第12話
「間仲人見のこと、何を知ってるの?」
「……お金持ち?」
「そういうことじゃなくて。プロフィール。年齢とか住所とか仕事とか」
――本当の、名前とか。
「…………何も、知らない」
「よね」
だって、私達は籠の中に住む鳥だ。飼い主の素性など知らなくとも、時折籠の前に来てお世話してくれるだけで生きられる。
飼い主がなんの仕事をしてるかとか、何を考えてるかとか――、そんなの、鳥にとっては何の関係もない。
なるほど悪趣味な女だ。本当にクソみたいな趣味ね。
でもその悪趣味で救われる人が居て、誰も損してないのなら、それは聖人にも等しい存在なのかもしれない。
「あ、そういえばもよこ、筆記体読める?」
「人並みには。……急にどうしたの?」
「これ、あたしには読めなくて」
指輪を掲げる。――部屋で見つけたのを、ソファの隙間に突っ込んでおいたのを今の今まで忘れていた。
「……ちょっと貸して。えっと、『Hope is a waking dream』」
「待って待って、あたし馬鹿だから分かんない。日本語で言って」
「『希望とは、目覚めて抱く夢である』――アリストテレスね。あとは『YOTA with ASAMI Since 2018.7.18』――ヨウタからアサミへ、2018年7月18日。……結婚指輪だと思うけど、どうしたの?」
「拾った」
「……どこで?」
指をちょいと後ろに向ける。リビングから一番近く、ヤリ部屋としか使われてない部屋。
「たぶん前の持ち主の忘れ物だけど、……そんだけじゃ誰のか分かんないか」
「そうね。6年前に結婚したヨウタさんとアサミさんを探す手段なんてないし、あと、それがここにあったってことは……、もう、別れてるんじゃないかしら」
「……そう思う」
だって、間仲人見ってアレじゃん。レズでしょ。
間仲人見のものでない結婚指輪がここにあるってことは、たぶん私とかもよこみたいに、どっかで優しい声を掛けられてホイホイ着いてきちゃった女。
既婚者でもお構いなしなのかよ。クズじゃん。でも女子高生だけピンポイントに狙うのと年齢既婚未婚問わず狙うの、どっちがマシかって言われたら微妙なところだ。
もう指輪を探してないということは、必要なくなった、ということだろう。
ダイヤがついてる婚約指輪とかなら離婚した後に売ったりもするらしいけど(げんに私の母は離婚してすぐ売ってた)、結婚指輪はそこまで高価な宝石が付いていないので、有名ブランドのものであろうと大した価値が付かないことを私は知っている。優しいパパから貰った指輪よく売ったし。アサミさんにしてはそこまで惜しくもなかったのだろう。
「ま、いっか」
もよこに返された指輪をゴミ箱に放り投げようと振りかぶって、――やめた。
他人の気持ちを類推できるほど私は偉くないし、いざって時使えるかもしれないし。
ソファの隙間にねじ込んで、――また存在忘れそうだなと思ったが、その時はその時だ。
「もよこはさ、」
「もう名前訂正するのも面倒になったんだけど、……今度は何? 今日はよく喋るわね」
「……そう? 間仲人見のこと、どう思ってる? 好き?」
「…………は? え?」
あれ、そうかな。愛梨とは普段からこのくらい喋ってるからあんまりなんとも思ってなかったけど、そういえば同居が始まってからもよこと雑談することはあんまりなかったか。
まぁ私、別に寡黙キャラとかじゃないしね。
女子には結構嫌われてるから、男子を除けば仲良いグループの女子としか喋らないけど、そっか、周りからはそう見えてたのか。
「……えーと、あの、」
「あたし、あの人のこと結構嫌いみたい」
「そうなの……?」
「なんか、……なんだろ。変?」
ちょっと、言葉にならない。
私は、間仲人見にだけ向けている感情がある。しかしそれは、きっと広義の『好き』ではない。ならたぶん『嫌い』だ。
この世界にこの二つしか感情がないとは思えないけれど、私の知る感情は好きと嫌いの二つしかない。それに当てはめるなら、間違いなく『嫌い』である。
「変……なのは、まぁ同意だけど、そんな嫌いになるような人かな」
「まぁ、そうだよね。それは分かるよ、うん」
うんうんと頷き、過去の行動を思い返す。
勝手に調べて女漁りが趣味とか青田買いが趣味とか、そういう悪趣味を知ったが、それらを何も知らなければ家出少女を泊めてくれる優しい女だ。
そんな男には会ったことないし、当たり前だが女も知らない。
性交渉を前提とせず、金銭も要求されない。ただ、マンションに女を泊めているだけ――そんな慈善事業みたいな行動だけを抜き取れば、まぁ確かに聖人のようにも思えるだろう。
しかし、パパ活で知り合った女子高生――愛梨の友人の友人だったかは、一度シただけでお別れして、それから会えていないらしい。つまりヤリ捨てである。
ならば初めての相手を開発することだけが趣味かと思えば別にそういうわけではなく、私は2回抱かれてる。そこの違いは一体何で、どうしてもよこは抱かれていないのだろう。
うーん、分からん。タイプじゃないとか? でもタイプじゃない女に声掛けるかなぁ。
「もよこって、ここに来る前、間仲人見に告白でもされた? 顔が好きとか、可愛いとか、セックスしたいとか」
「言われてないけど!? そんなこと言う人じゃないでしょ!?」
言う人だよ。
「……分かんないなぁ」
「今の質問の意味が分かんないんだけど……」
「いやだって、自宅に女を連れ込んでやることなんて、セックスくらいでしょ」
「他にもあるでしょ!?」
「具体的には?」
