第32話 友達2
大倉山公園へ行って、駅前で買い物を済ませた俺達は、駅近の俺の住んでいるマンションに到着した。家には偽サトルがスタンバイしているので、かりんちゃんとみかさんに声を掛けておく。
「ここが私の住んでいるマンションよ。お兄ちゃんがいるけど、私が魔法少女なのは知ってる。でも、かりんちゃんとみかさんは、ただの友達と言ってあるから、私に合わせてね」
と言っても、偽サトルの中身はエインセルだからなぁ。全部知っているわけだが、サトルは何も知らないという設定で進めることとする。そしていよいよ玄関に入り、奥から出て来た偽サトルとのご対面。挨拶を交わす。
「ようこそわが家へ、改めて2人に自己紹介するわね。私の名前は星乃南夏、こっちはお兄ちゃんで、星乃慧と言うの」
「ご紹介に預かりました。星乃慧です。ヨロシク。妹と仲良くして貰ってるようで、ありがとうございます」
「私は古伊万里 夏鈴といいます。どうも」
「私は天道 美果って言うの。よろしくー」
「というわけで、私の部屋に行くから、3人分の紅茶を準備してよ、お兄ちゃん」
「分かった。可愛いナナの頼みとあれば、喜んで」
偽サトルはそう言って、爽やかな笑顔を浮かべたと思ったら、俺をいきなり引き寄せて、腰に手を回しホッペにキスしやがった。かりんとみかが、悲鳴を上げる。
「「きゃ~っ!」」
「ちょっと、友達の前ではやめなさい。じゃあ私達は部屋にいるから、お茶持って来てよね」
まったく、エインセルの奴、調子に乗り過ぎだっての。俺はそんなにチャラくないぞ。このままじゃ俺のイメージがプレイボーイみたいになってしまうじゃないか。俺は2人を先導して、リビングからナナの部屋に入った。このナナの部屋は、普段エインセルが使っている部屋だ、
女の子の部屋がどういった物か分からなかったので、ネットで調べて、エインセルと2人でそれらしい部屋に仕上げた。家具は安物だが白で統一。机・椅子とドレッサーとベットに棚を配置。ローテーブルにグレーのマット。お洒落な壁掛け時計。ピンク色のクッション。と、無難な感じにまとめた。小物として、先週撮影した3人のチャイナドレスのプリントを、お洒落な額に入れて壁に貼り、電動パンダを棚に飾っている。
とはいえ、あまり生活感は無いんだがな。なにせこの部屋を使うのは、ナナの時に化粧と着替えをする時ぐらいだから。エインセルは、自前のドールハウスみたいなものを持っていて、部屋の家具なんかは使わないし。そして、いかにもスケートやってます感を出すため、サトルのフィギュアブーツも吊ってある。机の上には、偽サトルとナナが引っついて写ってる写真立ても配置。入念に仕掛けた、俺のブラコン演出にスキはなかった。
「はいはい、お茶持ってきましたよ。お茶請けは、俺が焼いたクッキーだ。自信作だから是非食べてくれ」
「ありがとうございます」
「ますー」
「お兄ちゃんクッキーだけは焼くの上手なの。味の保証はするわ」
偽サトルがお盆に乗せたお茶とクッキーを持って部屋にやって来た。このクッキーは、俺、本物のサトルが作ったクッキーだ。魔力値が200%になって、魔力が体に浸透してきたおかげで、男の姿の時でも、身体能力は2割ほど上昇し、魔法も少しは使えるようになっている。そしてエインセル指導の下、魔法を使ったクッキー作りの練習をしたのだ。
クッキーの味は、自分で言うのもなんだが、これまで食べたどのクッキーよりも旨かった。しかし魔法と言うのは凄いな。食べ物の味まで変化させることができる。エインセルの評価は、クッキーの味だけなら田崎クリステルと同等らしい。かりんちゃんとみかさんは、なんか無言でクッキーを食べまくり、あっという間に皿が空になった。
ここで偽サトルは退出。事前の打ち合わせ通り、サトルの部屋で待機する。ここからは上手い物を食べながらの楽しい会話だ。
「なんていうか。駅前のパン屋さんのパンも、ケーキも、ケバブバーガーも、全部美味しいですね。さっきのクッキーもですけど」
「そうね。あのパン屋のメニューは7割程、個人経営のラーメン屋は全メニュー制覇。駅前のカレー屋とケバブ屋も全メニュー制覇してるけど、大倉山の外食は優秀ね。ハズレが無いわ。でもスペイン料理とフランス料理は、まだ数回しか行ってないし、喫茶店での全メニュー制覇は2店舗だけ。まだまだ大倉山完全制覇は成し遂げていないわ」
「フフフフ、なんていうか、前から思ってましたけど、ナナさんって食いしん坊ですよね?」
「ううん、私は食べ物との出会いを大切にしてるだけよ。2人も外食との出会いは大切にしたほうが良いわ。ガイマ、少子高齢化、金融不安とか、物価が上がる要素は沢山あっても、下がる要素はまったく無いもの。今が一番安い時かも知れないのよ?」
「物価ですか。たしかに少しずつ上がってる気はしますね。でも私達は収入がありますから」
「だとしても、量より質で色々な料理を食べるべきよ。不況になれば沢山のお店が潰れるわ。お金があっても、潰れれば二度とそこでは食べることが出来ない。長津田にもおいしい外食店はあるでしょう? そういう場所で食べる味を大切にするべきよ」
