第14話

「お前の教育が悪かったんだろ!?」

「なんでよっ! あんたのがおかしかったんじゃないの!?」

「そんなわけないだろ!!」


 私の両親は、去年くらいからすぐに口喧嘩をするようになった。

 それもこれも、すべて私のせいだ。


 早田さんに告白して、それをグループの子に相談したのを切っ掛けにクラス中に私が同性愛者ということを知られて――

 ただのイタズラのつもりだったのか――、私の家に、「おたくの娘はレズ」と手紙が投函されたことがあった。といっても消印とかはなかったから、私の家を知ってる誰かが直接郵便受けに入れたのだろう。


 その手紙を見た母に問い詰められ、反論することが出来ず――

 私は、病院に通わされることとなった。


 といっても、病院で応対してくれるカウンセラーもそのあたりには理解がある人だったから、無理に治療をするわけではなく話を聞いてくれるだけだったが、母が付き添ってる時だけはどうしても厳しい言葉を投げられた。


 そんな日常に耐えている時、私は間仲人見という女性に会った。


 暖かい、光のような人だった。

 話しているだけで、どこか胸の奥が暖かくなる。


「うん」「そっか」「辛かったね」

 そう頷いてくれるだけで、救われたような気持ちになる。


 ただ一緒に居るだけで、落ち着く。――そんな人だった。


 その人は、「どうしても逃げだしたくなったら、ここにおいで」と、住所の書かれたメモとカードキーを私に渡した。


 普通に考えたら、怪しすぎる。

 けどその時の私は、もう心酔しきってしまっていて、こくり、と頷いて受け取ってしまった。


 心の拠り所を得て、しばらくは平穏に過ごせた。

 しかしある日を境に、両親が、私のことで喧嘩をすることが多くなった。

 手を上げることはなかったけれど、これまでずっとおしどり夫婦と評判だった二人の仲は、一気に冷めきってしまって。


 父はあまり帰ってこなくなり(といっても元から出張の多い人なので、年の半分くらいは家に居なかったが)、専業主婦で家のことを率先してやっていた母も、私が家に居ない間はどこかに遊びに行くことが多くなった。

 掃除や片づけをされない家は次第に荒れていき、たまに家族が揃っても外食することが多くなり、外食先でも小さなことですぐに揉めて。


 いたたまれなくなって、鳥籠の中に逃げ込んだ。


 それでも、お母さんともお父さんとも連絡だけは取り合ってる。そうしないと、今度こそ警察沙汰になりそうだったから。今日も元気だよと、個別に連絡をしている。

 お母さんには顔を見せないと心配するから、毎日顔を合わせてる。ほとんど話はしないけれど、たまにご飯を作ってくれる。――誰に合わせたか、いつもより味が濃くなってるのには気付いていたけれど、気付いてないフリをした。


 そんな、歪な生活が、しばらく続いた。

 だが昨日のことだ。――学校の前に、パトカーが停まっていた。


 一体何があったんだろうと、警察官の脇を通り過ぎようとした、その時。

 それまで登校する生徒に「おはよう」「脅かしちゃって悪いね」と言っていた警察官が、私の行く手を遮った。


 ――そしてようやく気付いた。この人たちは、私を待っていたのだと。

 なるほど確かに私は母にも誰の家に上がり込んでるか伝えていなかったから、私を待ち伏せるには学校が最適だったんだなと、遅れて気付く。

 あぁ、また変な噂されるんだろうなと、明日の心配をしていた私をパトカーに乗せて走り出した警察官は、驚くべき話をした。


「君のお母さんが、放火で捕まった」


 寝耳に水だった。

 放火? いつ? どこに? どうして?


 ――それは、先月の話らしい。

 事情聴取はこれから行うが、君も何か知っていないか、と問われたが、私は何を言われているか、さっぱり分からなかった。


 だって、私のお母さんだ。あの優しくて美人の、大好きなお母さん。

 お父さんとは10歳以上の年の差があるから、高校生の娘が居ながらまだ30代。若くて綺麗な自慢のお母さんは、授業参観ではいつも目立っていた。

 そんなお母さんが、放火なんてするはずない。絶対嘘だとそう信じたくても、警察官は優しい口調で教えてくれた。任意同行でなく、逮捕令状が出ていること。誤認逮捕のケースは、今回のようなケースでは限りなくゼロに近いことを。


 本当に何も知らなかった私は、「そんなはずはありません」としか答えられなかった。


 ――しかし、そうは言っても、心のどこかで引っかかっていた。


 お母さんは、誰に会いに行ってたんだろう。


 お母さんは、誰に合わせてご飯の味付けを濃くしていたんだろう。


 まぁ、状況からするとなんとなく分かる。――不倫、だろう。

 信じられないが、なんでも知っていたはずの母の女としての一面に思い当たるところがあった以上、何も知らないでは通せない。

 このままだんまりを決めていても仕方ないと決意した私は、警察署に着くと取調室のようなところに通され、そこで知っていることを話した。

 私が最近どこで寝泊まりしているかも聞かれたので、友達の家に泊めて貰っています、と答えた。だが、その友達が誰か、聞かれても上手く答えられなかった。


 ――名前以外、何も知らないからだ。


 唯一知ってる住所は伝えておいたけれど、「お友達にも迷惑かけちゃうと思うから、急に押しかけたりはしないからね」と念押しされた。

 助かった。これで間仲さんにまで迷惑をかけることになったら、私の居場所が本当になくなってしまうから。


 拘留中だから会うことは出来ないこと。お父さんにも連絡を取っているが、未だ折り返しはなく、会社に問い合わせても県外に出張中のため、手続きに時間がかかっていること。私の方からも父に連絡しておくよう伝えられ、ようやく解放されて、警察署を出て。


 冷たい風に当たって、嵐のようだった時間が終わり、やっと実感が湧いてきて。

 間仲さんのマンションに着く頃には、もう涙が止まらなくなっていた。

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