」

「普通じゃないわ」

「じゃあ親は計算に入れなくて良いでしょ。親より親じゃない方が納得できるもの」

「そう、ね。……悔しいけど、それには同意だわ」


 しかし、そうなると探す人間の数が途方もない数になってしまう。

 前調べたが、間仲という姓の人間は全国に230人ほど居るらしい。その全員を探す――なんてこと、探偵とかならともかく、ただの女子高生である私達には不可能だ。

 それでも、仮に親なら母数は230まで絞れる。だが親族ですらないのだとしたら、母数は1億を超えてしまうだろう。そこから探し出すことなど、探偵であっても不可能だ。


「んで、関根さんからもう一つだけアドバイスを貰ったんだけど」

「……うん」

「強気な女がタイプなんだって」

「待ってアドバイスってそういう!?」

「もよこは、ちょっと弱気すぎるかもね」

「べっ、別に好かれたいわけじゃ――」

「あんたに会いに来ないし連絡先も教えられてない理由」

「…………」


 黙っちゃった。だって話聞いた感じ、もよこって絶対間仲人見のタイプじゃないのよ。

 しかし関根さんは割と私と似た感じの性格だったから、電話口でも結構盛り上がった。倍くらい年離れてるからそりゃ人生経験は全然違うんだけど、それでも仲が良かった頃の母親と同じくらいには話せた。

 「まだやってたんだ、あの人」なんて笑った関根さんは、私から電話がかかってくるまで間仲人見のことなんてすっかり忘れていたらしい。

 旦那さんの浮気で落ち込んでいた時に声を掛けてくれた女が間仲人見で、それから離婚までの3か月くらい付き合ってただけだとか。

 クレジットカードの名義が使われていると言った時も、「そういえば作ってあげたっけなぁ」くらいの軽い反応だった。忘れていたということは、紐づけられてる銀行口座は関根さんのものとは違うのだろう。

 ところで関根さんの電話番号は、学生のフリして大学に問い合わせてみたらあっさり教えてくれた。それでいいのか、大学。


「そ、その、月舘さんは会ってるの?」

「うん」

「……ここで、だよね」

「そうね」


 まぁ隠すほどじゃないし、聞かれたら答えるよ。嘘吐いてまで隠したいわけでもないから、セックスしてるのか聞かれたら答えるつもり。

 しかし私の答えに満足したか、それとも不満だったのか、もよこは俯き頭を抱え、「あー……」と野太い声で唸る。えっ何いきなり。怖い。


「ちょっと好きになりかけてたのにぃ……」

「えっ、やめときなさい。クズよ」

「どうしてそんなこと言うの……?」

「いやだって、普通に無理……」


 仮に女と付き合うとしたら、少なくとも間仲人見みたいな女は絶対嫌だ。顔が良くておっぱい大きくてセックス上手くてお金持ちなとこくらいしか良いとこないじゃない。


 ――いやこうして箇条書きにしてみると案外長所ばっかだな。


 でもまぁ、胡散臭いのは事実だし、何考えてんのかさっぱり分かんないのも事実。きっとあんな女、何を言われても一生信用出来ない。


「でも、セックスしたいだけなら出来るかも」

「どういうこと!?」

「裸の自撮りでも送って誘えば――」

「連絡先も知らないのに……!? それともつっ、月舘さんが撮って送るの!?」


 それじゃハメ撮りじゃない、って返しそうになってやめた。流石に怒られそうだし。


「別に連絡先くらい教えても良いけど……言うなとも言われてないし」

「……でも、月舘さんは最初から教えてもらったのよね」

「シチュエーションが違ったし」

「……そう」


 私と会ったばっかの頃は、たぶんまだ家に連れ込むメソッドが作られていなかったのだ。

 あの頃の間仲人見はまだ高校生――でも、そうか。関根あさみと関係を持ったのも、あれから3年以内の話なのか? ホントに節操ないな。

 しかし指輪が何年もここにあるまま気付かれなかったあたり、家に連れ込まれた女の総数は然程多くないのかもしれない。

 てっきりちょっと前だと思っていたのに、関根さん曰く今から6年前の話というし。


 しかし、6年前というのには少し引っかかる。10年前に私が会った時に高校生だったのに、6年前に会った関根さんも間仲人見を高校生と認識している。一体何年高校に居たのか――、それとも女子高生ブランドを活用するため、高校生でもないのに制服を着てたとか? ありうるなぁ、あの女なら。


「どうすんの?」

「……いい。自分で教えてもらう」

「会うこともないのに?」

「うん」


 どうやら、悔しそうではあるが覚悟は決まったらしい。

 好みじゃない女には連絡先を教えていない――、そう思い込むことにしたんだろう。

 まぁ、好みじゃない女を家に連れ込む理由なんてないから、ただセックスしたいかしたくないかというもっと分かりやすい基準だとは思うのだが、流石にそれは言わなかった。余計傷つく可能性もあるしね。


 結局微妙な空気になってしまい、推理ゲームはそれで中断となった。

 それきり間仲人見の正体を話し合うこともなくなり、話が進展したのは、それからしばらく経ってからだった。

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