第21話 誘惑
――――フフフフ、サトルはヘンタイなんだから。最初は私に見つからないかビクビクしながら楽しんでたけど、徐々に大胆になっていくもの。そういう所が可愛いのよね。サトルは。
「なっなっなっ、お、お前覗いてたのか! このヘンタイ妖精!」
突然部屋に乱入してきたエインセルは、自分が覗きをしていることを暴露した。俺は恥ずかしさで顔が熱くなる。
――――ヘンタイなサトルに言われたくないわね。でもさぁ、録画ばっかじゃ飽きちゃうのよね。だから今日はサトルの部屋に来たの。
そう言うとエインセルは、俺に手を向けて魔法を使う。すると俺の頭の中にとんでもない動画が再生された。俺の、ジェミニ・クレアトゥールの乱れた姿だ。ベッドの軋む音に嬌声まで聞こえる。俺のあられもない姿が、全部、全部映ってる。こんな…… こんなことって……
「あっ、あああぁぁ……」
俺は恥ずかしさと興奮で頭がめくられるような感覚を覚える。同時に涙も出てきた。これをどうやって撮影したのか。どうせ魔法を使ったんだろうが、俺はこの不意打ちに、とんでもなく動揺した。しまった。ジェミニ・クレアトゥールの時は、感情が上手く抑えられないんだった。エインセルめ! 俺が変身するのを待ってから部屋に突入して来たか。
「い、今すぐその動画を消しなさい!!」
――――ヤダー! 私だってサトルの為に働いてきたのよ。報酬を貰うのは当然のことじゃない! 大丈夫。サトルのお気に入りの「XZ VIDEOS」なんかに投稿しないわよ。安心して。
「そ、そんなことしたら殺すんだから!!」
――――きゃ~。サトルちゃん怖いでしゅね~。そんな可愛い顔で脅しても恐ろしくないでしゅよ? ンフフ、それにしても日本人より外人のが好きだなんて、サトルは激しいのが好みなのね?
「あぁ、お、お前ぇ。また勝手にぃ…… ヒック……」
エインセルは俺の周りをグルグル回りながら、楽しそうに煽ってくる。この効果はてき面で、俺は顔から首まで真っ赤になって、涙腺が崩壊しそうだ。ヤバい。このままではエインセルの術中に嵌ってしまう。
――――そんなことよりさぁ。動画飽きたって言ったでしょ。このままじゃ生殺しよ。だからさぁ、私の目の前でしてよ!
エインセルがとんでもないことを言い出した。こいつ体が強く光ってる。興奮してやがるな。やつは俺の腕に飛びついて来て、体を擦り付けてきた。そんな馬鹿な、お前の性癖なんかに付き合ってられるか!
「バ、バカなこと言わないで! たとえ妖精でも、私は他人に見られながらなんて、露出性癖は持ってないの!」
――――嘘ばっかり! ジェミニ・クレアトゥールの姿で街を歩いてるとき、男たちの欲望に塗れた視線を受けて、体を熱くしてたじゃない! 顔や胸やお尻を見られて、優越感を感じて、興奮して。本当はいっぱい他人に見せつけたいんでしょ? それがサトルの願望よ。
「うぅ…… こ、この。まるでエロ漫画のおっさんみたいな煽りしやがって!」
怒った俺は腕にしがみついているエインセルを掴んだ。エインセルは銀髪を振り乱し、手足を振り回しイヤイヤと抗議する。
「いいか! 今日は男に戻って、もう寝ることにする。これからお前をドアにぶん投げる。投げるからな!」
――――イヤー! イヤー! このケチンボ! ヘンタイ!
