第13話

 その日のもよこは、いつもと様子が違っていた。


 帰りはいつもより遅く、21時過ぎ。今日は帰ってこない日かな、と思っていたら、泣きながら帰ってきた。


 「どうしたの」と声を掛けようかとも思ったが、なんとなく、会話を求めている雰囲気ではなさそうなのでやめておいた。

 そんなもよこは泣きながら自室として使ってる一番奥の部屋に向かい、それからしばらく出てこなかった。


 ――翌朝。


 ふと目が覚めて時計を見ると、10時を回っていた。いつもはもっと早く起きるけど、それはもよこが起きて朝食を食べたりしている匂いや音で起きるのだ。


 土日であっても規則的に起きてるもよこが、今日は起きてこない。

 うーん、自殺とかされてなきゃいいんだけど。だってもし部屋で死んでたりしたら、部屋片付けるの私になるじゃない? あぁゆういかにも何かありましたって女子、ホントにいきなり自殺するのよね。中学時代よく見たわ。


「ちょっといい?」


 というわけで、部屋に突撃。内鍵が掛けられる構造だが、鍵はかかっていなかった。

 もよこは、起きていた。カーテンを閉め切って、ベッドの上で丸くなっている。


「……なに」

「いや、死ぬなら他所でしてって言いに来たんだけど」

「どういうこと……?」

「あれっ、違った? じゃあいいや」

「待って!? 何を心配されてたの!?」

「自殺」

「しないけど……?」

「そ。じゃ、ごゆっくり」


 背を向け、部屋を出ようとすると――、「まっ、待って!」と呼び止められる。


「……何?」


 振り返ると、どうして呼び止めてしまったんだと言いたげな、くしゃっと歪んた顔のもよこが居た。折角可愛いのに台無しじゃない。私みたいなキャラじゃないんだから、あんたは笑ってないと。そういう顔は似合わないわよ。


「……リビング、行く」

「あっそ。コーヒー飲む? 朝からなんも食べてないでしょ。淹れたげる」

「飲む。……待って月舘さんエスプレッソマシンの使い方知ってるの!?」

「適当にボタン押したらなんか出るんでしょ」

「私がやるからそれだけはやめて……っ!」


 適当に「はいはーい」と返事をし、先に部屋を出た。今度は呼び止められなかった。


 しばらく待つと、もよこが部屋から出てきた。ちゃんと服着てる。偉いね。

 どっかで買ってきたであろうパジャマだ。平日なのに、制服でもない。今日は学校を休むつもりなのだろう。


「……あの、月舘さん」

「何? 話したいだけなら勝手に話して。相槌くらい打つから。相談したいなら先にそれ言って。解決できるかは知らないけど、何かは返すわ」

「……じゃあ、相談で」

「りょーかい」


 ま、そういうことか。

 こういうのは絶対私じゃなくて間仲人見の役割だと思うんだけど――、同居人のよしみだし、まぁ付き合ってあげるか。


「月舘さん、警察の人と話したことはある?」

「しょっちゅう」

「しょっちゅう……!? 何したの……!?」

「前までよく補導されてたし。んで何? ウリでも見つかった? いや今時そんなんで補導されないか。男のトラブル? それなら私より大人に頼った方が――」

「そういうのじゃなくて……っ!」

「あっそう」

「…………お母さんが、捕まっちゃって」


 覚悟を決めて言ったわりに、まぁそんな程度か、と思えることだった。


「へぇ」

「あっさりしてるわね」

「だって他人だし。何したの? 殺人?」

「…………誰も死んでないけど、殺しちゃうとこだった」

「そ。5年以上20年未満ね」

「なんで詳しいの!?」

「殺しちゃおうかと思って調べたことあって……」


 やらなかったけど。寝込み襲っても勝てる自信なかったし。

 たぶんあのクズを殺すには一撃で首を落とさないといけないけど、同じ部屋で寝てるわけじゃないからどうしても物音がしちゃって、もし起きてたら間違いなく返り討ちだったのよね。

 だからしなかった。あのアパートが1部屋構造だったら、たぶんやってたと思う。

 それに殺してしまうなら、少年法で守られている未成年のうちの方が都合が良いのだ。


「私、しばらく友達の家に行ってるって言ってあったの。それで通報とかされないように、毎日一度は顔見せてたし……」

「あー、いつも帰り遅かったのそれなのね」


 頷かれた。なるほど部活してたわけじゃなかったのか。

 それに時折夕飯も食べてくることあったのは、実家で食べてきたということであろう。まぁ食べずに帰って来てもこの家、冷食くらいしかないしね。


「去年くらいから、お父さんとお母さんがいっつも喧嘩してて――」


 どうやら相当話長くなりそうだなと、反応を相槌だけに切り替えて大人しく話を聞く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る