そう話しながら、俺は前世を思い出す。本格的に物の値段が上がって来たのは、23年末だったか。そこから不況に入って、どん底は27年~28年。ここで沢山の外食店が潰れた。大手チェーンから個人経営店に至るまで。27年にベーシックインカムが導入されて、その効果で30年から好景気に突入。その年に俺はこの世を去った。ここはパラレルワールドだし、必ずしも同じ展開はしないだろうが、前世と妙にシンクロしてる部分もある。油断は禁物だろう。
「む~。これは何? ローラースケート?」
俺とかりんちゃんが話していると、みかさんがベットの下から、靴の底に4つの車輪が付いたスケートシューズを引っ張り出して来た。みかさんは興味深げにそれを眺める。
「それはインラインスケートよ。普通のスケートはアイスリンクへ行かないと滑られないけど、それなら気軽に滑ることが出来る。スケートボードが出来る公園なら、大抵インラインスケートも出来るはずよ」
「むむっ、長津田の玄海田公園にも、ニュースポーツ広場にスケートボードエリアがあるよ」
「フフッ、興味があるの? そこならインラインスケートも出来ると思うわ。何なら教えてあげましょうか? 幸い装備はそんなに高くない。プロ用でなければ、スケート靴8000円、ヘルメット・プロテクターセットで4000円といった所。初心者用のかかとブレーキ付きで、後で取り外し出来るのが良いわね。この辺なら、新横浜公園のインラインスケート広場で遊べるわ」
「面白そうですね。みかちんがするなら、私もやりたいです。いつも一緒に遊んでるので」
「そう。ああでも、ケガをしてはいけないから、やっぱりプロ用のお勧めのメーカーを後で教えるわ。道具は良質な方が良いものね」
2人とも乗る気になったようだ。このインラインスケートは、長期間アイスリンクへ行けない時なんかは、新横浜公園での自主練でよく使う。細かい部分でスケートとは違うが、感覚はよく似ているのだ。どうやら次のデートは、新横浜でのインラインスケートになりそうだな。
「それにしても2人は仲がいいわね?」
「そうですね。みかちんとは小学生からの付き合いなので」
「うん。かりんとは仕事も遊びもいつも一緒だよ」
「そう。その関係は大切にしなくちゃだめよ。小学生、中学生の時の友達が、本当の友達ってね。将来、環境が変わっても、2人の親友関係は続くと思う。あっ、でもお金の貸し借りはダメよ。友情が壊れてしまうかも知れないから」
というわけで、次回はインラインスケートで遊ぶ約束をして、2人は帰っていった。俺は大倉山駅まで見送り。次のデートは3月頭の予定となった。ガイマの出現は、4月辺りから活発化するので、3月末からは訓練や準備で忙しくなるのだそうだ。学生しながら仕事とは、大変だねぇ。
ところが3日後に、かりんちゃんからツーラインで突然連絡。今日の夜、ナナに会いたいらしい。話があるのだとか。家に来るのはかりんちゃん1人だけのようだ。俺は了承して会うことにした。
「さて、一人で来るとは、どういう用件かな? 情報漏れを恐れてるなら、魔法庁からの極秘要請でも持ってくるのか?」
――――随分急な話よね。でも重要なメッセージを持って来る可能性が高い。工作バレに逮捕、脅迫なんかもあるかしら?
「かりんちゃんは、そんなことはしないだろうが、バックにいる魔法庁は別か。よし、今日は偽サトルはお出かけ中だ。エインセルは俺の体内に。一緒にかりんちゃんの話を聞こう」
というわけで、俺はナナに変身して、大倉山駅でかりんちゃんを出迎え。かりんちゃんはなんだか暗い様子で、口数少なく俺の家にやって来た。様子がおかしいので、エインセルはクロークを使い体外に出て、周辺を偵察するも、尾行してくるような人や車は無し。本当にかりんちゃん1人だけのようだ。ナナの部屋で、お茶とお菓子を出して、かりんちゃんと対面する。
「それで、今日はどうしたの? 何か様子が変だけど」
「あっ…… あの… ナナさん。ごめんなさい。私、私……」
かりんちゃんは、顔を赤くして、今にも泣きだしそうな表情だ。俺はかりんちゃんに寄り添い、頭を撫でて落ち着かせようとする。
「落ち着いて、かりんちゃん」
「うっ…… 私、ナナちゃんのお友達なのに…… 魔法庁に今までのお話、全部、全部伝えてたんです…… それで、協力金までくれるって……」
はぁ? かりんちゃんが魔法庁の紐付きだなんて百も承知だぞ。向こうに情報が流れる前提で、こっちも動いているんだが。それに協力金ねぇ。魔法少女に諜報員の真似事させるんだから、当然だろう。むしろお金出してくれるなんて、かなりホワイトだぞ。タダでこき使うなんて割とある話だからなぁ。
「私、わたしは本当にナナちゃんのお友達になりたかっただけなのに…… ヒック… 嫌われても…… 仕方ないけど…… どうして、こんなことになっちゃうんだろう…… まるでお金目当てで、ナナちゃんに近づいたみたいで…… うううっ、ごめんな……さい」
そうか。そういうことか。
そうだ。かりんちゃんはまだ子供だった。ただ純粋に俺と友達になりたかっただけなのか。だけど魔法庁と、俺とエインセルの、大人達の思惑に知らないうちに巻き込まれてしまったのか。そういや俺は、魔法庁の情報を分析して考えることに必死で、かりんちゃんの気持ちは考えてこなかった。もう少し強かな娘かと思ってたんだがなぁ。でも中学くらいなら、こんなものか?
