第16話
結局もよこは、翌日にはあっさりと学校に行った。
よほど根が真面目なんだろう。朝普通に起きて着替えてきたので、驚いて「別に行かないで良いんじゃない?」と聞いてしまったが、意思は固いようだった。
話によると昨日は学校の校門前でパトカーに乗せられたようだから、相当噂になってると思うが――、まぁ元からぼっちな高校生活を送ってるもよこにとって、噂の一つ二つ増えた程度で気にならないのかもしれない。
というわけで、毎度のことならおひとりさまを満喫中の私だが、しかしその優雅な時間は30分もすると終わってしまう。
「あれ、一人?」
家主である間仲人見が帰ってきたからだ。
「会わないようにしてたんじゃなかったの?」
「……この時間なら、まだ居ると思ったんだけどなぁ」
「あいつ朝早いのよ。私ならギリ居たかもね」
「知ってるだろうけど、」と小さく呟くと、少しだけ驚いたような表情をする。だが、何も言わなかった。
もしここで「知ってた」と言うのは何かしらの手段で私達を監視しているイコール『都合が悪いこと』だろうし、「知らない」と答えると『嘘は吐かない』という制限に引っかかる。故の沈黙。
なんとなく分かってきたな、この女のこと。まだ片手で数えられる程度しか会ってないのに、存外手口が単純なんだ。
「あいつの親のこと、調べた?」
「うん」
コートを脱ぎ、例のごとく私の隣に座るので、直球で聞いてみた。
――まさか平気な顔で返してくるとは思わなくて、私の方が面食らったけど。
「……で、どうだったの」
「『現住建造物等放火罪』――まぁ簡単に言うと、人が住んでる建物に放火した場合の罪状だね、それになると思う」
「ふぅん、どんくらい出て来ないの? ちょっと調べたら5年以上って出てきたけど」
「詳しく法律の説明をすることも出来るけど、姫乃は興味ないよね?」
「うん」
「じゃあ、簡単に説明しよう。今回のケースで一番重要なのは、殺意の有無と、実際に誰かが死んでいるか、という点だ」
「殺意……、は、あったんじゃないの?」
「たぶん姫乃はニュースとか見てないだろうけど……」
うっさいな。
「不倫相手の男性Aと結婚を前提にお付き合いしていた彼女は、男性Aに実は妻子が居たと知り、激怒して放火に及んだと言われている。ここまでは萌子ちゃんから聞いてると思うけど」
あのもよこの主観まみれの説明でもちゃんと理解できた私偉い、という気持ちを込めて「うん、」と頷き返す。
「今回死傷者はゼロ。ならばここに、殺意はあったのか、というのが争点になるだろう」
「え? あったんじゃないの? だって家燃やしてんでしょ?」
「……それが、実はその証明は非常に難しい。逮捕される時には放火及び殺人未遂の疑いで逮捕されるが、誰も死んでおらず、強い殺意を抱いている証明が出来なければ、放火のみで処理されるケースの方が多いね」
「えぇ……、そんな証明、出来るもんなの?」
そもそも殺意の有無って、気持ちの問題でしょ? 本人が「ありません」って言ったのを証明することなんて出来るの? 自白剤的な?
「出来ることもあれば、出来ないこともある。ただ今回は完全な単独犯、また着火に使用したのがコンビニで買ったライターとライターオイルだけなことから、恐らく殺意は証明されない。つまり相当罪は軽くなるだろうね」
「…………よく分かんないわね」
「まぁ、よほどの凄腕弁護士がつかない限りは、ざっと10年は求刑されるだろう」
「10年…………」
それだけの期間、親と離れ離れになることは、――今のもよこには出来ないだろう。なんなら毎日面会行ってもおかしくない。
私からするとすぐに切り捨てるべきクソ親なのに、もよこにとっては違うのだ。
なんなんだろうなぁ、親に失望させられたという点では一緒なのに、この違いは。人徳?
「それ、もよこは知ってんの?」
「流石に警察署で説明されてると思うけど……」
「ま、聞いてたかは分かんないと」
「だね」
喋りたいことはそこまでだったのか、口を噤んで微笑むと、黙って私を押し倒す。
「難しい話したから、エッチしたくなっちゃった。良い?」
「いつでもしたがってんでしょあんたは」
「そういうわけじゃないけど……」
唇が、奪われる。ねちっこく、舌が私の中を蹂躙する――
ちょっと難しい話したと思ったら、ほらこれだ。もうちょっと真面目パート持続させること出来んのかい。
身体中を舐め尽くされながら、私はそんなことを考えていた。
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