第39話 かりんの気持ち4


 というわけで翌日、大倉山の駅でナナちゃんと合流。まず私達は、駅横の大人気パン屋へ。あそこのバナナぱんがおいしかったので、家族の分も含めてホール2つを購入。ナナちゃんと話しながら、家に向かう。



「大倉山はなんというか。長津田に似てるところがありますね。駅前の店が少な目。分散してるのかな?」


「大倉山は一言で言うと、住宅地の中に駅と店がある感じなの。駅前での店の密集度が低いから、買い物は慣れてないとやや不便。駅前と環状2号を中心に店がバラけてる感じかな。でも痛し痒し。だからこそ駅前でも夜は静かに過ごせるからね。ここからなら歩いて港北区役所に行けるのもいいわね。治安もいい。でもそのせいか、駅に急行が停まらないにも関わらず、地価は高いけどね。。あのマンションは叔父さんに譲ってもらったものだから、そうじゃなければ大倉山には住まなかったの思うわ」



 ナナちゃんのお家に到着。ダイニングに入るとサトルお兄さんがゲームをしていた。あっ「プチッと、りにあしゅーと」だ。私このゲーム得意なんだよ。そんなことをナナちゃんに話してると、ナナちゃんとのゲーム対決になった。結果は私の4勝1敗。そして流れでサトルお兄さんとも対決。


 お兄さんは強かった。全敗した私は意地になって対決を続ける。するとインターホンが鳴った、宅配が来たみたい。ナナちゃんが玄関に対応に出た。サトルお兄さんはこちらを見て話しかけて来た。



「それにしてもナナに友達が出来てよかったよ。あいつはさぁ、真面目な頑張り屋さんだけど、なんでも自分で背負い込もうとするタチなんだ。そのせいで、心に重荷を負いすぎて潰れそうになることもある。古伊万里さん。ナナをよく見といてくれないか? 何か問題があれば相談に乗るよ」


「はい。大丈夫ですよ。私はナナちゃんのお友達ですから、任せてください」



 そうか。ナナちゃんにはそんな所があるんだ。いつも冷静で、しっかりしてるように見えるけど、ナナちゃんにも意外な一面があるんだね。でも大丈夫だよ。私、ナナちゃんの親友だから、ちゃんとナナちゃんを見守るから。


 それからすぐに、ダンボール箱を脇に抱えたナナちゃんが戻って来て、ナナちゃんの部屋へ。箱から出したのは、ぬいぐるみの「もちもちコマちゃん」最近新発売されたやつだ。私はナナちゃんと一緒にモチモチした感触を楽しむ。でもコマ先輩に少し嫉妬。私の「ふわふわリンクスちゃん」もあるんだけどなぁ。通販で売ってるけど、ナナちゃんに買って欲しいなぁ……



 ぬいぐるみを愛で終えた私とナナちゃんは、ノートパソコンでこれまでの出来事を振り返る。これまでどれだけナナちゃんのお陰で助かったか、ナナちゃんはいかに凄いか。私は励ましの意味も込めて熱弁した。ナナちゃんは皆の英雄なの。だからもっと自信を持っていいのよ。


 そして今日の目的である、ラーメン博物館で作ったオリジナルラーメンの試食をすることになった。ナナちゃんはお湯を作りにリビングへ。そういえば私、おトイレに行こうと思ってたんだ。ナナちゃんを励ましてて忘れてたよ。私はリビングに出るべく、部屋の扉を開けた。



 そしてそれを見た瞬間。私の呼吸は止まってしまった。



 キッチンでは、火にかけられたヤカンが見える。そしてその手前で、抱き合うサトルお兄さんとナナちゃん。そしてお互いに貪るような濃厚なキス。ナナちゃんの左手が、まるで愛おしむようにサトルお兄さんの背中を撫でて、サトルお兄さんの頭の方へ……



 私は超スピードで、なおかつ無音でドアを閉めて、元の場所へ。



 えっ? なにあれ? すごい光景を見たような気がするけど? えっ? えっ?


