第7話

 姫乃には、本当に悪いことをしてしまった。


 彼氏の言葉を信じずに、親友の気持ちを考えずに、つい、叩いてしまった。

 そこまで力は強くなかったかもしれないけど、そういう問題ではない。叩いた事実が問題なのだ。絶交されてもおかしくない。


 勘違いして、親友と喧嘩して。

 ――そして、あの子は学校に来なくなった。


 元からどうして高校に通ってるかも分からないくらいの子だったから(それは私もそうだけど)突然居なくなることにそこまで不思議はなかったけれど、それでも、このタイミングだと私が原因だと考えてしまうのも無理はない。

 私からの連絡には出たくないのかなと、雄介に連絡して貰ったけど、電話に出ないどころかメッセージに既読も付かなかったらしい。元からそんな子ではあるけれど、それでも1日くらいでひょっこり戻ってくると思っていた。


 それなのに、戻ってこない。

 謝ろうと、そういえば一度だけ教えてもらった家に行ってみた。高校から、歩いて30分くらいの距離にあった。


 ――全焼していた。

 それは流石に予想外で、アパートがあったであろうところを眺めているおばあさんに話を聞くと、何日か前に放火されたのだという。そういえばそんなニュースを見た記憶がある。


 近所に住んでいるというそのおばあさんに、ここに女子高生は居なかったか聞いてみたが、見た記憶はないらしい。

 まぁ、あの子は中学くらいからほとんど家に帰らないとか言っていたから仕方ないか。少なくとも、おばあさんの起きてる時間には帰らないのだろう。


 アパートの住民がどこへ行ったか聞くと、大家さんの住所を教えてもらった。大家さんも全焼したアパートに住んでいたが、他にも何軒かアパートを持っていたので、そちらの空き部屋に移動したらしい。


 そこに行って、チャイムを鳴らす。出てきたのは、70歳くらいのお爺さんだった。

 月舘という家の人がどこに行ったか聞くと、「月舘さんね、あそこは色々あってねぇ……」と語りだす。


 曰く、その部屋を借りていた家族ははじめ月舘でなく半間という姓だったが、奥さんの男癖の悪さに嫌気がさした旦那さんが家を出て(といっても大部分は大家さんの想像らしいが)、数年前に再婚して月舘になったのだという。

 新しい夫――月舘ナントカさんは、昔はプロボクサーとして活動していたが、怪我で引退。その後姫乃の母と再婚し、この家に住み着いたらしい。


 定職に就くことはなく、すぐ物に当たるので大家さんも参っていたらしい。

引退しているとはいえ元ボクサー。ガタイはよく、腰が曲がった大家さんでは強く言うことも出来なかったようだ。

 姫乃のことを知ってるか聞いてみると、「昔はよくパトカーで帰ってきてたよ」と話す。そういえば姫乃が言ってたっけ。中学時代はタクシー代わりにパトカー使ってたって。


 今ではちょっと自堕落な女子高生くらいにしか見えないけど、中学時代ほとんど家に帰らない生活をしており、頻繁に警察のお世話になっていたらしい。

 それは本人から聞いたことがあったが、確かに派手だが男漁りをするようなタイプにも見えないので、正直半信半疑だった。

 しかし大家さん曰く、パトカー帰宅はそこまで珍しくもなく、月に数度はあったらしい。多すぎでしょ。


 それでも2年ほど前を境に、アパートに帰って来なくなったようだ。それでここ最近また顔を見るようになったら、顔つきが随分変わっていて驚いたらしい。

 昔はもっと髪も明るくて化粧も濃くてブランド品に包まれた、相当派手な子だったようで、とても中学生とは思えなかったんだとか。

 ちょっと今の姫乃のイメージと違いすぎて、何度も「マジ?」と聞き返してしまった。


 私の知る姫乃は、――なんだろう。変な子だ。


 真面目に勉強するでもないが、授業中は眠そうながらも起きてるしスマホも触らない。

 授業中は外を眺めているか、黒板を眺めているか、何もないところを見ているか――、まぁそんな感じで毎日過ごし、テストの点数も、ほとんど最下位に近い私より更に低い。


 本人曰く、「何も頭に入ってこない」んだとか。まぁ分かる。

 ただ字は綺麗だし、箸の持ち方も食べ方も、所作は随分と丁寧だ。

 案外育ちが良いのか、それとも近くにお手本になる人でも居たのだろうか。


 姫乃は正直、クラスで、それどころか学校でも一番可愛いと思う。

 ただ恋愛には一切興味ないようで、告白ラッシュも1年続くと彼氏を作る気がないと男子に周知されたか、今では何度振られても懲りない男子を除いて、あまり告白されてる気配はない。たまに後輩とかにはされてるみたいだけど。


 それでも男の子と遊ぶことは多いが、「誘われて、用事がなかったら行ってるだけ」と本人が言うように、人と遊ぶのが好きで遊んでるという雰囲気でもない。

 よく知らない人とも喋るし笑うけど、いつもどこか上の空なのだ。


 女子は、姫乃に対して否定的な子が多い。男をとっかえひっかえしてると噂されている。

 ただ本人にそんなつもりがないことを、1年の頃からずっと一緒に居る私は知っていた。


 ――知っていた、はずなのに。


 あの時はつい、手が出てしまった。私に詰められた時のあの子の、なんかどうだっていいという顔を見て、衝動的に叩いてしまった。

 そんな子じゃないと、きっと理由があったんだと、心の底で信じていたはずなのに。


 姫乃に会いたい。電話しても繋がらないし、メッセージは既読すら付かないけれど。


 そんな姫乃がひょっこり姿を見せたのは、あれから2週間は経った頃だったろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る