俺は奴の返事を聞かずして、ドアにエインセルをぶん投げた。すると予想通り奴はドアを素通りして外に出た。まぁったく! これだから妖精というやつは……
俺は着替えてから変身を解除、男に戻ってベットの中に入る。はぁ、今日はなんだか疲れたわ。目覚ましを仕掛けていることを確認して、俺は目を閉じる。まったく、明日からは仕事があるというのに……
翌日。俺は目覚ましの音で起床。ダイニングに出て、冷蔵庫からジュースを取り出し、事前に買い置きしておいた総菜パンを食べる。エインセルが部屋から出てきて、テレビをつけながら挨拶してくる。
――――あっ、サトルおはよー。
「おう、おはよう」
これだよ。
昨日は喧嘩じみた言い争いをしていたが、エインセルはまったく気にした様子がない。本当にかけらも悪気は無いんだろう。これが妖精の在り方なんだろうな。
エインセルは人間の社会ルールや構造、システムなんかはよく理解してるのだが、なんというか、人のプライベート、性癖なんかの明かしたくない部分にも平気で切り込んで来る。人の心のデリケートな部分を理解しないんだ。
いや、理解はしているが重視はしていない。て言ったほうが良いか。妖精にとっては、人の心の在りようを素直に表現するのが正しいんだろう。まあ人間には、社会的立場や倫理観など、色々なしがらみがある。妖精のように自由には生きられない存在だ。
妖精は長い年月を生きるという。たしかに日本人みたいに細かいことを気にしてたら、数百年で精神が擦り切れてしまうか。
妖精は人間に近い知的生命体ではあるが、やはり種の違う生き物なんだろうと実感する。まあ俺も、エインセルとはかれこれ1年近い付き合いだ。こういった価値観の衝突は、たまに起こるし、これからも起こるだろう。慣れたものだ。
ただなぁ… たしかに報酬は必要だろうが、これは勘弁してくれと言いたい気持ちだ。
――――サトル。今日はおでかけ?
「ああ、前に話したことがあると思うが、新横浜のスケート教室だ。帰りは夜になる。ナナのスマホを置いてくよ」
――――あーそれか。分かった。お留守番しておくね。
エインセルは電気ポッドの上に座って足をブラブラしている。エインセルは俺やナナに化けることもできるから、何気に留守番でも便利なんだ。宅配なんかも受け取ってくれるしな。ということで、俺は久しぶりに仕事に向かう。
大倉山駅で電車に乗り1駅移動、東横線菊名駅ホームに降りる。
そこから横浜寄りのエスカレーターに乗り、登ったら右方向に向かうと中央改札。
改札を出てそのまま真っすぐ進み、緑のパネルで「JR菊名駅 入り口」と表示されているエスカレーターへ乗って上にあがるとJRの改札に出る。改札に入り近くの階段を降りると、JR横浜線のホームだ。ここから新横浜へ移動する。
新横浜の駅に着いたら、新横浜駅北改札口を出て、しばらく進んで右折、そのまま進むと新幹線乗り場が見え、その左に横浜アリーナ方面出口がある。アリーナ方面出口から建物を出ると東広場に到着。ここは木がある公園のような雰囲気。まわりにビルや店が沢山あって、人々が行き来している。
東広場に出たらすぐ左折。すると道路が見えてくるので、そこで右折し道路沿いに進んで階段を登っていくと、世にも珍しい屋根付きの円形歩道橋が見える。円形歩道橋に入ったら左まわりに歩いて、下の交差点を越えて、宮内新横浜線の西側の歩道に出る。
そこから道なりに北上。正確には北西方向へ進む。最初の大きな通り「アリーナ通り」を横切り、2番目の通り「新横浜中央通り」を左折。中央通りに入る。
少し進むと北側のみ通りがあり、そこに入ると俺の行きつけの「ラーメン博物館」がある。建物内は昭和レトロな町があり、ラーメン屋、喫茶店、居酒屋、駄菓子屋などがあり、観光客も入っている。最近は来てなかったから、今日は仕事帰りに豚骨ラーメンを食べよう。
で、その通りには寄らず、真っすぐ先へ進み「F・マリノス通り」を横切り、しばらく歩いて次の「スタジアム通り」を横切ると、右手にコンビニ、すぐその先に、今回の目的地「新横浜スケートセンター」がある。駅から普通に歩いて10分くらいで到着。
この新横浜スケートセンターは、ショーやフィギュア・スケート教室が開催されるアイスアリーナだ。アイスホッケーチームのホームでもある。内部に千席以上の座席、スケートリンク、コンビニ、保育園。あとスケーターにとっては重要な各種スケート用品を販売しているスケートショップもある。