 ええぇえええぇえええぇぇぇえええっ!!! 



 2人は兄妹なんでしょ!? どうしてこんな…… まるで愛し合う男女のように…… あんなキス!!


 いや、ちょっと待ってかりん。落ち着け、落ち着くのよ!


 まずは深呼吸。スーハ―スーハ―。そうよ、これは何かの勘違い……なわけないか。


 どう考えても見間違いなんかじゃないわ。


 とにかく! 私は何も見なかった。見なかったことにしよう!



 呼吸を整えた私は、ラーメンの蓋を剥がして、かやくやスープを取り出す。そこへヤカンを持ったナナちゃんが入って来た。さっきあんなことしてたのに、全然なんでもない様子。そうか。いつもしている日常なんだね。ナナちゃんにとっては普通のことなんだ……



 お湯を入れてからラーメンが出来るまで、2人で無言で待った。ああぁぁ~。ダメだ。さっきの光景が頭から離れない。


 これは一体どういう状況なのか。ナナちゃんはお兄さんのことが好き? 兄妹なのに? 私の中に疑念が渦を巻いて駆け巡り、気が付けばナナちゃんに質問してしまっていた。でもサトルお兄さんのことを好きか? と聞くと誤魔化されそう。だからこう聞いた。



「そ、その…… ナナちゃんて…… サトルお兄さんに…… 恋してるん…… ですか?」



 ナナちゃんの反応が怖くて、私は思わず下を向いてしまう。だけど何の反応も無い。私は顔を上げ、再度ナナちゃんに声を掛ける。するとナナちゃんは、今まで聞いたことのない上擦った、妖艶な声で笑った。



「ンフフ…… ウフフフフッ…… やっぱり… 分かっちゃう… か」



 気が付くとナナちゃんは、お兄さんと一緒に写っている写真を壁紙にした、自分のスマホを両手で胸に抱いていた。



「私が杉裏戸出身だということは…… 前に話したけど。その時、両親が死んでしまって…… 一時期叔父さんの家で世話になって…… お兄ちゃんが高校に進学する時に、ここで2人暮らしを始めたの……」


「そう… だったんですか…… 私… ごめんなさい」


「謝ることはないわ。叔父さんも忙しくて…… だから家の家事や通学は大変だったのよ? 料理や洗濯、お掃除も…… 親がやってくれたことをお兄ちゃんと二人で頑張ってやって、乗り越えてきたの……」


「…………」


「いつも兄妹で家事をして、一緒に遊んで、お風呂に入って、洗濯物を干して、抱き合いながら眠って…… 2人で生活を築いて… ある時気が付いたら、お兄ちゃんのこと…… 男として好きになっていたの……」



 ナナちゃんは涙ぐみ、頬を赤く染め、スマホを見つめる。いつもの冷静な表情で大人びた雰囲気も無く、まるで怯える少女のような顔で、お兄さんへの思いを告げた。



肩を震わせ、自らを抱きしめ


潤んだオレンジの瞳が見つめる先は、ただ1人


愛おしい人


決して許されることのない


禁断の愛



 ……そうだ。これは女の顔。


 恋愛小説とかにたまに出てくる表現「女の顔」その顔がどんな顔か分からなくて、みかちんと色々な顔をしてみた。結局最後は変顔合戦になっちゃうけど。いままで「女の顔」がどんなものか私には分からなかった。


 でも今は、ナナちゃんの顔を見て「女の顔」それがどんなものなのか、本能的に理解してしまった。


 そうだ。これが女の顔。



 悟ってしまった私は驚愕し、口に手を当ててしまう。


 お兄さんとのまるで恋人のような写真。新婚家庭のような家。ペアの食器。男と女のキス。


 そうだったんだ……


 ナナちゃんは最後の一線を越えて、サトルお兄さんと、心も体も、結ばれてしまったんだ……



「というわけで、私の恋バナはここまでね。じゃ、ラーメンも出来たことだし、食べましょうか」



 ナナちゃんは冗談めかして、私が気を使わないよう笑ってラーメンを勧めた。でもその笑顔はひどく儚げで……


 私は……

 私はどうすればいいんだろう?


