第27話 天猫
うつむいて色々な考えを巡らせていた私に、横にいたヴェルちゃんから肩を叩かれた。
「ちょっと…… かりん……」
横を向くとヴェルちゃんが驚いた顔で上空を見つめていた。私も釣られて、ヴェルちゃんが見ている方向へ目線を向ける。
するとそこには、あの子がオレンジ色の軌跡を引きながら、こちらに近づいて来るのが見えたのだ。私の暗く沈んだ気持ちは一瞬で吹き飛んだ!
「あっ、スケートマジシャン!」
「おぉー。なんか来たし!」
「あの後ろのちっこいピカピカは何?」
「何しに来たんだろ?」
先輩や皆もあの子を指さして騒いでいた。周りにいた警備隊の人も驚いた様子だ。確かに後ろには小さな光が八つ。あの子を追いかけて来ていた。するとあの子は、前かがみで両手を広げ、足を高く上げながら滑り、芝生広場上空に入って来たのだ。後ろのピカピカは、あの子に近づいて、見事な編隊を組んでついてきた。
それから彼女はステップを踏んでジャンプ、トリプルアクセルだ。着地すると小さな衝撃波と青いキラキラが拡散し、青と白の波紋が広がる。そこから複雑なステップの組み合わせ。白いピカピカもそれに合わせてスピードを落とし、蛇行飛行を始める。
白いピカピカは、光る軌跡を残し、下に光る粒を沢山落として、ダンスするあの子を盛り上げているよう。
普段私たちはフィギュア・スケートを横からしか見ることが出来ないが、彼女が高度を取っているので、今回は、真下から見上げるようにフィギュア・スケートを鑑賞することができた。
やっぱりあの子は凄いや。
ここ観音山ファミリーパークは、普段は賑やかな場所らしいけど、今は避難命令が出ていて、一般人はいなくて閑散としている。そんな場所なのに、あの子が上空でフィギュア・スケートを始めると、一瞬でそこはアイススケートリンクに早変わりだ。私もみんなと一緒に夢中で空中のアイスショーを楽しむ。
あの子は少し離れてから、大きくカーブしてこちらに来る。そこから連続2回ジャンプ。青と白の波紋を広げながら、彼女はピョンと小さく跳ねて、スピンを開始。背を大きく反らせるレイバック・スピンというやつだ。
あの子がスピンでクルクル回ると、足元に円状の波紋が次々に現れる。
そして青いキラキラも拡散し、白いピカピカは距離を開けて、回るあの子と同じように周囲を回転し始めた。その間にあの子はどんどん高度を落として、私たちに近づいて来る。とても幻想的で綺麗でキラキラで、何かこみ上げるものがあって、私の胸は、前の時と同じように苦しくなった。
「うわぁぁぁ、すごい綺麗!」
「あの小さなピカピカ…… まさか妖精!」
私も先輩の歓声とともに同時に気が付いた。そうだ。あのピカピカは妖精だ。私の身体強化による目で、あれが小さな人型に羽が生えたものだと確認できた。あの子の美しい心が、妖精を召喚できる魔法になったのだろうか? 私は震えて目じりに涙が浮かんだ。
「うっ、綺麗すぎるよ…… 胸が苦しくなる。あの子はやっぱり…… グスッ」
スピンが終了すると、あの子は軽くステップを踏んでのレイバック・イナバウアー。その間も高度は落ち続ける。あの子は私たちの間近まで近づいて、再びジャンプ。それから2度目のスピンを開始。キャメル・スピンにシット・スピン。妖精たちは距離を詰めて、彼女の頭の上でクルクル回る。もう高度は5メートル以下だ。最後に片足でクルクル回ってから、スピンを終了。
すると、スケートブーツのブレードが消えて、あの子は完全に地面に着地してしまった。あの子は腕を高く掲げる。すると上空を飛んでいた妖精が、一斉に彼女に向かっていき、彼女の体に掴まった。それでも周りに変化はない。彼女は地面に留まったまま。
あれ? これはひょっとして?
