第4話

「なんっで、慣れてんのよ…………」


 ソファでシて、お風呂場でシて、ベッドでシて。

 抱かれていたのは、3時間くらいだろうか。

 その間ずっと私は、泣きそうで泣けない赤ちゃんのようなか弱い声を漏らし続けていた。相手が男だとこうはいかない。男は一発出したら満足するからだ。


 射精という物理的な満足感で止まらないと、なるほど体力が続く限り続くのだと、私は今更理解した。

 私に嬌声を上げさせようとする行為の経験は一切なく、それはもう、終始良いように扱われてしまった。最後は寝ようとした記憶すらないから、たぶん意識が飛んだのだろう。


 恥ずかしい。足はガクガクだし、目が覚めてもまだ全身に余韻が残ってる。棒がなくてもセックスは出来るのだと、しっかりねっとり時間をかけて、新しい世界を教えられた。


 すやすやと、疲れて眠る間仲人見の首筋に手を触れる。――くっきり歯形が付いていた。たぶん私が付けた。それは素直にごめん。たぶん無意識だと思う。


 この女は、――私を抱いた。それはもう、言葉通りに。


 あぁさっきの言葉は嘘じゃなかったんだなと気付いたのは、とめどなく押し寄せてくる快感に、意識が飛びかけた時だっけ。


「……バッカじゃないの」

 小さく声を漏らす。


 寝息を立てて眠る女は、私の方を見もしない。

 今ここで首を締めたら、今ここで鈍器で頭を打ち付けたら――、きっとこの女は、なすすべなく死ぬだろう。それほどまでに安心しきった顔だ。

 信頼されているのか、それともここで何かをしてこないと分かっているからか、本当に無防備な顔で、女は眠っていた。


「つかれた……」

 ふらふらとベッドから這い出て、リビングに向かう。


 時計を見ると、――だいたい5時間くらい眠っていたようだ。まだ冬の空は暗いが、電気のつけっぱなしだったリビングから差し込む光で、バルコニーに雪が少しだけ積もっていることが分かった。

 まだ若干火照った身体を冷まそうと、服も着ないままバルコニーに出ようとして、窓に手を掛けバっと開け――あまりの冷気に一瞬で閉めた。服着てからしか出れないわね、これ。気温マイナス行ってんじゃない?


「さむっ……」


 床に放置されていたバスローブを手に取ると、誰の何の汁でか知らないがべちゃべちゃだったので溜息を漏らし、脱衣所の洗濯機に放り込んで新しいものを羽織った。

 リビングに戻り、スマホを拾う。

 長年使ってるスマホは放っておくだけで電源が落ちるくらいには電池が摩耗しているので、丸一日以上放置したことで放電しきったか、電源は入らなかった。

 まぁいいやと再びぽいと放り投げ、ソファに腰掛け、膝を抱いて俯いた。


「……ホント、だったのかな」


 芝居がかった口調なせいで、間仲人見の言葉はすべて嘘に聞こえる。

 優しい声色で話すせいで、最後まで言葉を待ってしまう。

 私の腐った心根を見透かしているかのような、あの若干青みがかった目は、異国の血が入っているのだろうか。あまり日本人には見かけない瞳の色だ。

 そうなると、銀髪にまで色が抜けたあの髪も、遺伝なのかな。いかにも染めてるみたいなグラデーションだけど。


 ――気がつくと、間仲人見のことばかり考えていた。


 末端冷え性なのか、外に出るとすぐに冷たくなる手や足。女の子を傷つけないために綺麗に磨かれ整えられた短い爪、長い長い指は、私の倍くらい間接が入ってるんじゃないかってくらい自由自在に動く。


 その指先で、私の身体を――――


 ぶんぶんと顔を振って、昨晩の記憶を消す。――そんな程度で消えるわけがなかった。


「はぁ……」


 何に不満があるかも分からないけれど、私の口からは何度も何度も溜息が漏れる。

 誰に怒っているのだろう。

 何に怒っているのだろう。

 ――何も、分からない。


 誰に聞かせたいわけでもない溜息は、それからしばらく止まらなかった。

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