第22話 ガイマの侵攻


 窓から木漏れ日が差す朝、俺はしわくちゃになったベッドの上で目覚めた。あぁ、昨日はホントやばかった。途中から記憶が怪しいが、最後には男に戻って、俺は倒れるように寝込んだのだったか。


 エインセルは傍にいないが、ダイニングにあるテレビの音が聞こえるので、そちらに居るのだろう。


 俺はゆっくり起床し、ベッドを直して部屋を出て、汚れた服を洗濯機に放り込んで起動。ダイニングに出てコーヒーとパンの準備をする。エインセルは机の上で寝転んでテレビを見ていたが、俺が席につくと話しかけてきた。



――――あっ、おはようサトル。ウフフ、昨夜は燃えたわね!


「くっ… おはようエインセル……」



 まったくこいつは。なんかやけに顔の艶がよくなってね? エインセルはニヨニヨ笑いながら俺に歩いて近づいて来る。



――――もうサトルったら激しいんだから。撮影されてる分、これまでで一番興奮してたでしょ。私も一杯興奮しちゃったわ。録画もばっちりだったから、今度一緒に見ましょうね?


「そ、そんなもん見るわけないだろ!」


――――ニシシ、男のサトルの恥辱に悶える顔もなかなかソソるわね。今度は男の姿の時にやりましょうよ?



 と、エインセルといつものようにくだらない会話をする。俺が弱みを完全に握られた形だが、実はそれほど心配はしていない。なんだかんだでシチュエーションは作ってくるが、最後は俺の決断を尊重しやがる。俺が絶対嫌と言えば、無理強いはしない。


 それに妖精はお金に毛ほどの興味も持たない。システムを維持する重要な要素だと理解しているが、所詮金など人間が作り出したファンタジーに過ぎない。というのがエインセルの見解だ。だから動画が流出する事態にはならない。



 俺はパートナーだから色々ちょっかいを掛けてくるが、エインセルは他人にはビックリするほど冷淡だ。俺が頼めば他人でも助けるが、気に入った人物以外、自分からは一切干渉はしないようだ。だから、他人に動画を見せることもないだろう。動画はあくまで自分への報酬なのだ。


 ということで、俺はコーヒーを飲みながら、ゆっくりテレビを視聴する。




『本日の午前4時、群馬県沼田市がガイマの襲撃に会いました。ガイマはレベル2の狼型と見られ、数は30体以上と思われます。被害はJR沼田駅周辺の坊新田町、清水町、薄根町、栄町、沼須町に及び、破壊家屋は100軒以上、死傷者150名以上が出ています。これに対し、魔法対策庁は、沼田市全域に警報発令、被害が出た町に避難命令を出すとともに、高崎市の関東第3支所から、魔法少女を2名、対ガイマ警備隊を派遣しました。では現場レポーターの鈴木さんからの報告をお聞きください』



『鈴木です。現在沼田市役所前にいます。午前7時ごろに栄町付近で、魔法少女とガイマの戦闘がありました。これによりガイマ6体を撃破。狼型ガイマの群れはその戦闘の直後、東に逃走を図り、現在赤城山に潜伏していると見られています。午前9時ごろから対ガイマ警備隊と警察、自衛隊の先遣部隊が続々と到着しています。対ガイマ警備隊は、赤城山の麓にあたる、沼田市南東の群馬県利根郡昭和村に非常線を設置。ガイマの封じ込めを実施しています。現場からは以上です』



『魔法対策庁の発表によりますと、対ガイマ警備隊も戦闘を行い、ガイマ3体を撃破した模様です。調査の結果、狼型ガイマは総数49体で、残り40体が赤城山の麓にある、ゴロスの滝付近に広範囲に潜伏していると見られます。魔法対策庁は増援として先ほど、リニアシュートにて飛行型魔法少女2名を追加派遣しました。警備隊の対戦車ヘリコプター4機も現場に向かっています。この為、昭和村全域に避難命令が出ています』



――――ガイマが出たわね。長丁場になりそうだわ。サトル、戦いには行かないの?


「ちょいと群馬県は遠すぎるな。ここからなら上越新幹線を使って片道2時間。5000円と言った所か。当然ビジネスホテルに2泊するとして2万円。ヘリで送迎されて、宿泊費も無料の魔法少女とは訳が違うぞ。それにレベル2の狼型40体に対し、魔法少女4名、対戦車ヘリコプター付きだ。時間は掛かるだろうが勝ちは見えている。行っても邪魔になるだけだな」


――――そうなのね。なんなら現場に着いた頃には、終わってるかもね。


「ああ、そうかもな。個人的には群馬県に観光に行きたいのだがな。やっかいな問題もある。ジェミニ・パラックスとして出るにしても、効果的な場面で出たいんだ」


――――ん? やっかいな問題って?



 エインセルが興味を持ったので、俺は昨日の新庄さんとの会話や。ネットの状況を説明した。



――――それはそれは。なかなか面白い事になってるじゃない。あるいは逆が真相なのかもね?