「みんな、行くぞ」
モナセロス先輩の声かけで、私たちは、あの子の元へ歩き始める。
うわわわわ。私たちはどんどんあの子に近づいていく。なんか物凄く緊張してきた。綺麗で可憐なあの子は、妖精たちと戯れていて、まるで1枚の絵画のよう。思わずうっとりとしていると、モナセロス先輩が珍しく緊張した面持ちで、あの子に声をかける。
「あの、すみません」
モナセロス先輩の呼びかけに、あの子がゆっくり振り向く。
うわー。うわー。モンモノだぁ。
本物のあの子が目の前にいる。
私の胸がキュッとせつなくなった。
肩まで伸びる美しい緑黄色に光る髪。オレンジ色のパッチリとした瞳。そして全体的に恐ろしく整った顔。そして頭や手や肩にいる光る白い妖精。煌めく光のキラキラ。もうこれだけ見ると、私はこことは違う、別のファンタジーの世界にいるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
モナセロス先輩が自己紹介を始める。あの子は順番に私たちを見る。そして彼女は美しい唇を開いた。
「ご丁重にどうも。私は、双子座を根源に持つ、弟星のジェミニ・パラックス。金星のマジシャン。ジェミニ・パラックスといいます。初めまして、では無いですね。以前合体ガイマとの戦いで出会いましたね。どうかこちらこそ、よろしくお願いします」
双子座の魔法少女【ジェミニ・パラックス】彼女はそう名乗った。私はあの子の名前を初めて知った。
「ジェミニ・パラックス。双子座… やはり黄道12門か……」
その名を聞いて、モナセロス先輩が感想を呟く。一般的に魔法少女の中では、黄道12門は強い力を持ちやすいと言われる。私たちの予想でも、ジェミニちゃんは、能力的に黄道12門だと考えられていた。個人的な相性や魔力値なんかもあるから、絶対ではないんだけどね。
それからジェミニちゃんは、ハウスイーターの件で謝罪した。ううん。別に全然気にしてないよ。経過はどうあれ、彼女は危機の時に駆け付け、町のみんなを守ってくれたのだから。それから私たちは、バーベキュー場でお話することになった。みんなで揃って歩いていく。
んふふふ。
えへへ。
今私の横にジェミニちゃんが歩いている。
すごーい。信じられない。
自然に顔がニヤけちゃう。
だめだよ。こんなニヤけた顔してたら、変な子だと思われちゃう。
私がなんとか真顔に戻すと、ジェミニちゃんが振り向いて、私と目が合ってしまう。ニッコリ笑いかけてきてくれて、私の顔は一瞬で熱くなった。
やめてー。心臓が爆発しちゃう。
そんなこんなで、バーベキュー場に到着。ジェミニちゃんはお客さんだから、2人がけのベンチに1人で座る。私はヴェルちゃんと2人で座る。コマ先輩は、大量の髪を後ろに纏めて、目をランランと輝かせてジェミニちゃんを見ていた。興味津々って感じ。
対してバーゴ先輩は、目を剥いてジェミニちゃんを見ていた。その気持ちは分かる。女の人の顔で、こんな顔は初めて見るもの。バーゴ先輩は、他人の女性の顔には厳しい。特に芸能人はボロクソに言ったりする。
「ククッ、見て見てかりん。あの芸能人の顔、ぶつかり稽古の後のアルパカみたいな顔してるわ」
「プッ、見てよあの顔。露天風呂に入り過ぎて、茹だったヌートリアみたいな顔をしてるわよ」
身内には言う事ないんだけどね。バーゴ先輩によれば、芸能人は見た目をいじられるのも仕事のうちだから、と言うことらしい。対して私たちは、ガイマを倒すことでお金を貰ってる。だから外見を悪く言ったりしないそう。
美人の女の人の顔っていうのは、ようするにお人形さんの顔なのだ。表情に変化がなければ美人。
