第20話 スタンピードの兆候
ここは関東一帯の魔法少女の本拠地、魔法対策庁、関東総本部。
この関東総本部は、関東圏でのガイマとの戦闘指揮を行いながらも、日本各地の魔法庁実働部隊全体を統括する役目もある。当然ながら、関西本部や各地の支部の人員や幹部、研修のためにやって来る地方の魔法少女。魔法教育の為に、各地から送られて来る魔法少女候補生など、沢山の人が行き交う場所である。
当然ながら、このような役目を持つ関東総本部は、交通の便の良い場所になければならない。というわけで、関東総本部は、相模原の町のど真ん中に設置されることになったのだ。
この関東総本部は、大変に便利な立地に存在している。なにせ、正門前には、JR相模原駅があるからだ。JR相模原駅で下車して、北口から出て、道路を越えれば正門前にたどり着ける。徒歩1分の距離だ。
JR駅ビルにショッピングモール「セレオ相模原」があり買い物に便利であり、10以上のバス停、タクシー乗り場等があり、駅南は様々な商業施設が発展していて、利便性の高い土地である。
この相模原駅の北側の約214ヘクタールの広大な土地は、元々は米軍が使用していた。
「米軍相模総合補給廠」という名で、ようするに米軍の補給基地だ。このうち西側の約52ヘクタールを、魔法対策庁施設建設とガイマ対策の為に、アメリカから日本に2003年に土地返還された。
この返還は、サトルの前世より11年も早い。サトルの前世世界では、2014年に17ヘクタールが返還され、共同使用地域が35ヘクタールとなっている。
さて、この関東総本部は、52ヘクタールの広大な国有地の中にある、すぐ隣にある小学校なら、24個入るぐらいに大きい。内部は北区画と中央区画と南区画に分かれており、施設は以下の通りである。
・北区画
航空基地 リニアキャノン
・中央区画
魔力観測所(魔力レーダー) 対ガイマ警備隊基地 訓練棟 地下訓練施設 倉庫 地下倉庫 公園
・南区画
正門 駐車場 警備棟 本部棟 医療棟 発電所 マンション居住区 宿泊施設(1階コンビニ・喫茶店・レストラン) 図書資料館 魔力適合者訓練学校 魔道師学校 魔力研究所
この内、本部棟に魔法少女達が所属する「魔法保安調査部」があり、地下3階に内海が指揮を執る「オペレーションセンター」がある。
この施設群の中でもっとも大きい施設は、やはり「リニアキャノン」である。直径350メートルの円形の8階建ての建物であり、屋上の旋回盤の上に、大きな砲身が2本鎮座してある。
リニアキャノンは名の通り、リニアモーターによるカタパルトによって魔法少女を打ち出す。リニアと言えば「超電導磁気浮上式鉄道」が思い浮かぶが、ここのリニアキャノンは鉄輪式である。
鉄輪式はカタパルトをレールと鉄輪で支える構造で、電気代が磁気浮上式よりかかるものの、急こう配に強いという特性がある。このため、魔法少女発射の為に仰角を取るリニアキャノンとの相性がいい。
また、地下鉄でも鉄輪式リニアは多く採用されており、近場では横浜市営地下鉄グリーンラインが採用。このため、共通の消耗パーツが手に入りやすい。これらのことから、魔法対策庁では鉄輪式リニアを採用している。
このリニアキャノンの射程は100キロを誇り、その範囲で魔法少女を自由に現場へ送り込める。東方向は東京都・神奈川県全域・千葉県全域。北方向は茨木南部・埼玉県全域・群馬県高崎まで。西方向は山梨県全域・静岡県東部。南は伊豆大島までをカバーしている。
そんな関東総本部の警備課オペレーションセンターにて、今日も内海は仕事をしていた。今は関東圏にガイマは出現せず、指揮は次官が行っている。内海は壁際にあるパソコンで、日本全域のガイマ情報を調べていた。
ガイマは基本的に、春から秋にかけて活発に活動し、冬には活動停滞期に入る。特に1月~3月はほとんど出現せず、したとしてもレベル1~2が小規模出現するだけである。この為、魔法少女達はほぼ活動しておらず、勉学や魔法戦闘訓練、遊びに精を出す。また1月7日には、毎年の恒例イベント「魔法少女交流会」も行われる。
しかし、今年は異例ずくめだった。本来は活動が弱まる11月に、合体ガイマである「オーバーラップ・クリーチャー」12月にアネモネタイプの変種「ドラゴンヘッド・アネモネ」が出現している。魔法少女達のスケジュールは例年と変わりないものの、警備隊は、今年から来年の冬の期間、厳重な警戒態勢を取るように内海は命令していた。