「言いたいことは分かる。スケート魔法少女の人気に目を付けた誰かさんが、それを利用して陰謀論を流布して、フィギュア派閥を叩いてるかもな。だが、俺個人はスケート連盟に恨みがあるわけじゃない。ジェミニ・パラックスとしてコメントを発表して、騒ぎの火消しをしたい」


――――どうやって? マスコミでも呼ぶの? あっ、ひょっとして。


「そうだ。ガイマが出現した機会に現場に行って、魔法庁所属の魔法少女に接触する。そこで事情を話して、魔法庁を通してコメントを発表してもらう。ガイマとの戦いで俺の優秀さを示す作戦は頓挫してるからな。次のガイマとの戦いはサポートに徹して、魔法庁に恩を売る形としたい」


――――フフッ、ついに魔法庁所属の魔法少女達との邂逅ね。面白くなって来た。そうなれば挨拶代わりにお土産が必要ね。私おいしいケーキ作れる人知ってるから、その人に頼んでお土産準備してあげるわ。


「へえ、エインセルには俺以外にも人間の知り合いがいたんだな」


――――まあね。サトルと出会うまでに数年ほど日本をうろついてたからね。それなりにはね。






群馬県高崎市石原町


 群馬県。日本列島のほぼ中央にあって、県の西北部に山々が連なり、南東部に関東平野が開ける内陸県である。上毛三山と言われる有名な山、榛名山・妙義山・赤城山を有し、草津・伊香保・水上・四万・万座の五大温泉を持つ温泉県でもある。


 その群馬県を代表する都市が高崎市である。関東平野北部に位置し、日本有数の内陸交通網を誇り、市内に観光名所の榛名山を持つ群馬県最大の人口を誇る都市である。



 高崎市のシンボルは、JR高崎駅の西約2・5キロの位置に所在する慈眼院にある「高崎白衣(びゃくい)大観音」高さ約42メートルの観音様で、丘陵地にあるためよく目立ち、近隣の電車からもその姿を見ることができる。


 その慈眼院から南東2キロ位置に石原町はあった。山に沿う形の高台の住宅地で、東京農業大学第二高等学校があり、町は平地にも広がっている。この石原町から山側にさらに1キロほど入れば、人気観光地の観音山ファミリーパークに至ることが出来る。



 現在の石原町はやや緊迫した空気を孕みつつも、いつもの日常を送っていた。すでに年末に入っており、冬休みで学校には人がおらず、住民の大部分は働きに出かけていた。残っている住民は、テレビやネットで、赤城山の状況を見守っていた。テレビ中継で昭和村付近にいたレポーターは戦場の様子を伝える。



『現在赤城山の麓辺りで閃光と轟音が聞こえました! 上空には飛行している魔法少女2名が見えます。ガイマとの戦闘が起きた模様です!』



 群馬県は災害が少ない県として有名だが、ガイマの襲撃においてもそうで、今回が初めてのガイマとの大規模戦闘となった。とはいえ、JR高崎駅からでもガイマの戦闘現場までは、北に約30キロの距離があり、石原町にまでガイマがやって来ることは無い……はずだった。



ングググゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!


 それは突然やって来た。


 石原町の住民の腹の底に響くような、非常に低音の鳴き声を響かせ、住宅地西側の山の頂上に巨大な黒い肉塊が現れたのだ。異変を感じた住民は、住宅の窓からそのガイマの姿を見て絶句した。


 そのガイマの高さは10メートル程か、だが胴体の長さは30メートルを超えるように見えた。全面には巨大な頭と顎と口。盛り上がった両肩から、長い腕が2本伸びており、胴体を獣のような巨大な足6本で支えており、背中には無数の突起がついていた。その異形のガイマは、姿を現すとすぐに、山の斜面を駆け下り住宅地に突っ込んできた。



「ガイマだ! 逃げろ!!」

「車を出すんだ! 早く!」



 住民がパニックに陥っている間に、ガイマは突撃し、住宅4軒を吹き飛ばした。幸いにその住宅は無人だったが、付近にいた住民は着の身着のまま、遠くの住民は車で逃げだした。だがガイマは逃げる人々を追わず、その場に留まる。車で避難する住民は走行しながら、ガイマの様子を見た。



「な…… なんだあれは? 家を、家を食ってるのか?」



 ガリゴリガリ……


 そのガイマは、破壊した住宅の破片や瓦礫を、長い腕についた4本指の手で掴んで、口に次々に放り込んでいたのだ。それどころか、大きな口を開けて、住宅の屋根に直接齧り付いたのだった。家を食うガイマなどこれまでに出現したことは無かった。だが家を食うのに夢中になっているおかげで、至近距離に迫られたにも関わらず、奇跡的に住民は全員避難することに成功したのだった。



 魔法対策庁は新たなガイマ出現を魔力レーダーで感知。高崎市全域に避難注意報。石原町全域、寺尾町東側に避難命令を発令。赤城山に展開していた警備部隊の一部と、無人偵察機1機を現場へ南下させた。そして追加の部隊と魔法少女の派遣の準備を行う。