 知らないふりして様子を見る?

 ナナちゃんの相談に乗ってあげる?

 それとも距離を取る?



 私はどうすればいいのか分からなくて、様々な考えを巡らせる。そのせいでラーメンを食べながら、ナナちゃんが話しかけてくるけど、生返事しか返すことができない。ラーメンを食べ終え、ふと私の右手に嵌めているペアリングを見る。



『ペアリングよ。本当はお兄ちゃんとつける予定だったけど、お兄ちゃんが恥ずかしがって、そのままになっていたの。こんなもので悪いけれど、今はこれしか無いから。お友達の証として、お互いの指に付けましょう?』



 ナナちゃんはそう言っていたけど、本当はサトルお兄さんと付けたかったのね。でも、兄妹で恋仲なんて世間で認められない。だから、ペアリングすら付けるのを、ためらってしまう。



『ただ魔力値が高いだけの、普通の人間よ。だから大したことはないの…… どうでもいい存在よ』



 たぶんナナちゃんは、サトルさんに対して罪悪感を感じてる。お兄さんには、本当は普通に恋愛して欲しかった。でもナナちゃんが恋して、気持ちを止められなくて、普通の兄妹ではいられなくなって…… お兄さんに迷惑をかけたことを後悔している。だから自分をあんなに悪くいうのだろう。



『それにしてもナナに友達が出来てよかったよ。あいつはさぁ、真面目な頑張り屋さんだけど、なんでも自分で背負い込もうとするタチなんだ。そのせいで、心に重荷を負いすぎて潰れそうになることもある』



 お兄さんが、私に語った言葉を思い出し、すべての点が繋がって線になって、あの夜空で泣いていたジェミニちゃんの写真が、私の頭に突然浮かんだ。


 そうか、そうだったんだ。


 私はあの日、どうしてナナちゃんが一人で泣いていたのか、その理由を理解してしまった。



 きっとナナちゃんはあんな風に、一人になった時に、いつも悲しくて苦しんでいたのだ。



 周囲から理解されない関係。

 祝福されない禁じられた愛

 けっして報われぬ恋



 ナナちゃんは、ひとりぼっちで、ずっとずっとお兄さんを想い、誰にも明かせぬ関係に苦しみ、涙を流していたのだろう。



『空中戦の後、泣いていたのって、どうしてですか?』


『あれは…… 詳しくは言えませんがプライベートなことが原因です』



 私は、初めてお話した時の、ナナちゃんの憂いの表情を思い出した。そしてペアリングを貰った時のことも……



『私達、ずっとずっと友達でいましょうね?』


『ええそうね。かりんちゃんとは、ずっとずーっとお友達。約束するわ』



 そうだ。


 そうだよ。私達は本当の友達になったんだ!


 なにを迷うことがあるのよ、かりん!


 親友が報われない恋で苦しんでいるのなら、それを支えるのが本当の友達じゃない。 



 私には何が正しくて、何が間違っているのかは分からない。 


 でも、本当のお友達なら、ナナちゃんの親友なら、ナナちゃんの恋を応援してあげるのは当然のことだ!


 この恋の結末がどうなるかは分からないけど、どんなことがあっても、私はナナちゃんを支えていこう!



 そう決意した私は、帰り際に、その想いをナナちゃんに伝えた。

 ナナちゃんは笑って、ありがとう。と言ってくれた。


 大丈夫だよ。もうナナちゃんはひとりぼっちじゃないもん。


 傍にはいつも私がいるから……



 私がいるんだから、いつでも頼ってよね。ナナちゃん!


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