関西本部の本部長とも電話で会談したが、向こうも新種は出なかったものの、冬にも関わらず、出動回数は3割増しだったという。やはりこれは、ガイマが多数出現する「スタンピード」の兆候ではないかと内海は考える。となれば来年は、激動の年になる可能性もある。いずれにせよ、今の内に、基地における弾薬や食料などの備蓄を増やして、しっかりと準備を進めた方が良いだろう。
内海はふと視線をパソコンから離し、横目で少し遠くのデスクにいる八木沙織に視線を向ける。なにやら難しい顔で、書類を読んでいる。
彼女との付き合いも長い、もう10年になるか。最初に出会ったのは、杉裏戸町襲撃事件の時。内海は自衛隊の指揮官として、部隊を率いて杉裏戸町へ向かっていた。その時、空を飛び現場から離れていく鳥人間を見た。それが初代わし座の魔法少女【アクイラ・アルタイル】である八木沙織だったのだ。
それからガイマとの戦いが本格化。現場にて魔法少女と共闘することも何度か有り、アクイラともよく話すようになった。彼女は当時16歳。内海の家族にも娘がいたため、こんな年齢でガイマと戦うことになった彼女に憐憫の情を抱いた事もあった。
だが背に腹は代えられない。政府の方針がハッキリしないこともあり、あの時は少しでも戦える戦力が欲しかったのだ。なので内海は、関東にいた複数の魔法少女と、アクイラを通じて知り合い、ある程度の情報共有を図った。
そして時は流れて3年後、魔法対策庁の立ち上げ。内海は自衛隊からの出向という形で、本部長代理を務める。その頃にアクイラの引退を知った。やっと彼女が戦いから解放されたようで、内海は、まるで自分の娘が巣立っていくような感慨を覚えた。
だがその2年後、彼女は再び戦いの場へ帰ってきた。今度は魔道師として。
それからは、何の設備も無い関東本部で一からのスタート。彼女とは様々な苦労をしながら、助け合いながら、共に関東総本部をここまで発展させてきた。八木沙織がいなければ、ここまでスムーズに魔法少女を集め、運用することは出来なかったかも知れない。もはや彼女は戦友と言えるだろう。内海は彼女に感謝した。
ところで…… 彼女は今年で26歳になる。結婚はしないのだろうか?
誰かいい人がいるならいいが、いなければ内海の伝手で、優秀なエリート官僚なども紹介することが出来るのだが。
自分の娘もそんな年頃なので、どうにも気になってしまう。だがプライベートな問題であるため、こちらから聞くことは出来ない。女性秘書に頼んで、聞き出してもらうほうが良いか?
彼女のような人こそ、普通の家庭を持つべきだと思うのだがな。
と、内海が内心ヤキモキしていると、夢にも思っていない八木沙織は、眼前の書類を集中して読んでいた。
実に頭の痛い問題だ。スケート連盟の一部が、スケートマジシャンの調査に乗り出したのだ。こちらから協力をお願いした時に、マジシャンを追い詰めないよう、釘を刺したつもりだったが。
とはいえ、連盟の立場も分かる。
何せあのスケートマジシャンの出現は鮮烈に過ぎた。テレビでも動画でも凄まじい反響があったとか。というわけで連日スケート連盟には、問い合わせの電話が殺到しているらしい。
スケートの競技人口はそれほど多くは無い。他の習い事に比べれば値段は張るし、最低でもスケートリンクが無ければ練習も出来ない。なのにスケートマジシャンが見つからないのは、連盟が隠しているからに違いない。という陰謀論がネットでは拡散されており、連盟も対応に苦慮しているようだ。
そこで自身の潔白を証明するために、連盟の一部が動き出したようなのだ。一応、もう一度、過度な追及は控えるべきとお願いするが、果たしてどこまで考慮に入れてもらえるか。と八木は思考を巡らせる。
今回は完全に後手に回った。最初は一部ネット界隈で騒いでいただけだったので安心していたが、2日前の「ドラゴンヘッド・アネモネ」の件だ。ここから一気に事態は加熱した。
優秀なる頭脳と類まれな実力を持ったスケートマジシャンが、ガイマを見事に撃破して、JR根岸駅方向へ向かっていたのは、こちらも確認していた。
