第15話
「要約すると、あんたのお母さんが彼氏の家に放火して逮捕されたってことでいいのよね」
「そんなあっさり……、もうちょっと色々話したと思うのだけれど」
「自分語り部分は私には関係ないし」
ちょっとショック受けてるみたいだけど、いやだって実際そうでしょ。お母さんどんだけ好きかってフェーズほんといらない。
ってかそのお母さん、もよこがおかしくなったと思い込んで病院に通わせてた女でしょ? 娘の性癖理解しないし、しまいにゃ不倫相手の家燃やすって、どんだけ盛られても普通にクソ女じゃん。
あと放火ってそんなよくあることなんだなぁって、そこんとこはちょっと驚き。話聞いてて思ったけど、私の実家もちょっと前に燃えてんのよね。
「それで、この話を間仲さんにもするかって相談をしたかったんだけど……どう思う?」
「え?」
「え?」
「もうしちゃったけど……」
スマホを掲げてショートメッセージアプリを見せる。
自分語り部分はスルーして、とりあえず伝えないといけないことだけはもう連絡済み。既読通知なんてないアプリだから見てるかは知らないけど。
「れ、連絡先知ってたのね」
「うん。ってかその段階で悩んでたんだ」
「だ、だって、迷惑掛けちゃうし……」
「そんなの今更でしょ。ワケアリ女子高生を好き好んで匿ってる変人なんだから、警察沙汰くらい織り込み済みよ」
「そ、そうかな……?」
「そうよ」と返し、アプリを眺めていると、『教えてくれてありがとう。萌子ちゃんの様子は?』と返事が来たので、『昨日は泣いてたけど、今日は普通』と返しておいた。
つーかこういうときは普通に返すのな。私が文句言っても全く返事しないのに。ちょっと腹立つ。エロ自撮りでも送ってやったらすっ飛んでこないかな。
「直接説明したいんなら呼び出すけど……」
来るかは分からないけどね、とは言わずに伝えると、もよこは困った顔でしばらく悩む。
「……もう伝わってるなら、とりあえず大丈夫。もし聞かれたら、自分で答えるわ」
「そ」
「そ、その、……間仲さん、なんて? 心配してる?」
「知らんけど……」
「ほら見てみ、」とスマホの画面を見せる。
あっ変なとこ見えてないよね、『キスマーク全然消えないんだけど』とか送ってたんだけど。あぁ大丈夫そう。ギリ表示範囲外ね。
そりゃあ心配はしてるだろうけど、文面からは分からない。というか私結構長文送ったけど、返事さっきの一文だけよ。もうちょいなんかないの?
スマホ画面をじっと見つめていたもよこは、若干不安そうな顔をする。その反応は分かる。
「まぁ、もよこが気にすることじゃないでしょ」
「えっ、いや気になるでしょ!?」
「なんで?」
「なんでって……、母親よ?」
「それが?」
「それがって…………」
ドン引きしたご様子。これはもう、家庭環境の違いなんだろうなぁ。
私にとって母親とは、自分を産んだ他人でしかない。今どこで何してても興味ないし、私に迷惑かかんないなら不倫でも浮気でもなんでもしてて構わない。いや殺人とか放火はちょっと、私にも迷惑かかりそうだから嫌だけど。
実の父親はもうずっと会ってないし、正直顔もうろ覚え。小2から会ってないしね。あっちからコンタクトを取ってくることもないし、どこかで私の知らない暖かい家庭を作っていることだろう。うちの母親と結婚したことがそもそもの間違いなのだ。
どうして離婚したのかだって私は知らない。聞いたことないし、話された記憶もない。結婚してみたら案外タイプじゃなかったとか? ありそうだなー。今のとキャラ違いすぎるし。
「まだ関わってくのか、もう関わるのやめるのか、あんたはもう選べる
「…………そんな、急に言われても。それに、」
「それに、何?」
明らかに言葉に詰まった。まさかそんなことを考えてもいなかったという顔だ。
しかし、うーん。わっかんないなぁ。娘の性別を理解出来ず病院入れたり、旦那も子供もいるのに不倫して、最終的に放火した女でしょ? どう考えても付き合い絶った方が良いと思うんだけど、一体何に執着してるんだろ。