前世の俺の中学生時代を振り返ると、それも不思議ではないか。
甘っちょろい子供の考えだと笑うのは簡単だ。だが、彼女は普通の子供では無い。日夜ガイマと戦い、苦しみ、傷ついたこともあったろう。人の世の暗い部分も見て来ただろう。だけど、それでも、折れず曲がらず、人々の為に戦い、俺を思いやってくれる。前世の15歳ぐらいの時に、俺も同じことが出来ただろうか?
そう思うと、俺の前で泣きじゃくる彼女が急に眩しく見えた。凡人の俺と比べれば、ずっと彼女は英雄だったのだ。気が付くと俺は、彼女を抱きしめていた。
「ああ、泣かないでかりんちゃん。私こそ、私の方こそごめんなさい。かりんちゃんがこんなに苦しんでいるのを気付いてあげられなかった」
「そんなこと…… ヒック、ヒック。全部…… 私が悪いから……」
「ううん。誰も悪くは無いわ。私はかりんちゃんのこと、妹みたいに思ってるの。だって可愛いから……」
「私のこと ……嫌いにならない?」
「嫌いになんかならないわ。可愛いかりんちゃん。大好きよ」
「ナナちゃん…… うぅうう…… 私も…… ヒック、わだしもナナちゃんが…… 大好きです」
俺の胸にかりんちゃんは顔を埋め、抱きついて来た。頭を優しく撫でながら。俺も彼女を抱きしめてあげる。ああ、なんだこの娘、とんでもなくいい娘じゃないか。俺の心が危うく浄化されそうになった。くっそ、エインセルに彼女の爪の垢でも、いや、爪切りで切った彼女の爪を、油で揚げてエインセルの口に突っ込めば、少しはあいつもまともになるのだろうか?
――――食べないわよ。そんなもの!
体内からエインセルの突っ込みが入る。俺とかりんちゃんは抱き合い。背中や頭を撫でて、彼女を落ち着かせる。このまま友情を高め合ってもいいが、そうだな、なにか友達の証になるようなものが…… そうだ、丁度いいものがある。
俺は少し待ってね。と、かりんちゃんに言うと、棚に置いてあった小さなケースを持ちだし、彼女の前で開けた。そこには、銀色の指輪が2つ光っていた。
「これは……」
「ペアリングよ。本当はお兄ちゃんとつける予定だったけど、お兄ちゃんが恥ずかしがって、そのままになっていたの。こんなもので悪いけれど、今はこれしか無いから。お友達の証として、お互いの指に付けましょう?」
「お友達のあかし……」
「前に、小学生、中学生の時と友達が、本当の友達。と言ったわね。だから私達も本当のお友達になりましょう。あっ、でも一番の親友はみかさんでいいわ。私を二番目の親友にして欲しいの」
「はい…… はい、ナナちゃんは2番目の親友さんです!」
これでいい。俺は百合の間に挟まる男の娘じゃないんだ。みかさんとの友情は末永く、俺もついでに仲良くなればいい。このペアリングは元々、ブラコン作戦の演出の為にエインセルが作った物だったが、ちょいと過剰演出かな? と思って没にした指輪だった。まさかこんな所で役に立つとは思わなかったよ。というわけで、お互いに指輪を嵌め合うために、かりんちゃんが左手を差し出す。
「フフッ…… だめよかりんちゃん。左手の薬指は結婚指輪を嵌める指よ。そこは将来の大事な人の為にとっておきなさい」
「そうなんだ……」
「ペアリングには、特に付けるルールはないのだけど。そうね、右手の薬指にしましょう」
ということで、俺はかりんちゃんの右手の薬指に、ペアリングを嵌めてあげる。かりんちゃんも、俺の右手の薬指にペアリングを嵌めてくれた。
「フフッ、これでナナちゃんと本当のお友達ですね。お友達、お友達……」
かりんちゃんは泣き腫らした顔で、ニコニコ笑いながら自分の指輪を見つめる。ああ、なんだこの娘。すげぇ可愛いじゃないか。自分にもし妹がいれば、こんな感じなんだろうか?
この日、俺とかりんちゃんは永遠の友情を誓い合った。
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