「…………おっ、お話とか、えっと、女子会とか……?」
「あれから会ってないんじゃないの?」
「……そう、だけど」
「なんでかとか、考えたことない?」
「あるけど、……分かんないわよそんなの。月舘さんは分かるの?」
「うん。少なくとも私の場合は、だけど」
「何?」
「顔が可愛いから」
「…………え?」
「そんだけだって」
「そ、それだけ……?」
そう言われた。だって間仲人見は、たぶんほとんど嘘を吐いていない。本当に胡散臭いのに、そこだけは徹底している。
別にそれが嘘であっても信じさせてくれれば構わないのに、真実しか語らない――ような気がする。普通の人が嘘を吐いてでも誤魔化すところで、あの女はただ黙る。
――卑怯だ。黙られたら駆け引きもクソもない。
相手に伝えて良い情報は伝えるけど、そうでないと判断したら何も言わない。ヒントを出したり、少しずつ教えていったり――、そういうこともしないのだ。
これで嘘ばっか吐いてたら、同じことをされていても何も信じられなくなっただろう。でも、嘘は吐いていないと思えてしまうから。
あぁ、最悪の女だ。真実しか語らないから、言葉を疑うことすら出来ない。好きだと言われたのが嘘じゃないと、口から出た言葉は全て真の言葉だと、そう信じてしまう。
――嬉しくなって、しまうのだ。
「そ、その、……月舘さんは、してるの?」
「何を?」
「せっ、……セックス」
小さく言われても、いやこれ答えて良いのかな。私は別にホントのことしか言わないわけでもないし、もよこが間仲人見のことをどう想ってるか、未だによく分かってないし。
「してるって答えた方が良い?」
「…………良いわ、やっぱり答えないで」
「うん」
まぁすぐそこの部屋の扉開けたら秒でバレるけどね。どう見ても事後よ。私普段部屋なんて使ってないのに露骨に荒れてて何かの汁でびしょびしょになってたら、馬鹿でも分かる。
ただ、私がついさっきまで誰か連れ込んでいたことに気付いていても、それが家主とは思っていないようだから、知らない男とか女とシてたと思われる可能性の方が高そうだが。
「……間仲さん、今頃何してるのかな」
「さぁ? 女漁りでもしてんじゃない?」
「そんなわけないでしょ!?」
そんなわけあるよ。
「えっ、割と本気だったんだけど……。むしろなんでそう思うの?」
「え?」
「え?」
あれ、なんか勘違いの度合いが違わないか?
少なくともあの女は、まぁ間違いなく同性愛者ではあるだろう。もしかしたら両刀かもしれないけど、うーん、男とセックスしてるとこ全然想像出来ないな。男とするってことは入れられる側ってことでしょ? ……ないな、うん。
ただ、さっき帰ってきた時はお酒と煙草の匂いがした。あれは間違いなく近くで吸われて飲まれていた時の移り香だが、キスをしても口からはそんな匂いがしなかったので、本人が嗜んでいたわけではないはず。
しかし朝帰りだ。夜中まで飲んで騒いで――、大学生くらいなら全然あるだろうが、大人がするだろうか? 平日だけど仕事とかないのかな? ならどうしてこんなマンション買ったり女の子養ったりするお金があるんだろう。分かんないことばかりだ。
「……その、間仲さんは、そういう……」
「いや疑う余地もないでしょ」
「えっと……、それは確信してるのよね、勘とかじゃなくて」
「そうじゃなかったらあんたにもあたしにも声掛けないし」
「…………」
なんかひょっとして、お花畑かこいつ? 慈善事業か何かだと思ってる? んなわけないでしょ。実益込みよ。
もよことセックスしてないのは――、まだ頃合いを見計らってるだけなのかも。私は初めて押し倒された時に何の抵抗もしなかったけど(困惑してたってのもあるけど)、もよこは処女だからちょっとくらい抵抗しそうだし。
それならもうちょっと関係を深めてから――、うーん、それならなんで会おうとしないんだろ。さっき慌てて出てったの、たぶんもよこが帰ってくる時間分かってたからよね。私とシてたのを知られたくないから? だったら何か言い残してくような気がするけどなぁ。
しかしそうなると、どうして帰ってくるのが分かったのだろう。別にスマホとか見てた様子もなかったし(というか全裸だった)、家の中にカメラでもあってどっかで監視してるから普段いつ帰ってくるか分かる――、そんな面倒なことはしないか。家の扉の開錠ログでも遠隔で見れるようになってれば充分だな、うん。
「……もっと前に、会いたかったな」
ぼそりと呟かれて、返す言葉が浮かばなかった。
私は、小学生の頃に間仲人見に出会った。だから今、こうしている。
だけど、出会うのがもっと遅かったら――
あの女を、信じただろうか。
その言葉を、信用しただろうか。
だって私は、絶望に打ちひしがれて病院のベンチで泣いてることなんてなかった。
ただ静かに、世界を恨んでそれまでだ。
そんな時、一体どんな声を掛けられたら他人を信用するんだ。
むしろ、話しかけてくる全ての人間が信用出来なくなっているに違いない。
幼き頃から、――はじめから信用していた人間だから、話せたのだ。
変な空気になっちゃったのを察したか、もよこは「部屋、行ってるね」と告げ、リビングから居なくなった。
「……奇跡みたいって、そう思えちゃうんだよなぁ」
静かになったリビングで、小さな声が漏れた。
――あぁ、嫌だ嫌だ。
あんな女に会えたことを奇跡だなんて思っちゃう能天気な自分が、本当に嫌になる。
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