第18話

「聞きたいことあるんだけど」

「……急にどうしたの?」

「死んだはずの人が生きてるって、どんなケース?」

「…………待って、それ絶対食事中にする話じゃない」


 「それもそうね、」と黙って食事を進める。


 間仲人見が居なくなって、数時間後にはもよこが帰ってきた。

 いつもより随分早い。6限目が終わって直帰すると、大体このくらいの時間だ。

いつもは部活をしていたのではなく、寄り道をしていただけなのだろう。それからお風呂に入って(もよこは帰宅後即風呂派である)、夕飯の冷食を温めて二人で食べる。


 途中で変な質問しちゃったけど、まぁ滞りなく食べ終え、食後にコーヒーを一杯淹れ、戻ってきた。あれっ牛乳入れてる? 買ってきたのかな。今度なんか買ってきてもらおうかな。外出るの面倒だし。炭酸飲みたいのよね炭酸。パシらせんなって怒るかな。それとも普通に買ってきてくれるかな。


「で、えーと、死んだはずの人が生きてるって、それは死体安置所から生き返ったとか、絞首刑で処刑された後に息を吹き返したとか――」

「ごめん、たぶんそういう話じゃない」

「……じゃあ、物理的に死んで生き返ったって話じゃなくて、戸籍上の死人が今も生きてるって話?」


 「たぶん、」と答える。

 流石に死んで生き返った方はないと思う。ちょっとファンタジーが過ぎる。っていうか真っ先にそういうのが浮かぶってことは、絶対好きでしょそういう話。


「うーん……、そもそも戸籍がない人は居るらしいけど……」

「あっ、それは知ってる。昔よく会ったわ」

「よく会うほどは居なくない!?」

「居るとこには、居るわよ。あれでしょ、離婚して1年以内に生まれた子供は前の夫の子供ってことになっちゃうから、出生届出されないまま育てられるケース」

「…………そういうのもあるのね」


 結構居たのよね、そういう子。書類上離婚してないだけで別の人と事実婚状態とか、不倫とか――、割と色んなパターンで、生まれても出生届が出されない子は大勢いる。

 きっと数えることも出来ないほど大勢居るんだろう。だって、書類上は存在しない人間の数を数えることなんて、物理的に不可能だ。

 そんな子は当然ながら学校にも通えないし、ロクな環境で育てない。そうなると、中学時代の私のように、女を武器に生きていくしかなくなるのだ。

 もし男だったら? ――分からない。


「ちょっと調べてみたけど、可能性が高そうなのは記憶喪失か、それとも物心つく前に行方不明になってるとか、そういうケースがあるみたい」

「でもそれ、死んだことになるの?」

「うーん……、たとえば昔に大きな震災あったでしょ?」

「あったね」

「あの時の行方不明者って、死体が見つからなくても行方不明期間が長ければ死亡届が出せたらしいの。実は他のところで生きてました、みたいなこともあるんじゃないかな。ほら、そういうニュースもあるし」

「へぇ……」


 もよこが見せてきたスマホには、『死亡届が出されていた20年前の行方不明者、東京で親戚と生活していたことが判明』なんて書かれている。なるほど、どうやらそこまで珍しいケースではないらしい。


「でもそういうの、よほど大きい震災じゃないと少ないんじゃないの?」

「……まぁ、そうね。急にどうしたの?」

「間仲人見」

「……間仲さんが、どうしたの?」

「いや、間仲人見なんて人、どう探しても出て来ないし。今時、名前の一つもネットに残ってないことなんてあるのかな」

「それは、そうだけど……、いくらなんでも死んでるってのは、突拍子もなさすぎるっていうか……」

「まぁぶっちゃけちゃうと、本人が言ってたのよね、自分は公的には死んでるって。それだけしか教えて貰えなかったんだけど」

「…………」


 もよこは口元に手を当て、静かになる。こうしてると様になるな。黙ってれば可愛いじゃない。まぁ喋ってても可愛いっちゃ可愛いけど、若干残念なのよね、性格とか。


「えっと、それは調べても良いことなの?」

「うん、気になるなら自分で調べてって言われたし、私に話したんならもよこに伝わるのも織り込み済みでしょ」

「じゃあ調べるわ」

「やけに乗り気ね」

「……あの人の素性、調べちゃいけないんだと思ってたから」

「あー……」


 頬を掻いて、恥ずかしそうにして言う。

 それもそうか。確かにそれは、恩人を疑うような行為である。

 もよこは間仲人見に心酔してる節もあるし、そう思ってたのも無理はない。私は最初から胡散臭いと思ってたから色々調べてたけど。


「とりあえず真っ先に調べるのは、……ここよね」

「ここ?」

「この部屋。死んでることになってるなら、たぶん借りてる名義人が別人ってことになるでしょ? ならその人に当たってみる」

「そんなの調べられるの?」

「さぁ?」

「さぁって」

「こういうのは、一番近いところから調べるべきなの」

「……張り切ってるわね、もしかして推理ゲームとか好き?」

「…………めっちゃ好き」

「そ。じゃ、お願い」

「……月舘さんは調べないの?」

「うーん……、あ、一人だけ知ってそうな人が居るから、そっちから調べてみる」

「ついに家から出るのね……」

「いや出るつもりはないけど」

「…………そう」


 いやだって、出ないで済むなら出ないでいたいし。面倒だもん。

 これまで見たことないくらい生き生きしてるもよこと今後の計画を話し合って(というかほぼもよこの推理を聞いていただけだ)、その日の入眠は、いつもより随分と遅くなった。

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