でも実際の顔は、骨格があって、肉がついた生きた存在。だから表情が変わると、どうしたって不細工に見える時がある。私がみかちんとよく変顔合戦するのは、自分の不細工に見える角度を知るためという意味もある。
でもジェミニちゃんは違うのだ。彼女は普通の時の顔が不安定なの。美人に見えたり、少女に見えたり、可愛く見えたり。そして表情が動くと、どんな角度でも顔が崩れない。普通の時にあえて不安定にして、表情が出ている時に安定させる。まるでそうなるように最初から計算され尽くした顔みたいなの。普通の女の人の顔とは逆の発想。そりゃビックリするよね。
「ありがたくいただきます。あっ、そういえばお土産があるのでした。よく知らないのですが、有名パティシエールの田崎クリステルさんのケーキとか。伝手があって手にいれましたの。美味しいケーキですから出しますね」
ジェミニちゃんはそう言って、ケーキを出してきた。田崎クリステル。私はそれを聞いてビックリした。バーゴ先輩は驚愕の表情だ。確かに彼女のお店は自由が丘にある。けど、一般には販売していない。だって美味しすぎるから。だから財界の超1流の人とか、政界の偉い人しか手にいれることは出来ないんだって。それをジェミニちゃんは伝手で手に入れたって…… やっぱり凄い家のお嬢様なのかしら。
「おいおいマジかよ。これ本物じゃん。バーベキュー場で食べるシロモノじゃ無いだろ? ウマッ……」
あまりに凄い出来事に、バーゴ先輩の女の子らしい演技は崩壊している。コマ先輩もお菓子をよく食べてるけど、あの人はB級スイーツとスナック菓子が専門。高給スイーツに興味がないから、普通に食べようとしてる。あっ、私も食べなくちゃ。
美味しい…… 美味しすぎるよこれ。全員が無言になって黙々と食べる。
「ゴホン。おいしいケーキをありがとうございます。まずはジェミニさんに感謝を。みなとみらい、東京湾、そして今回とジェミニさんのおかげで、被害を最小限に留めることができました」
珍しく恥ずかしがったモナセロス先輩を見た。だってあのケーキ美味しすぎるもの。先輩も我を忘れて食べていたものね。それから話は進んで、ジェミニちゃんからのお願い。私はどうしても気になって、ジェミニちゃんに質問してしまった。
「空中戦の後、泣いていたのって、どうしてですか?」
「ちょっと……」
バーゴ先輩から咎めるような声。普段はあんなだけど、バーゴ先輩は人の心にズカズカ入って行くことを嫌う、とても繊細な人なんだ。けれどジェミニちゃんは気を悪くせずに答えてくれた。
「あれは…… 詳しくは言えませんがプライベートなことが原因です。ネットで言われているような、連盟の圧力では無く、外的要因は一切関係ありません。なのでネットでの騒動をなんとか鎮めたいのです」
でも、今回の話し合いでジェミニちゃんは初めて陰りのような表情を見せた。もの凄く気になったけど、私もこれ以上は聞けなかった。それから動画の受け渡し、多分これでジェミニちゃんの用事は済んだのだろう、コマ先輩と雑談している。
「ねぇねぇ、やっぱりジェミニさんはどっかの名家のお嬢様だったりする?」
「いえいえ、そういうことはありません。ただの一般人ですよ」
さあ、今こそ勇気を出すのよかりん!
「あ、あの…… ジェミニさん…… あの、その…… えっと」
ああぁ、心臓がドキドキ言ってる。さっき変な質問したから嫌われてるかも知れない。
でもこれが最初で最後のチャンスかも知れないの。
頬が熱い。でも、それでも……
頑張れかりん、ジェミニちゃんとお友達になるんだから!