 一つの県に複数のガイマが出現することは、稀にだがあった。だがガイマ被害の少ない群馬県で起きるとは予想されなかった。


 高崎市には、魔法少女が常駐する「関東第3支所」があるが、彼女らの主なカバー範囲は、埼玉県北部、栃木県南部、茨城県西部などである。交通の要衝であり、ガイマ被害の少ない高崎市が拠点として優秀だとして、支所が設置された背景があった。群馬県ももちろんカバーするが、同時に2か所での大規模戦闘は想定されていなかったのだ。


 現場に着いた警備隊は直ちに偵察・調査を開始。魔法対策庁は対応を急いだ。






横浜市港北区 大倉山駅近郊マンション サトル宅


 ガイマが現れたので、外出はなんだか気が乗らず、パソコンでネットの反応なんかをボヤっと見てたのだが、それが功を奏した。JR高崎駅の近所に未確認ガイマが現れたのだ。俺はエインセルと一緒にテレビに集中した。テレビでは現場に派遣されたレポーターが喋っていた。



『今、私は高崎市新後閑町にある城南大橋上の歩道に来ております。あちらの高台にある大きな建物が、東京農業大学第二高等学校です。その横に広がっているのが、今回新種のガイマが居座っている高台の住宅地です。魔法庁の情報によれば、このガイマは縄張り型であり、すぐ移動する可能性は低いとのことです。現在までに30軒近くの民家が未確認ガイマに食べられたようで、この特異な行動を行うガイマを魔法庁では、仮称として「ハウスイーター」と名付けました……』


『ングググゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』


『あっ、皆さんお聞きになられたでしょうか? 今ガイマの鳴き声のようなものが聞こえました。現場からここまで1キロ離れているのですが、お腹に響くような低音が聞こえてきました。ちょっ、カメラさん…… 望遠映像が見えますでしょうか? ガイマです! ガイマが高台に出てきました! ガイマの大きな姿が確認できます!!』



 テレビに望遠で映されたガイマの姿を俺は見る。なかなかの巨体だ。奴はデカい口を大きく開いた。なんかお腹? お尻の部分? が急激に膨張している。そしてその膨張した部分が一気に収縮した。



「あっ……」



 俺は声を出した。瞬間、ガイマの口から大量の黒い点? ゴミみたいな物が広範囲に猛スピードでまき散らされた。



『ああっ! ガイマの口から何かが放出されました!! あれは……瓦礫? うわっ! 見てください! ガイマの口から出た瓦礫が住宅地に!』



 テレビの望遠映像では、空から降ってきた大量の瓦礫が次々に一軒家に命中、屋根に大穴が開いたり、吹き飛んでたりした。また駐車中の車にも命中し、車が飛んだりヒックリ返ったりした。アスファルトの道路も捲り上がる。待てよこれ……かなり広い範囲に被害が出たぞ。



「まったく、なんというか。はた迷惑な奴だな…」


――――フン。面白いガイマね。家を食べて瓦礫にして体内に蓄積。それを口から猛スピードで散弾状に撃ちだすとは…… さしずめデブリ・ブレスとでも言えばよいかしら?



『見えますでしょうか皆さん! 住宅地は御覧の惨状です。まるで爆撃を受けたかのような被害が出ています。あの辺りの平地の住宅地は、石原町の模様ですが。はい? はい。では一旦スタジオにお返しします……』



「よし決めたぞエインセル。明日の朝に群馬に向かう。ジェミニ・パラックスの出番だ。ところで赤城山にいるガイマは陽動か?」


――――さあ? 今の状況ではなんとも、偶然じゃないかしら? でもあいつと戦うつもりなの?


「必要なら戦うが、今回はサポートを主としたい。魔法少女は飛行型のアクイラとシグナスが赤城山に展開してる。そこへ新種のガイマ登場だ。みなとみらいの時と同じ状況。ならば出てくるのは、合体ガイマと戦ってた面子が来る可能性が高い。接触するつもりだから、まったく知らない魔法少女よりは、少しは面識がある人たちの方が喋りやすいからな」


――――なるほど。じゃ私お土産の準備してくるわね。


「頼む。俺は旅行の準備だ。魔法対策庁は2正面作戦を強いられている。だからハウスイーターへの対応は時間がかかるはず。縄張り型だし、討伐開始はあさってぐらいになるか。なら戦いが開始される前に、現場を偵察しておきたい所だな」



 そういうわけで、俺は準備を始める。エインセルはお土産を調達するために外出して行った。俺はスマホでアクセスしてホテルの予約をする。全国チェーンのビジネスホテルで高崎駅のすぐ近くにある。どうやら部屋は取れそうだ。期間は…… 3泊4日とする。せっかく群馬に行くんだ。とっとと仕事を終わらせて、少しは観光したい。

 

 そして翌日の朝エインセルと一緒に出発。今回は男の姿のままだ。


 大倉山から東京駅へ出て、新幹線で一路群馬県高崎駅へ、所要時間は合計1時間50分程、交通費は約5000円だ。高崎駅へ着くとツイスターを確認。ついさっき、ハウスイーターがデブリ・ブレスを再び放ったらしい。


 フン、たいした歓迎ぶりだな。


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