ここで俺が何の仕事をしているかというと、スケート教室の先生の補助だ。
スケート教室には、キッズコース、ジュニアコース、アダルトコースとあり、場合によっては100名以上の生徒がやってくる。とても先生1名では回らないので、補助が必要なのだ。
いわゆる求人誌には載らない仕事だな。そりゃ一定のレベルのスケーターなんて、そこらにいないからな。身内に声を掛けたほうが早い。俺は教室のスケジュールに合わせることが出来るので、結構重宝がられてる。それにしてもここはいつも寒い。夏でも寒いから、冬だと余計にね。
「あら、サトル君じゃない。久しぶりね」
「あっどうもお疲れ様です新庄さん、今回もお世話になります」
俺に話しかけてきたのは、スケート教室の先生の新庄さん。50歳ぐらいの茶髪黒目のおばちゃんだが、俺も子供の頃に彼女の指導を受けた。生徒が集まるにはまだ早いので、俺は新庄さんと椅子に座って話し込む。
「ちょっと最近スケート教室の生徒が増えてきてね。私も結構忙しいのよ。ほんとスケート魔法少女さまさまね」
「あー。そうなんですか……」
ネットやテレビだけじゃなくて、まさかここでも影響が出てるのか。凄いなジェミニ・パラックス。
「彼女の登場は劇的だったものね。おかげで連盟に電話殺到よ。ついに連盟も動き出して、今スケート魔法少女を探してるらしいわ」
「マジですか?」
「そう、最近妙な陰謀論が広がってたけど、昨日のスケートちゃんが泣いた写真からさらに発展してね。いわく、スケート人口は少ないのにスケート魔法少女が見つからないのは連盟が広告塔として利用する為に隠しているから、魔法庁の調査も妨害していて、スケート魔法少女はガイマと戦い、人々の役に立ちたいと思ってるけど、連盟に圧力を掛けられて思うようにいかない。だから昨日号泣していた。とかツイスターで拡散されてるわね」
「それは、また……」
なんだその真実にカスリもしてない陰謀論は? その割には妙に筋が通っていて、今の状況を説明しているようにも感じてしまう。とんでもない事になったな。真実はジェミニ・パラックスは連盟とは何の関係も無いし、魔法庁がコメントしないのは、俺の評価がイマイチだったから、泣いてたのも空中戦が上手くいかなかったからなんだが。
「そんなわけ無いでしょう。連盟にそんな政治力あるわけ無い。なんなら野球やサッカーのほうがよっぽど影響力ありますって」
「そうなんだけどね。国から補助金貰っといて、魔法庁の調査を妨害なんかしたら、横から所轄官庁の文部科学省にぶん殴られるわよ。でも連盟も4年前に裏金問題があったし、フィギュア対スピードの確執もあるから、フィギュア派閥がスピード派閥よりも有利に立とうとして、スケートちゃんを利用しようとしているって、もっぱらの噂ね」
その話を聞いて俺は絶句した。新庄さんはフィギュアの実力者だし、連盟上層部とのパイプも太い。その彼女が言うのだから、この件は相当深刻な事態になっているのだと俺は認識した。なんとか火消しをしないと。これはジェミニ・パラックスが直接コメントを出すしかないか。でもどうやって?
「そんなことになってるから、連盟の一部は潔白を証明するため、本格的にスケートちゃんを探し出したの。スケートちゃんの住まいは横浜かその周辺。実力は4級~6級相当。プライベートレッスンでバッジテストを受けていない可能性もある。と連盟は見立てているわね」
「ああ、4級~6級相当。確かに7~8級では目立ち過ぎますからね。プライベートレッスンですか。確かに居そうではありますね……」
やべー。なかなかいい所突いてるじゃん。だがこうしてみると男の娘ってのは隠れ蓑として抜群だな。どうせ女性スケーター探すんだろうし、まさか目の前の俺が、スケート魔法少女だなんて新庄さんも思うまい。フッ、しかも俺はモブスケーターとしての実力はピカ一だ。集団に埋没するのは余裕だしな。
「まあ、そういうのは置いといても、スケートちゃんにはスケート連盟に所属して欲しいわね。浅田真由や荒川静江と、アイスショーで共演してくれれば、大入り満員は間違いないわよ? 落ち込んだフィギュアスケート人気にも再び火がつくかも知れない」
「はははは……」
俺は乾いた笑いしか出ない。恐れ多いわ!!