「わ、わたし、古伊万里 夏鈴と言います! 私と…… お友達になってください!」
一瞬周りが静かになってしまった。
ジェミニちゃんはビックリした表情をしている。
あれ? 私なんか間違えた?
「嬉しいです。私でよければ是非お友達になりましょう。ですが、ほとんど面識の無い相手に、自分のフルネームを伝えるのは感心しませんよ? そうですね…… かりんさんが名乗ったのだから、私も名乗りましょう。私の名前はナナと言います。苗字は秘密としてください」
そ、そうか。いきなりフルネームで言っちゃったんだ。でもジェミニちゃんになら知られてもいい。それにしてもナナちゃん。ジェミニちゃんのお名前はナナちゃんて言うんだ。お名前を教えてくれて、何かとっても嬉しい。
「ナナちゃん……」
それよりも、ナナちゃんは私とお友達になってくれるって、よかったー。私を受け入れてくれた。拒絶されたらどうしようかと思っていたから、一気に気が抜けてしまった。なんだかふわふわした気分になって、急に胸からなにかがこみ上げるような……
「よかった…… うっ……」
気が付いたら私は涙をポロポロ流していた。ああぁ、何で泣いてるのかしら? もう頭の中がグチャグチャだよ。
「ちょっと大丈夫、かりん?」
隣に座っているヴェルちゃんが心配して声をかけてくれる。ごめんなさい。別に悲しいわけじゃ無いの、でも、嬉しすぎて……
何かよく分からなくてなって…… そんな風に泣いていると、頭に私を気遣う優しい手の感触が伝わる。
「大丈夫ですか? かりんちゃん?」
すぐ近くまでナナちゃんが来ていて、心配そうな顔で私の頭を撫でてくれる。ナナちゃんの体からフワッと甘い香りがして、頭がクラクラしてくる。夢みたい。ナナちゃんが私の名前を呼んでくれて、心配してくれる。私はますます泣いてしまう。もう、早く泣き止まないと。ほら、ナナちゃんも皆もビックリしてるじゃない。
「あぁ、泣かないでかりんちゃん。そうだ。ツーラインを交換しましょう。これでいつでもお話しできる。それから横浜で一緒にどこかに遊びに行きましょう? きっと楽しいよ。だからね。泣かないで、かりんちゃん……」
まるで幼子をあやすように、ナナちゃんが優しい声をかけてくれる。それから私の肩を抱いてくれた。ようやく落ち着いた私は、ナナちゃんやヴェルちゃんにごめんなさいと謝った。ナナちゃんは優しい笑顔で、気にしていないと言ってくれた。
それからツーラインの交換。皆も便上して全員ナナちゃんの友達になった。嬉しい。
そして少しお話してから、ナナちゃんとお別れすることになった。
「それでは、そろそろお暇しますね。かりんちゃん。また後で連絡しようね。次は横浜で会いましょう」
そう言って、ナナちゃんは帰っていった。
やったぁ~。嬉しいな!
ナナちゃんとお友達になれた! 今度一緒に遊びに行くことになった!
楽しみだなぁ~!
※お知らせ
趣味的な作品ではありますが、いつも応援、読んで下さりありがとうございます。
さて、ここにきてプロットの管理をミスって、各話の文字数が多すぎるという問題が発生しております。というわけで、ここから各話を2つに割って、投稿しようと思っております。1話の文字数は4千~5千以内を目指します。
そのため話数が増加し、第2章は30話で終わる所、34話に増加してしまいました。このままいけば、完結する時には、100話越えするだろうと予測されます。そんな大作作るつもりはなかったんですが。
この1話を2つに割った新基準では、現在のところ第48話まで執筆しております。なので予定を変更し、第2章が終了後、そのまま第3章の更新を継続します。様子を見つつ、頃合いのいい所で一旦更新停止、の予定となっております。
今回の作品は人気はどうあれ、完結を目標としていますので、完結最優先で、執筆を進めていこうと思っています。
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