「言っちゃ悪いけど、普通にクズだと思うわよ、あんたの母親」
「く、クズって、月舘さんは何も知らないでしょ!?」
「そんなの知らないに決まってるじゃない」
今更、何を言ってるんだ。知ってるのは、あんたが話した内容で全てだ。
「それでも話したのはあんたで、これを『相談』にしたのもあんたでしょ。だから手っ取り早い解決策を伝えただけ。何? それとも自分を納得させてくれる答えをくれると思ってた? 無茶言わないでよ。私はカウンセラーじゃないんだから」
「っ……」
「そうやって自分を納得させたいならご自由にどうぞ。ただ客観的な意見を言わせて貰うけど、そのまま母親として付き合い続けててもロクなことにならないわよ。あっ、でも放火で捕まってんならしばらく出てこないか」
言葉に詰まって返事が返らないので、検索してみる。なになに、放火罪はかなり重くて死刑または無期懲役、それか5年以上の懲役――ふむふむ、何それ殺人レベル? まぁ場合によっては大勢死ぬから、そんなもんなのかな。
「刑務所から出てくるのは、早くとも5年後。――その頃にはあんたは二十歳過ぎね」
「……で、でも」
「でも、何? あぁ、まだ母親大好きで信じたいなら定期的に面会とか行ってあげたら? ま、もうあんたの知る母親じゃないんだろうけど」
「どうして?」
「あんたの母親は、不倫相手の家に放火するような人間だったの?」
「ちっ、違う!」
「……でしょ」
――あぁ、こんなこと偉そうに言っておいて。
ブーメランだ。これは、数年前の私にも刺さる言葉。
誰にも言われなかったから、自分の中にだけあったのだ。
私の知る私の母は、義理の父に強姦された娘を売女と罵るような人ではなかった。
少し考えれば分かるだろう。バツイチ子持ち女の再婚なんて、娘ありきで考えられるに決まってる。歳の行った女より、似た容姿の若い女の方が良いと考えるのは当たり前だ。
あちらがクズだった。でも、恋する乙女の恋愛脳に支配されていた母は、そんなこと考えていなくて、私を悪だと罵った。
そして、あの家に私の居場所はなくなった。
もしも、私が母の本性に最初から気付いていたら。
もしかしたら、誰かに助けを求められたのかもしれない。
それこそ警察とか、親戚とか、本当の父親とか――
今となっては、全てが手遅れだ。
家族の関係は完全に壊れてしまい、修復は未来永劫出来なくなった。
でも、
でも、この女は違うじゃないか。
まだ、選択肢がある。私のように、全てを失ってから自暴自棄になったわけじゃない。
相談できる相手も、庇護してくれる大人も居る。だから――
「悩みなさい」
「え?」
「時間も、余裕も、住む場所もあるじゃない。私が正しいことを言ってる保証はないし、あんたの考えが正しい保証もない。この選択が間違ってるかどうか知るのは、今のあんたじゃなくて未来のあんたでしょ。だから今は、存分に悩んで、悩んで、悩んで――、それでも答えが出なかったら、また誰かに相談すればいいでしょ」
そうだ。
この女は、倉橋萌子はまだ、狂っていない。
まだ、正しいと思う道を選べるのだ。
――すべてを間違えてしまった、私とは違って。
「…………」
「言いたいことはそれだけ。満足したなら部屋戻って、寝なさい。どうせ寝てないんでしょ」
目の下の隈を見れば、明らかである。
風呂にも入らず、トイレにも行かず、昨晩帰ってからずっと考えていたのだろう。
そんな状況で出る結論が、ロクなものであるはずがない。
だって、私がそうだったから。
「……ありがとう」
それだけ言うと、もよこは頭を下げてリビングを出て行った。
あぁ、コーヒー飲んだばっかだけど寝れるのかな。――そんな心配はしたけれど、これからどうなるのか、そこを心配はしなかった。
だってここには、どうしようもなくなった時にだけ、頼れる女が居るんだから。
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