たしかに現状では、国際資本の移動は厳しく制限され、その煽りでフィギュアスケートの国際大会は縮小傾向、国内もイマイチ盛り上がりに欠けるとなれば、スケート魔法少女を利用しての興行は、確かに効果的かも知れん。だが俺には無理だ。
テレビでフィギュアスケートを視聴している一般人は、こんなもんだろう。みたいな感じで見てるが、テレビに出演できるスケーターである彼らは、上澄みも上澄み。超1流のスケーター達だ。何せ小学生の段階で、7級テストに合格できるくらいの天才だぞ。高校で5級落ちした俺とはモノが違う。
おまけに彼らは特別な力などなく、身一つであそこまで上り詰めたんだ。魔法でズルしてる俺がどの面下げて雲上人と共演するというのか。やっぱ恐れ多いわ。
「しかし新庄さんは、随分とスケート魔法少女を買ってるんですね」
「そうね。彼女はフィギュアスケートの新たな地平を私たちに見せてくれたのよ。立体機動フィギュアスケートとでも言えばいいかしら。そしてエレメンツを出す度に煌めくイリュージョン。何とか一部だけでもアイスショーに取り入れられないか、模索が必要ね」
あぁ~。なるほどな。そういう見方もあるか。俺とエインセルはガイマとの戦闘の必要性から、立体機動を編み出し、イリュージョンは敵味方に対するハッタリとして取り入れたんだが、確かにアイスショーとして見ても見栄えはするか。
今の技術なら段差スケートリンクくらいは作れるだろうが、落差で足をねん挫しかねない。となれば天井からスケーターをクレーンで吊るすか…… いやいや、科学に頼らずとも、ここは魔法がある世界なんだ。魔道師にフィギュアスケートを教えたほうが、より早く実現できるか?
というか俺がやればいいんだ。魔法庁に就職できなければ、そういう道も有りかもな。おお、新しい就職口が見つかった気分だ。ならエインセルと開発してみるか? 新しいモードはさしずめ「ジェミニ・パラックス・イリュージョン」とでも呼べばいいか?
というわけで、新庄さんからビックリするような話を聞いて、生徒も集まって来たので仕事して、帰りに豚骨ラーメンを食べて俺は自宅に戻ってきた。
そしてその夜……
「ん……。んう……」
――――フフフフッ、どうしたのサトルちゃん。もう我慢の限界かしら?
またしても俺はエインセルに絡まれていた。
家に帰ってシャワーを浴びて、部屋に入ったまでは良かったが、俺の欲求不満は限界まで達していたのだ。眠れなくて、ベッドから起き上がって一人悶々としてた。おかしい、俺の性欲はこんなに強かったのか? それともエインセルが何かしたのか? そう思った時、エインセルが部屋に入ってきた。
――――あらあら、今日はしないの? 誤解しないように言っておくけど、私は何もしてないわよ。サトルも予想はつくでしょ? 貴方には魂が二つある。魔力が目覚めて強くなって、欲求不満も2倍になったてわけ。
そして、またふざけて煽ってきたので、俺は追い出す為にエインセルの体を掴んだ。するとあいつは俺の体の中に入った。そして強制的にジェミニ・クレアトゥールに変身させられたのだ。今、俺の頭の中では、エインセルが再生した3つの動画が流れている。もちろんそれは俺の恥ずかしい動画だった。頭の中に様々な嬌声が響き渡り、俺は興奮してしまった。
――――どうしたの? もうズボンの中はそんなに熱くなってるのに…… 慰めてあげなきゃ可哀そうよ?
まるで耳元で囁くように、エインセルの声が聞こえる。こんなこと、こんなことしてる場合じゃないのに……
――――もう丸3日もしてないものね。そうよ…… こんなに我慢した自分にご褒美をあげないとね? ……久しぶりだから絶対気持ちいいよ?
「うぅ…… こんなの… こんなのズルいよぉ……」
――――ズルくなんてないわ。私はサトルの楽しみを手伝ってあげてるだけ…… さあ、もういいじゃない。……堕ちちゃおうよ? ちゃんと全部、余すことなく動画でしっかり撮影してあげるからさ……
俺は必死に抵抗しようとする。だが俺の女体の疼きは限界に達し、頭はボーッとして、何も考えられなくなる。俺は手をズボンに近づけ、なんとか動きを止める。ああ、だめだぁ。撮影されてるのが分かってるのにこんなことしたら、俺はまるで… まるでヘンタイじゃないか……
――――ほ~ら。堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ…… 堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ ……堕ちちゃえ。ンフフフフフフフフフ……
頭の中で俺の嬌声とエインセルの笑い声が響きあう。知らない間にズボンに手を入れ、俺は……
「あん……」
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