その根岸駅には、撮り鉄なる人種がいて、夜間のコンテナ貨物車両を撮らんと、大砲みたいな望遠レンズをカメラに付けて待ち構えていた所、上空に光を発見、今話題のスケートマジシャンと判断した撮り鉄は、連続写真を撮影。
まあここまでは、よくある話だろう。問題はその写真にある。
夜空に星空が煌めき、月もくっきりとした姿を見せる中、空を滑る緑黄色を纏った美少女。幻想的な光景だが、一つだけ問題があった。何故か彼女は、絶望した表情で泣いていたのだ。
その写真に驚いた撮り鉄ではあるが、まずはコンテナ貨物車両の写り具合を確認し、自身のブログに記事をあげた。撮り鉄にとっては、魔法少女より鉄道のほうが優先されるのだ。
その翌日に、撮り鉄はスケートマジシャンの写真をツイスターに投稿。一瞬の間にツイスターは大爆発した。泣いている彼女も美しい。では無く、なぜ泣いていたかが問題になったのだ。
八木と内海も先ほどこの件を話し合ったが、誰が彼女を泣かせたのか? さっぱり分からず二人で首を捻るばかりだった。
「一体なぜ彼女は号泣していたのか?」ネットでは今この話題一色になっている。幸い魔法庁はまだ接触出来ていないので難を逃れているが、代わりにスケート連盟が、集中抗議を受ける羽目になった。
やっかいな事になった。八木は遠い目をするのだった。
横浜市港北区 大倉山駅近郊マンション サトル宅
「ふはぁ~。あーうぅ……」
ガイマとの空中戦が終わった俺は、家に帰ってナナからの変身も解かず、そのままぶっ倒れるようにして眠った。強力な治癒力を持った魔法少女ではあるが、初めての空中戦は想像以上に疲れるものだったのだ。肉体的にも精神的にも。
翌日夕方に目覚め男に戻って、缶コーヒーを飲みながらスマホを見ると、ツイスターランキング1位に「スケート魔法少女」2位に「スケートちゃんなぜ?」3位に「空中戦」とあったので、昨日のガイマとの件かと思い、1位をタップすると、俺、ジェミニ・パラックスが泣いている顔が、ドアップで表示された。すごい閲覧数、リツイート数である。
やられた…… 文にはJR根岸駅付近で撮影とある。
そういや俺、泣いている時にはクロークの魔法かけるの忘れてたわ。エインセルも俺をなだめる為に忘れてたんだろうな。ツイスターではこの写真を巡って議論が巻き起こっていた。俺のお気に入りの魔法少女捜索隊ブログでも同様だ。
これはしばらく収まりそうにないな。
……………
よしっ、これは見なかったことにしよう。ネットの噂も75日だ。そのうち飽きて忘れんだろ。
というわけで、この日は外出せず、動画を見たり、適当にエインセルの相手をして過ごした。そして夜……
シャワーを浴びて俺は自分の部屋へ、エインセルが自分の部屋に引っ込んでいるのを確認してから、ジェミニ・クレアトゥールに変身。寝間着がわりの安物ワンピースを着て、ベッドの腰を落ち着ける。さてと……
俺は寝転んで、ゆっくりと自分の手を動かし、女の体の感触をしばし楽しむ。それから…… コンコンッ。
「えっ」
突然ドアをノックされて、俺はビックリして起き上がる。
――――サトル―。起きてるかしら? 少し用事があるから入るわよ。
俺の返事を待たずして、エインセルが扉をすり抜けて部屋に入ってきた。内心焦りつつも俺はエインセルに尋ねる。
「な、なんの用事かしら……」
――――たいした用事じゃないんだけどね。……あれぇ? どうしてジェミニ・クレアトゥールに変身してるの?
「い、いやこれは。……そう、変身、して寝た方がいっぱい回復できるのよ」
――――ふぅーん?
どういうわけだか、エインセルは首を傾げて、ニヤニヤと妙に含みのある笑顔を俺に向けた。
――――サトル。なんか機嫌悪い? 私なんかした?
「い、いえ。いきなり来たから、ちょっとビックリしただけよ……」
――――ごめんねぇ~。これからお楽しみの時間だったのに邪魔して。
「えっっ」
――――私の目は誤魔化せないわよサトル。ほとんど毎晩お楽しみだったものね~。ンフフ、お盛んねサトルちゃんは。
「なっ!」
驚愕する俺に、エインセルは妖艶な笑みを浮かべつつ、パタパタと羽を動かし、浮遊しながら俺に近づいてきた。
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